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14 王太子殿下side




手のひらを、彼女の前にゆっくりと差し出した。


長く躊躇ったあと、彼女は勇気を出して

私の手のひらの上に震える自分の指を乗せてくれた。


私は彼女を怯えさせないように、その細い指を自分の手でそっと包む。

壊れものを扱うような慎重さで。


そして彼女に優しく微笑んだ。


「また明日ね。エミリア」



◆◇◆◇◆◇◆



「本当にかわいいな。私の婚約者どのは」


「お気持ちはわかりますが意外です。

殿下が頬を染めながらそういう台詞を吐かれる方だとは」


「侍従なら指摘せず聞こえなかったふりをしてくれてもいいと思うのだが」


「侍従であれば主人の言葉は一言一句聞き漏らさず、お答えするべきかと」


私は笑いながらカイゼルが執務机に置いた手紙に手を伸ばした。



毎日少しずつエミリアとの距離を詰めている。


はじめは私を見ると強張り震えていたエミリアも少しずつ慣れたようだ。

ぎこちないが笑顔を見せてくれるようになった。

そして数日前からはやっと私の手をとってくれるようになったのだ。


「そろそろダンスに誘えないかな。ワンステップから」


彼女の細い指の柔らかな感触を思い出しながら上機嫌でいた私だったが。

手にした封筒を見て、真顔になった。


宛名も、差出人も書かれていなかった。

これを書いたのはジェベルム侯爵家のメイド、カーラ。

カイゼルの手の者が受け取ってきたのだろう。


文字を追っていく。

読み終わると小さなため息が出た。


「……そうか。これがジェベルム侯爵家の現状か……」


「はい。侯爵はどうされるでしょうか」


「どうするか。それはわからないが。

とにかく、エミリアの耳にはまだ入れないでくれ」


「はい」


読み終わった手紙を渡すとカイゼルは暖炉へ向かった。

人の目に触れないよう燃やすために。


ジェベルム侯爵の判断次第では

ジェイデンの行い次第では

私は戦わなければならない。

エミリアのために。


―――間違ってもエミリアを傷つけることのないようにしなければ。


私は目を閉じた。



◆◇◆◇◆◇◆



手のひらを、彼女の前にゆっくりと差し出した。

彼女は、私の手のひらの上に震える自分の指を乗せてくれた。


はじめの頃より彼女の躊躇う時間が短くなった気がする。


私は彼女を怯えさせないように、その細い指を手でそっと包む。

壊れものを扱うような慎重さで。


そして決意すると彼女に優しく微笑んだ。


「―――今日は少しだけダンスをしようか」



エミリアは驚いて一瞬手を引こうとしたが、私は離さなかった。


さほど強く手に力を込めたわけではない。

だがそれでもエミリアが怯え、もう一度手を引こうとしたのなら手を離し謝ろうと思っていた。


だがエミリアは……逃げないでくれた。


エミリアの顔に怯えよりも戸惑いの色が濃く浮かんでいるのに救われながら

私はゆっくりと彼女の腰に手を添えると彼女をリードし、二人でくるりと半周回った。


ただそれだけのダンス。


それでも私の心は―――――


「―――ああ。どうしよう。抱きしめてしまいたい」


「殿下」


私が漏らした本音に、ドアの前にいた侍従カイゼルがすぐ反応した。

近づきもせず、感情も乗せず通常の声でそれだけ言ったのはエミリアを怯えさせない配慮なのだろう。


優秀な侍従を心の中で褒めてやりながら、しかし私はその侍従の声を無視した。

今、見るのはエミリアだけだ。


「ごめんね、リア。怖がらせてしまったかな」


「……リア……?」


エミリアが今までと違った顔をした。

怯えではない。戸惑いというより何故と問うような表情だ。


私はそれを喜びながら気づかないふりをして答えた。


「そう、リア。愛称呼びを許してくれるかな。あとは我慢するから」


「殿下」


侍従カイゼルが再びすぐ反応したが、やはり無視だ。


エミリアは気づいていないらしい。

ダンスは終えたが、私たちはそのままの位置でいる。

手をとり腰を抱く。恋人の距離だ。


感情のままに抱きしめずにいる私を褒めて欲しい。


エミリアに優しく微笑む。



もうそろそろ。


早く気づいて―――――





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