13 王宮エミリアの侍女キャシーside
―――この方は本当にジェベルム侯爵家のご令嬢なのかしら。
エミリア様を知れば知るほどそう思った。
侍女長からエミリア様につくように言われた時は正直言って断りたかった。
――「ジェベルム侯爵家のご令嬢は要注意よ」――
王太子殿下の婚約者候補を集めたお茶会を担当した同僚たちからそう聞いていたから。
侍女の間で『要注意』というのは『気をつけろ』という意味だ。
侍女と見れば見下す、難癖をつける、怒鳴る、など横柄な態度を取る方のことを言う。
悲しいかな、いらっしゃるのだ。
侍女にはどんな態度を取ってもいいと思っている方が。
こちらは侍女――使用人だからどんな態度を取られても反論は許されない。
どれほど理不尽だと思っても頭を下げ、唇を噛んでいるしかない。
だから侍女たちは気をつけなければならない方を『要注意』と呼び警戒する。
そしてご機嫌を損なわずに済む方法を全員で考え、賢い接し方を共有するのだ。
ジェベルム侯爵家のご令嬢エミリア様は、そんな人物の一人に数えられていて。
王太子妃教育のために王宮に上がったエミリア様に仕えることになった私は、同僚から同情されていた。
けれど、実際のエミリア様は私が思っていたような方ではなかった。
それどころか「よろしくお願いします」と侍女の私に頭を下げ、私と、様子を見ていた侍女長の目を丸くさせる方だった。
それからも、通常のお世話ひとつひとつに毎回感謝の言葉をかけてくださる。
少食で、食事が食べきれず残す時は俯き「ごめんなさい」と謝る。
私の様子が普段と違えば体調は悪くないか聞いてくださる。
そんな方だった。
その上、私がエミリア様の勉強のご様子をじっと見つめてしまった時など
興味があるなら一緒にやらないか、と言ってくださった。
私は下位貴族の三女であまり勉強する機会がなかった。
支度金のかかる結婚より、お給料のもらえる侍女になる方が家のためだと思って侍女になった。
そんな私が、勉強?
私は当然「とんでもない。私はただの侍女ですから」と笑ってお断りしたのだけれど。
エミリア様は、何故か悲しそうに呟かれた。
「胸を張れるお仕事よ」と。
エミリア様のようなご令嬢には会ったことがない。
エミリア様がどうして『要注意』だなんて言われていたのかわからない。
私は、同情の声をかけてくれる同僚に
「エミリア様はそんな方じゃないわ!」と言い返すようになっていた。
エミリア様にお仕えできることを心から嬉しく思った。
そんなエミリア様にはひとつだけ問題があった。
エミリア様は何も言われなかった。
知られれば王太子殿下の婚約者失格だと言われても仕方がない。
そう思い、そんなそぶりは見せないおつもりだったのだろう。
けれど、わからないはずがなかった。
ある日。
エミリア様のダンスの教師が、相手役にと連れてきた男性が部屋に入ってきた瞬間、エミリア様の顔色が変わった。
どうされたのだろうと思っていたのだが、理由はすぐにわかった。
男性が近づくにつれ、エミリア様のお顔は蒼白になった。
ダンスの教師がその男性の手をとり、踊るようにエミリア様に言ったが……エミリア様はただ震えるばかりだったのだ。
私は慌ててエミリア様に駆け寄ると、訝しむ教師と男性に
「申し訳ありません。エミリア様は今朝から体調がすぐれないのです」と言い、授業を中止してもらった。
エミリア様を介抱しながら私は悔やんだ。
何故、気づいて差し上げられなかったのだろう。
思えばエミリア様は、部屋の外を見ては怯えたようなお顔をされていた。
あれは部屋の外の護衛が見えたからだったのだ。
側に仕える私は侍女だし、王太子殿下がエミリア様につけられた教師は全員が女性だったから知る機会がなかったといえばなかった。
けれど、気づいて差し上げるべきだった。
もっと前に。
エミリア様は男性が怖いのだ、と。
◆◇◆◇◆◇◆
私がそのことを思いきって王太子殿下に打ち明けて以来ずっと、エミリア様のダンスの相手役は女性の教師が務めている。
エミリア様の部屋の前に立つ護衛は女性になった。
そして王太子殿下は毎日のようにエミリア様を訪れて来られる。
ほんの短い時間。
少し話をしていかれるだけ。
それはきっと男性を恐れるエミリア様のことを考えてだ。
最初は怯え、震えていたエミリア様だが、少しずつ慣れてきたように思う。
距離を取って静かに話をされる王太子殿下に固くぎこちないが、それでも笑顔を向けられるようになってきた。
そのご様子を見ると、私は胸がいっぱいになる。
エミリア様が男性を恐れると知っても
王太子殿下がエミリア様を婚約者から下ろされることはなかった。
それどころか、このお心遣い。
王太子殿下がエミリア様をどれほど想っていらっしゃるのかがわかる。
幸せになっていただきたい。
エミリア様には。
そしてぜひ王太子妃になっていただきたい。
侍女を「胸を張れる仕事だ」と言ってくださったエミリア様に。
私は滲む涙をそっと拭くと胸を張った。




