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10 王太子殿下side




「エミリアの王太子妃教育の進み具合はどう?」


「順調にこなされてます。

座学もマナーも、良い下地がおありになると教師たちが褒めておりました」


「マナーも、と言うことは。あの口煩いカナヤも褒めているのかな?」


「はい。厳しくしても泣き言を言わずついてくる。教え甲斐のある方だと」


思わず顔が綻んだ。

カナヤは従妹のリリローズのマナー教育もした者だ。昔リリローズがいつも泣かされていたのを知っている。


「そうか、それは凄いな。エミリアは良くやってくれているようだね。

執務で会いに行く時間がなかったが、明日少し会いに行ってみようかな」


そう言うと、侍女の顔がそれまでと変わり曇った。

彼女は私が選んでエミリアにつけた侍女だ。

エミリアと歳が近く穏やかで、エミリアの良い話し相手になるだろうと決めた。

よく気がつくと侍女長もすすめてきた侍女。


何か言いたいことがあるのかと聞けば、侍女は言おうか言うまいか悩むそぶりを見せてから、ゆっくりと口を開いた。


「……あの。ただ……。一人の教師だけは……困っております。

……ダンスの教師なのですが」


「ダンスの?エミリアはダンスが苦手なのかな?」


「いえ。得手不得手の問題ではなく……」


「では、どんな?」


侍女は少し顔を伏せた。


「恐れながら。王太子殿下。

エミリア様は……デビュタントを済ませておいでなのですよね?」


その言葉で侍女の言いたいことは察せた。

エミリアは社交界にデビューする式デビュタントを済ませていない。

きっとデビュタントを済ませた令嬢なら誰もが踊れるはずのダンスが踊れなかったのだろう。


「――ああ。デビュタントで必ず踊るはずのダンスが踊れなかったのかな?」


そう聞けばやはり、侍女は頷いた。


「……ええ。そうです」


「そうか。忘れてしまったのではないかな。覚え直せば良いことだ。

大した問題ではないだろう」


「…………それが。それだけではなく。エミリア様は……」


「どうした?」


「ダンスの相手役が女性であれば問題はありません。

ですが、男性となると……エミリア様は震えて動けなくなってしまわれるのです。

ご自分から男性の手をとることもできません」


「―――は?」


「思えば、廊下にいる護衛の方を目にした時も怯えたような顔をなさいます。

エミリア様は――あの方は、男性を恐れておられるのではないでしょうか」




◆◇◆◇◆◇◆




「……どういうことかな。

そういえば、私たちと一緒に王宮に向かう馬車の中でもエミリアは震えていたね。

あれは不安からだと思っていたのだが。どう思う?」


侍女を下がらせた後。

二人きりになった執務室で、私は侍従に聞いた。


この侍従は名をカイゼルと言って《エミリア》とエミリアのことを知っている。

《エミリア》の身代わりだったエミリアのことを調べさせた者だ。

有能で私の信頼は厚い。


その侍従――カイゼルはすぐに答えた。


「男性と接する機会が少なかったからではないでしょうか。

エミリア様が10年間と長くいらした修道院にいたのは女性のみ。

侯爵家に入って男性を見るようになってまだ3年ですから」


「確かにそうだが。

だからと言って、男性を恐れるほどになるだろうか……」


「しかし、調査では特になにも出ませんでしたが。

もう一度、調べなおしますか?」


「そうだな。……侯爵家の者にもう一度、話が聞けるか?」


「ジェベルム侯爵家。でしたらメイドのカーラですね」


「ああ。エミリアを家に閉じ込めておきたかった侯爵家の奴らが、彼女を他の貴族の目に触れさせないようデビュタントに出さなかったのだと考えていたが……。

他にも出せない理由があったようだ」


「デビュタントでは男性にエスコートされて会場まで行き、その男性の手をとってダンスを踊ります。それも他の多くの男女と共に。

男性を恐れていて、できることではありませんからね」


「そうだ。そして彼女が男性を恐れるようになった理由は多分、間違いなくあの侯爵家での生活にある。

何をされた。

エミリアがもし男から酷い仕打ちを受けていたのなら……許さない」


「以前、侯爵家のメイドのカーラはそれはないと明言していましたが?

侯爵夫人と子息ジェイデンにとってエミリア様はジェベルム侯爵の心を痛めつけるための道具です。

壊すぞ、と脅し見せつけるものだ。

本当に壊してしまっては意味がなくなる。

侯爵がいれば出し、侯爵がいない時はただ部屋に閉じ込めていたと報告を受けたではありませんか」


「……そうだが」


「それにエミリア様のお顔は《あのエミリア》に瓜二つです。

《エミリア》の母の侯爵夫人も兄の子息ジェイデンも叩く蹴るは躊躇うはず。

身体に傷をつければ《エミリア》の身代わりとして使えなくなりますしね」


「……お前……さらっと言うね」


「殿下が今にもジェベルム侯爵家に殴り込みそうな勢いでしたので。

お止めしようと」


「そうか。ありがとう。少しは冷静になれたよ」


本当にそう思った。

許せない感情のままジェベルム侯爵家に向かっていたくらいならいい。

エミリアに男に何かされたのかと問い詰めに行ってしまったかもしれない。


私は小さく息を吐いた。

侍従カイゼルはそんな私をじっと見た。


「……褒美にひとつ。お聞きしてもよろしいでしょうか」


「何かな?」


「殿下とエミリア様が使われる大陸公用語の言い回しや発音が、どこか似ているのは何故でしょうか」



この侍従は……



「そうかな。気のせいじゃないか?」


「そうですか」


「ああ。それよりエミリアだ。男性を恐れる、か」


「先日、北の棟に滞在されていた《女性》とは正反対ですね」


「冗談でも比べるな。護衛を侍らせ喜んでいた《あれ》とエミリアを」


「いくら令嬢に命じられても護衛は侍りませんよ。殿下の命令がない限り」



提案したのは誰だったか。

私はすました顔でいる侍従カイゼルを見てにやりと笑った。



「護衛には酷な命令だったな」




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