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自作小説倶楽部 第25冊/2022年下半期(第145-150集)  作者: 自作小説倶楽部
第146集(2022年8月)/季節もの「夫婦(8月の誕生石 ペリドット)」&フリー「博物館」
6/26

01 奄美剣星 著  夫婦&博物館 『カスター荘の事件 01』

荘園屋敷で男爵が自死。直後、遺体は何者かによって密室から運び出される。



挿絵(By みてみん)

Ⓒ奄美「馬上のシナモン」


    01


 わが主の死体が発見されたのは、初夏の午後五時半だった。


 半世紀にわたるヒスカラ王国と種族連合帝国とが和平合意をしたことから、王国軍少佐として、前線にいた私・アラムは復員して、母方の遠縁にあたる男爵家の執事に収まった。ほどなく、王国側王族女性と、もと敵国の皇帝が挙式した。

 わが主・イゴリ男爵は、帝都での式典に日時を合わせ、お屋敷で、領民を招いての祝宴を催した。

 爵位をもつ貴族は、普通、いくつかの屋敷を持っていて、最低でも所領に一つ、王都に一つ居所を構えているものだ。——わが主もそうだ。王国内に点在する三つの荘園に一つずつ、屋敷を構え、王都には、四階建てマンションの四階フロアを所有している。

 今、私がいるところは、王都近郊にあるカスター荘の居館だ。先代が中世の修道院の廃墟を買い取って、改修したもので、尖塔に二階建て屋根裏部屋を合わせて二〇室ばかりある。


 同屋敷の厨房だ。

 料理長が、出入りの運搬業者に声をかける。

「当初予定していたより、お客様が多くなられた。ジャンジャン運び込んでくれ」

「三〇分もしたら、もう一台来ます。それまでに運び込んでおきますぜ」

「頼んだよ」

 店員の青年が、番頭に聞いた。

「廊下の先の部屋って、誰の部屋でしょうね?」

「男爵閣下のお部屋だ」

「さぞかし立派なお部屋なんでしょうね」

「おい、手を休めるな」

「ごめんなさい」

 厨房横に中古リームージンを改造した軽トラックが停まっている。勝手口からワインやウィスキー、それを割る炭酸水の瓶を詰めたケースが、厨房へと運び込まれていく。


 英雄色を好むというが、戦場で数々の武功をたてた、わが主も、そんな世の理に従い、二回の正規のご結婚の他、数々の浮名を流しておられた。

 死別した最初の奥様との間にご長女の姫様、二度目の奥様との間にご長男の若様をもうけられている。だが、現在、わが主がエスコートし、われら下僕一同が「奥様」と呼んでいるのは、エリナという庶民出の若い女性だ。

 祝宴の音頭をとっているのは、入り婿のヴァーン卿。もともと領地もない、借家暮らしの無爵貴族に過ぎなかった。転機が訪れたのは、わが主が、領民兵からなる一隊を率いて従軍していたとき、副官となり、主の信頼を得て、帰国後に娘を娶せられたというわけだ。

 祝宴の料理は、芝生の庭に並べたテーブルが置いたビュッフェスタイルだ。

 主の席の横には〈今の奥様〉、それから〈ご夫妻〉の右脇に〈婿殿〉と姫様ご夫妻、左脇に若様ご夫妻が座っている。

 ヴァーン卿が、乾杯の音頭を上げると、家人・領民が歓声をあげた。

 このとき、僻地の荘園屋敷に引っ込んでいた正妻・オンヌ様の馬車が、門前に到着。〈本当の奥様〉が下りてくるなり、メイドが手渡されたグラスワインを、〈今の奥様〉のお顔に、浴びせなさった。それから回れ右をして、馬車に乗り込み、僻地の荘園屋敷に戻っていかれた。

 お客様がたはドン引きだ。

「何もこんな日に……」〈本当の奥様〉のご子息・カイン卿が頭を抱えていらっしゃった。

 男爵家相続権は姫様の入り婿であらせられるヴァーン卿にある。

 気の毒な若君・カイン卿は、一介の宮廷官僚として出仕なさっている。わが主が亡くなれば、いくらかの現金資産を分け与えられて、男爵家からは放り出され、否応でも自立せざるを得ない。——本来ならば、この人が次期男爵になられるはずなのに、運命というのはなんという、ひねくれ者なのだ。

 私は、近くにいたハウスキーパー(メイド長)キリに、「料理長に伝えろ、料理を惜しむな。皿をじゃんじゃんだせ」と言うとすぐさま、少し離れたところにいた旅の楽士たちに、「チップははずむ、景気のいい曲を連発で頼む」と声をかけた。

 わが主は、そんな私に、「すまんな、アラム。戦場での古傷が痛む。少し休ませてくれ」とおっしゃると、お部屋へ戻って行かれた。午後五時になる少し前だった。


 わが主が亡くなっていたのを発見したのは、〈今の奥様〉エリナ様だった。

 〈今の奥様〉が、お部屋に入られたとき、旦那様は首に紐をかけ、宙に吊り下がっていた。

 少しして私が、お部屋へ伺うと、放心した〈今の奥様〉が、カーペットの床に、ペタンと腰を落として座っていた。

 ほどなく、〈婿様〉ヴァーン卿がドアをノックし、声をかけてこられた。

「義父上のご容態は?」

 私が、「お入りください」とドアを開ける。すると〈婿様〉は入室するなり、わが主の変わり果てたお姿を見て、言葉をなくしておられた。


 ——どう見ても自殺だ——


 私は、〈婿様〉が入ると即座に、ドアに鍵をかけた。

「国家の慶事に合わせた宴で、男爵家当主が自死とは……。醜聞だが仕方ない。州警察に届けよう」

「戦場からお戻りになられてからというもの、わが主は、お心を病んでおられました。さらに今日、〈本当の奥様〉が乗り込んできて、〈今の奥様〉のお顔にグラスワインをかけ、恥をかかせてお帰りになっています」

「醜聞だな。当男爵家も、さぞかし社交界で肩身が狭くなろう」

「新鮮な空気を吸いに、山岳地帯にドライブになられ、崖路で滑落なされたということに……。車両には火を放ち、首についた縊死の痕跡を消しませんと」

「判った、アラム、おまえの事後策に従おう……」

「それにしても、ああ、なんてことなの。——こんな爺さんの遺産目当てで愛人になったのに——、来月には本妻との離婚が成立して、後がまに収まったはずなのにい……」

「ならば、旦那様に、」

 わが主には申し訳ないが、これもお家を守るため!

 我々は部屋を出て、鍵をかけ、誰も入れないようにした。

 このとき、扉の向こう側で、ノックの音がした。

 当男爵家に仕えているメイドの一人、クレアという娘の声だ。よく澄んだ声が、

「宴席から戻られる際、御屋形様が、お飲み物を御所望していらっしゃいましたので……」

「クレア、義父上はお疲れで、床に就かれた。私もすぐに退室する」

「承知いたしました」

 足音が遠ざかって行った。

 私と〈婿様〉とで、わが主のご遺体を床にし、ベッドに寝かせる。

 〈婿様〉が布団カバーをかけている間に、私は、御遺体を吊っていた天井の紐や、降ろすときに床に落ちたモノグル(片眼鏡)を拾った。

 ——何か証拠品を包むものはないか? 

 私はキョロキョロと部屋を見渡す。うまい具合に、珈琲をこぼしてシミのついた、テーブルクロスがあったので、これに包んで持ち帰ることにする。

 そうして 〈今の奥様〉〈婿様〉そして私の三人が部屋を出た。

 宴会がお開きになったのは、午後八時になってからのことだ。

 夜中、問題が生じた。主の自動車トランクに運び込もうとしていたご遺体が、部屋から消えていたのである。いったいどういうことなのだ!

 

 翌日、わが主の失踪で、内々ではあったが、家の主だった者たちで揉めた。

 〈姫様〉や〈若様〉は、警察に捜索願いを出そうと主張したが、〈婿様〉が、男爵家の体面にかかわるとして強く反対。しかしながら次期当主となられる〈婿様〉の言葉といえども、実の子であらせられる〈姫様〉や〈若様〉のお言葉に、耳をかさざるを得ない。そこで、わが主が、一両日中に姿を現さなければ、州警察に失踪届を出すことで妥協案が成立する。

 ここで〈姫様〉が提案した。

「昨日のパーティーにはレディー・シナモンが出席なさっている。昨日は当家でお休み戴いたの」

「レディー・シナモン?」〈今の奥様〉が聞き返す。

「レオノイズ伯爵家の姫君で、私の従妹なの。王立博物館で考古学をやっている。——当家狩猟林に先史時代の遺跡があってね、彼女は子供のころから興味を持っていたの。伯爵家の宴をそっちのけで、遺跡調査のため、本格的な機材を持ち込んで来たわ」

「まさか、そのレディー・シナモンに、探偵役をかって戴くとでも?」

「あら知らないの? 彼女は故郷で、大きな事件を解決しているわよ」


 ——盲点だった!——


 馬で森の遺跡を下見をしていたその人が、戻ってきたのが、食堂の窓から見えた。

 貴婦人は乗馬をするときに鞍をまたがない。馬の胴に脚をそろえ横座りする。かの〈姫様〉は古式にのっとって、やって来たのだった。


 続く ノート20220831

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