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自作小説倶楽部 第25冊/2022年下半期(第145-150集)  作者: 自作小説倶楽部
第145集(2022年7月)/季節もの「情熱(7月誕生石ルビー)」&フリー「本(図書館・書店)」
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04 らてぃあ 著  情熱&図書館(本) 『魔法円のある図書館』

とある図書館での少女と司書(?)さんの話


挿絵(By みてみん)

Ⓒ奄美「司書」


 歓声と人が走る音に私はページから視線を上げた。

 遠い場所から聞こえて来るような響きに不安を覚え、周囲を見渡す。

 私をぐるりと取り囲む書架の隙間に何かが見えたような気がしたが、私の足は動かなかった。ページに目を戻す。余計なことに煩わされるより楽しい物語を読んでいたい。

そう思って読書を再開したが集中することは出来なかった。最後のページまで流し読みして騎士がお姫様を塔から救い出すことを知る。平凡な結末に少し冷めた気持ちで本を閉じる。

「こちらがお勧めですよ」

 飾り気がない女性の司書が本を整理する手を止め、私の前に本を置く。手に取って読み始める。幼馴染の男女が恋に落ちるという物語だった。

 なあんだ。と思いつつ挿絵の少年と少女を見ていたら自分にも幼馴染と呼べる相手がいたことを思い出す。現実では疎遠になってしまったことも。

 すっかり読書への情熱を失ってしまった私は椅子の背にもたれて天井を見上げる。天窓から差し込む自然光は柔らかく優しかった。数年前に建て直された図書館のこのスペースはお気に入りだ。それなのに埃っぽくて書架の影は薄暗い旧館を懐かしく思う。幼馴染から旧館をさ迷う幽霊の話を教えられておびえたことも今では笑い話だ。

 新しい図書館は円を描くように書架や机が配置され、天井のガラスにも幾何学的な模様が中心に向かって並んでいる。まるで魔法円だ。好奇心がくすぐられる。

「あのう。この天井の模様は何か意味があるんでしょうか」

 恐る恐る本を運んでいる司書に声を掛けた。長い髪をひっ詰めた女性は妙にうれしそうな笑顔を私に向けた。

「わたしが、いつまでもここに留まれるようにするためのおまじないです」

 意味が分からず私はぽかんと女性の顔を見つめた。そしてこの女性と昔に会ったことがあることに気付いた。私がずっと小さなころから、旧館で、彼女は働いていた。

 急に昔幼馴染から聞かされた怪談を思い出す。自殺した女性職員が幽霊になっても図書館で働いているという。

「自殺じゃありませんよ。そりゃ、死んだ時は一人だったけど、それに、わたしはこの仕事が好きで続けているんです」

 彼女は言いながら机の上に本を載せる。

「何ですか? これ、」

「おすすめの本ですよ。面白い話がいいですか? 美しくて悲しい物語で思いっきり泣くと気分がスッキリしますよ。それとも実用書」

「現実は面白いことも、美しくて悲しいことも無いですよ。惨めでつらいだけ」

 急に暗い気持ちになる。思いだした。学校での孤立、幼馴染との喧嘩、喧嘩の絶えない両親、すべてが嫌になって家を飛び出したのに私は習慣で図書館に来てしまった。そして現実逃避していたのだ。

「大丈夫ですよ。逃げても貴女は戻ることが出来ます」

 いつの間にか周囲は真っ暗になっていた。それなのに彼女の姿が白く浮かび上がる。

「聞こえますか?」

 問いかけに耳を澄ます。誰かが私の名を呼んでいた。私の身を案じる悲痛な叫びだった。

「滅多に会えることは無いですが、また本を読みに来てくださいね」

 彼女の微笑みが溶けるように消える。周囲は闇に包まれたが私は呼び声に応えるために椅子から立ち上がった。

          了

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