03 紅之蘭 著 ルビー(情熱) 『ガリア戦記 37』
【あらすじ】
共和制ローマ。ガリア遠征七年目、遂にウェル王が蜂起。前年、中東で盟友クラッススが、パルチア帝国軍を相手に敗死したことで、三頭派の一角が崩れた。内と外にいる敵がカエサルを窮地に立たせる。報告書『ガリア戦記』最終章・第Ⅶ巻。――今回はアウリクム攻略戦。
Ⓒ奄美「ローマの攻牆(付城)」
第37話 ルビー(情熱)
ウェル王のガリア軍が食糧不足となり、アウリクムの町近くまで撤退し、陣城を構えた。
この陣城というのは、三方を沼地に囲まれた低い丘の上にあり、うかつにローマ兵が沼を渡ってこようものなら、丘の裾にたどり着いたところで、ガリア軍が下り坂で助走をつけ、一気にローマ軍を殲滅することだろう。
威力偵察で、かの地を視察したカエサルは、無理にウェル王の陣城を攻めようとはせず、はやる部下たちをなだめて、アウリクムの町に転進した。
ウェル王の〝戦妃〟イミリケが、帷幕に入ってきた。
「諸族の族長たちが、王に面会を求めてきている」
若い王が族長たちを帷幕に通した。
「王よ、あなたが前線で軍を引かせると、ローマが入ってきた。我々は、あなたがカエサルと密約を交わし、我等を裏切っているのではと疑っている」
すると王はゆっくりと答えた。
「糧秣がなくなったため、やむを得ずの撤退で、意図してローマ軍を招いたわけではない」
「王は嘘をついている!」
「ならば調理場を預かる従軍奴隷に聞いてみるといい」
イミリケが調理場に行き、従軍奴隷数名を連れて戻ってきて証言させた。すると王の軍の活躍と、
食糧不足からやむなく撤退した話しをした。
族長たちは、(奴隷どもは、元々ローマ側の部族だった者たちで、王に好意的でない。そんな連中の証言ならば信じるに値する)と判断。満足して、各部族から精兵を出し合った。このため王は、都合一万の兵を補充することができた。
実をいうと、証言した奴隷たちは、食事を与えなかったりして心が折られていた。王は族長たちがクレームを言いにくることを想定して、あらかじめ、証言内容を暗記させていたのだった。
「悪い人」
族長たちが帰ると、イミリケはウェル王に耳打ちした。
北海に臨むブルッヘ(ブルージュ)は、ベルギー・フランドル州の州都で、運河や石畳といった中世の趣を残す優美な街だ。さながら北海のルビーとでもいうところか。フランスやベルギー、オランダがガリアと呼ばれていたころ、その町はアウリクムと呼ばれていたのだが、別の意味で美しかった。
カエサルいわく。
「アウリクムの町の防壁は、木材を一定の長さに切りそろえた杭を、二ペース(約六十センチ)間隔で、地面に突き立てていく。杭間は、石を挟んで梁で連結。縄で結わえ、内側に大量の土砂で版築していく。——町を囲む防壁を遠望すれば、杭列、梁、石の垣が規則的なラインになっていて、とても美しい」
防壁に沿って一定間隔で、ローマを模した塔が建てられている。ガリア勢はここに兵員を配備し、町を防御した。
カエサル麾下のローマ軍が、アウリクムの町の攻略を開始した。
籠城するガリア戦士たちは、櫓門突破を図るローマ兵の頭上から、天然アスファルトまたはコールタール〝瀝青〟をかけたり、材木を落としたりして応戦した。
ローマ側は、櫓門上にいるガリア兵の一人を石弓で射た。すると隣にいた仲間の戦士が倒れた戦士をまたいで、戦いを引き継ぎ、その戦士が倒れると、また別の戦士が引き継いで応戦した。籠城勢の士気は高い。
麾下の諸将を帷幕に集めたカエサルは、アウリクムの町を表した図面を広げ、防壁のとある地点にルビーのペンダントを置いた。
「なるほど、〝攻牆〟を築くというわけですな」
将軍の一人が言うと、カエサルは大きくうなずいた。
〝攻牆〟というのは、敵要塞を攻略するための〝付け城〟のことだ。これが完成すると、籠城側は心を折られ、戦うどころではなくなる。
ゆえに、籠城側は、死に物狂いで〝攻牆〟建設の邪魔をしにくることになる。
カエサルは、二個軍団・一万の兵士を防御用の戦闘員とし、残る全兵士を〝攻牆〟建設要員とした。
〝攻牆〟は、高さ八十ペース(二十四メートル)の柵を巡らせた、幅三百三十ペース(約百メートル)四方の規模で、内部には、石弓兵を配備した塔、兵舎小屋といった複数の施設が建設される予定になっている。
建設は雨期の真っただ中だった。ローマ兵たちは、泥水にまみれ、冷たい雨に打たれながらも、我慢強く作業に当たった。
アウリクムの町に籠城しているガリア兵たちは、近くの鉄鉱山に従事している者が多い。そのため坑道を掘るのが上手かった。決死隊がローマ〝攻牆〟の下に坑道を掘り、防御柵を倒壊させたり、石弓兵が詰めている塔を、下から焼いたりした。
ローマ〝攻牆〟は、アウリクムの町の防壁に近接していたので、決死隊が攻撃を仕掛けると、防壁の塔からも矢を放ったりして後方支援した。
だが、ローマの戦闘要員が、結局のところ蹴散らし、残る作業要員で瞬く間に消火してしまった。
そんなこんなを繰り返しつつ、ローマ側は二十五日間で、〝攻牆〟を完成させてしまった。
すると、士気旺盛な籠城側も、ついに心が折れた。
夜。
「町を放棄して、ウェル王の陣城に逃げ込もう」
アウリクムの男たちが、撤退を図っていると、妻たちが亭主でもの脚にすがりついて泣き喚いた。
「町を包囲しているローマ兵を突破して、逃げるなって、私や子供たちには無理。あなた、男なら私たちを見捨てないで、守ってよお」
妻たちの絶叫は、包囲しているローマ軍の耳にも入った。
思わぬ意趣返しで、籠城勢は、もはや撤退がかなわなくなった。
翌日は豪雨だった。
カエサルは、〝攻牆〟の仕上げ作業や、連日の戦闘で壊れた防柵を補修している作業要員に、
「この雨の中、やってられんとでもいうように、ダラダラ、作業をしろ」と命じる一方で、
小屋に待機している戦闘要員二個軍団に檄を飛ばした。
「ついに好機がやってきた。防壁突破の一番乗りを果たしたものには褒美をくれてやる。励め!」
こうしてローマ兵は、〝攻牆〟複数個所から敵防壁に飛び移り、我先にと戦功を争った。
続く
【登場人物】
カエサル……平民派が支持層。嫡娘ユリアは、盟友ポンペイウスの後妻として嫁ぐも『ガリア戦記Ⅵ巻』の冬、死産に伴い没する。各軍団長には、副将ラビエヌスや、ファビウスといった名将かいる。副心にブルータス、デキムスといった若く有能な将官がいる。姪アティアの息子オクタビアヌス、その姉オクタビアがいる。
キケロ兄弟……兄キケロと弟キケロがいる。兄は元老院派の哲人政治家で、弟はカエサル麾下の有能な軍団長となる。
クラッスス……カエサルの盟友。資産家。騎士層の支持。長男が親元に戻ると次男がカエサルの属将となる。
ポンペイウス……カエサルの盟友。軍人層の支持。カエサルの娘・ユリアを後妻に迎える。
ウェル大王(ウェルキンゲトリクス)……反ローマ派領袖。クーデターにより、ガリア・アルウェルニ族の王・全ガリアの盟主となる。イミリケは教育係で、同王族出自の愛妾。〝戦妃〟の二つ名がある。麾下にルーク元帥|(カドルキ族の王ルクテリウス)がいる。