表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
自作小説倶楽部 第25冊/2022年下半期(第145-150集)  作者: 自作小説倶楽部
フィナーレ
26/26

00 奄美剣聖 著  『魔女の理科実験室 02』

挿絵(By みてみん)

ⓒ奄美「椅子に座るひと」

 ハロウィンの季節。三角帽子を被った黒衣のおねえさん魔女が、ウィンクした。髪が長くて、手足がすらりとしている。その黒衣というのはやたらに裾が短いワンピースで、ミニスカートみたいになっている。きわどいところまで上がっているので未成年には刺激が強すぎる。

 古風なマッチ箱に、長剣を当てがうと、蓋ふたが開いて、マッチ棒がとびだした。

 それが、時代劇にでてくる荷車の車輪というか、菊の花というか、ともかく放射状の形になる。マッチの棒のところが内側で、発火薬を固めた頭が外側になっている。

 健全な青少年にとって、重要なことは、そんなことより、美脚とワンピとの境目だ。僕はぼうっと、生ける芸術の境目を注視した。

 魔女が意味ありげにニコッと笑う。長剣を「車輪」にあてがう。

 するとだ。

 火車というのはまさにこのことをいうのだろう。マッチの頭に火がつき、その車輪が、僕にむかって転がってきたではないか。

 わあっ。ごめんなさい、ごめんなさい。


               ***


 僕の名前は恋太郎。

 平屋の商店街が建ち並ぶ大通りを路面電車が走り抜けてゆく。路線横の脇を、キコキコ音を立て、冬仕様に衣替えしたばかりの学生服姿の僕が走る。

 いつの間にきたのだろう、僕の横に、幼馴染の愛矢よしやを乗せた自転車がやってきた。

 僕は標準サイズ。愛矢はさらに頭一つ大きくなる。

 早速、朝みた夢のことを話してみる。

「魔女か。そりゃ、たぶん正体は麻胡まこ先生だな」

「麻胡先生か、なるほど……」

 当時、僕が通っていたのは、中高一貫校であった母校・椿が丘学園というところだった。港町がみえる丘の上にある学校だ。そこの坂道は二百メートルはあるだろうか。ギアチェンジして、きつい坂道を気合で、ペダル漕いで登るのだ。

 「おはよ」

 坂道を登ってゆく、教師・生徒が二人に声をかけてくる。

マッチョな体育教師の町村が、隣を歩く若い女性教師に声をかけた。

「あれが噂の恋愛コンビ。恋太郎と愛矢ですよ。名前のわりにちっともモテない」

 ウププと笑った。

 失礼な奴だ。 

 マッチョ町村が声をかけた女性こそ塩原麻胡先生だ。長い髪に切れ長の目をしたその人が困った顔をして、こちらをみた。

 心臓が高鳴っているのは、きつい坂を登っているからじゃない。その視線にドキッとしたのだ。


               ***


 一時間目、理科実験室だ。化学の授業が始まる。

 その日のテーマは石鹸せっけんの化学構造についてだった。なんだか、夢にみた内容と同じじゃないか。

 麗しのその人が、ハリー・ポッターが持ってるような魔法の杖のように、板書した化学式を解説してゆく。

「石鹸せっけんの構造は、疎水基と、親水基からでき、それらはマッチ棒の形に例えることができます。疎水基は連続する炭化水素基でマッチ棒の棒の部分に、親水基はマッチ棒の頭の部分にあたります」


    疎水基 CH₃-CH₃-…-CH₂


    親水基 C=O

         \O⁻


「疎水基と親水基のアンバランスな連結こそが石鹸の正体。しかし疎水性の分は、水に混じりにくい性質をもっているのでそのままでは不安定な状態です」


     CH₃-CH₃-…-CH₂-C=O  Na⁺

                        \O⁻


    |←   疎水基  →|←親水基→|


 麻胡先生はミニスカート状になった黒のワンピース姿で腰のところを金のバックルがついたベルトで締めている。黒タイツを履き、服の上からさりげなく白衣を羽織っている。しかし、オッパイのあたりはピラミッドになっていて、これまたカッコいい。

 先生は続けた。

「さて、石鹸を水に溶かしたときの反応です。石鹸の構造モデルをマッチ棒に例えてみましょう。頭である親水基を外側に、棒にあたる疎水基を内側にサークル状に集まります。これを集合体・ミセルといいいます」

 麗しの魔女は、チョークをもち、ミセルの構造図を黒板に描いた。

「石鹸水は、このミセルが水中にたくさんある状態です」

 ミセルは僕が夢でみたときのような、車輪のようにも、キクの花みたいにもみえた。

 クラス委員長が眼鏡をずりあげてささやく。

「いまの状態は、麻胡先生がミセルじゃなくて、俺たちが『見せろ』だよな」

 僕と隣にいた愛矢の目があった。なんだか後が怖い展開になってきた。

 魔女先生は、黒タイツで覆った美脚をワンピの下からチラチラのぞかせ男子生徒を悩殺した。もはや授業どころではない。

「では石鹸水に油を加えた場合はどうなるか。石鹸は、疎水基部分が油を取り囲み親水基部分が水側にむくように配列されます。いっていみれば、疎水基が油に溶け込み、油の表面が親水基で覆われた状態にならないはずの油が水になじむようになり、よく振れば、細かい油滴になって水中に分解するというわけです」

 教壇の机に置いたノートをみるため、先生が、前にかがむ。胸の割れ目が、ちらりとみえた。

「この現象を乳化といい、それを起こさせる作用を乳化作用といいます。すなわち、石鹸は、乳化作用をもち、洗剤として利用されてきました。また、これに関連して、油滴が水中に分散するように、液体中に液体粒子が一様に分散した状態の溶液は、乳濁液エマルジョンと呼ばれています」

 全滅!

 麻胡先生の魔法で、僕ら男子生徒の大脳は、乳化作用を起こし、乳濁液になってしまった。


     ノート20120615



評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ