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自作小説倶楽部 第25冊/2022年下半期(第145-150集)  作者: 自作小説倶楽部
第147集(2022年9月)/季節もの「幸運(9月誕生石「ラピスラズリ」」&フリー「地平線(土、夕暮れ)」
10/26

01 奄美剣星 著  地平線(土、夕暮れ) 『カスター荘の事件 02』

荘園屋敷で男爵が自死。直後、遺体は何者かによって密室から運び出される。

事件の捜査は、若き考古学者レディー・シナモンに託された。


挿絵(By みてみん)

Ⓒ奄美「カスター荘園のシナモン」

ヒスカラ王国の晩鐘 30/カスター荘の事件 02


    02 地平線(土、夕暮れ)


 一階・食堂にはイゴリ男爵家の主だった者が集まっていた。

 (失踪した)男爵の正室・前妻との間に生まれた長女スザン様と入り婿ヴァーン卿。男爵の継室・正妻であるオンヌ令夫人と、長男のカイ様。男爵の内妻エリナ夫人。それから、執事の私・アラム。ハウススキーパー(メイド長)のキリ。メイドのクレア。

 キリとクレア、それから私が、一門の方々と、来賓の淑女お二人に紅茶をおだしした。

 来賓の淑女レディー・シナモンは、ビスケットを一つつまんで食べ終わると、ストレートティーを飲んだ。お茶請けを食べながら飲むよりも、まず食べてしまい、それからお茶を飲むと優雅に見える。レディー・シナモンは、自然にそう振る舞っていた。横にいるドロシー博士は、中流階級の出らしく、そのあたりはあまりこだわっていない。小皿に盛った五枚のビスケットをすべて平らげたうえで、三杯もの砂糖をティーカップに放り込んだ。

 ついでながら、スザン様とヴァーン卿、オンヌ夫人と長子カイ様、内妻のエリナ様も、紅茶に深みがでるとのことで、砂糖やミルクを加えていらっしゃる。

「——昨日のパーティー以来、お父様の姿が見えないの。家族で手分けして、お父様が立ち寄りそうな倶楽部、知人・縁者とかにも連絡してみたけれど、誰も知らないって返事がきたわ。もしかしたら、私たちに内緒で、気分晴らしの旅に出たのかも……。お願い、シナモン、知恵を貸して。私たちに協力してちょうだい」

 行方不明者は、カスター荘の屋敷の主・イゴリ男爵、わが主だ。——実際には、自室で縊死なさっていたのを内妻エリナ様が発見なされ、男爵家の醜聞となるのをはばかって、入り婿のヴァーン卿、それから執事の私の三人組で共謀。ご遺体を遠地に遺棄しようとしていたのだ。

 ヴァーン卿を入り婿にすることで、男爵家の相続人となられた、先の奥様の長女・スザン様。〈姫様〉はまだ、父君・イゴリ男爵が亡くなられたことを知らない。〈姫様〉は、レディー・シナモンに捜査の依頼をした。

 貴族・上流階級女性が遠出をする場合、必ず共を連れて歩く。レディー・シナモンは、共同研究者ドロシー・ブレイヤー博士を秘書にしている。博士はのっぽな男装の伶人だ。髪を短く切り、燕尾服を羽織っているのは、道中でのいざこざを未然に防ぐためでもある。レディー・シナモンが、常に笑みをたたえているのは対照的に、無表情だった。

 〈若様〉カイ様は、

「お客様であるレディー・シナモンのお手を煩わせずとも、普通に、警察に、失踪届けを出せばいいだけのことじゃないか?」

 私たち三人組からのけ者にされている〈若様〉は、どうも、わが主がすでにこの世にないことを悟っているらしい。

 〈姫様〉の捜査依頼は、独断的なものだった。わが主・イゴリ男爵の〈失踪〉以前から、男爵家は〈姫様〉スザン様が実質的に仕切っていた。〈婿様〉ヴァーン卿、継母〈本当の奥様〉オンヌ様と〈若様〉カイ様、内妻〈今の奥様〉エリナ様は不満そうだったが、渋々〈姫様〉に同意した。——当然、一介の男爵家使用人にすぎない私・執事アラム、ハウスキーパーのキリ、メイドのクレアの三人は、賛否を言える立場ではない。


 考古学者は、野外調査の折、〈野帳〉というもの使う。方眼紙を綴じたメモ帳で、概略図や測量器具で実測した図面の補足に用いる。

 わが主である男爵の部屋は、書斎と寝室の二間からなり、二部屋の窓は、どれも内鍵がかけられていた。部屋に、私が、レディー・シナモンとブレイヤー博士を案内すると、貴婦人の若い考古学者は、〈野帳〉を団扇のようにして、ベッド、続いて床の匂いを嗅いだ。

 書斎には蓄音機があり、書棚には、レコードの厚紙カバーが並んでいた。紳士の嗜みである宮廷楽曲があったが、中には、元老院議員選挙に向けた公開演説の録音もあった。

 考古学者二人に同行したのは、〈姫様〉と〈婿様〉、〈今の奥様〉、それから執事の私からなる四人だ。

 〈姫様〉スザン様を除く、私を含んだ三人組は、こんなストーリーにして、レディー・シナモンに証言した。

「パーティー開始は午後四時。五時少し前に、わが主がお部屋にお戻りになりました。五時半に〈今の奥様〉が書斎を訪ねます。わが主は、そのとき、少し横になるとおっしゃりベッドへ。その後、六時に私、続いて〈婿様〉がお部屋に入り、六時半に退室……。翌朝になると屋敷にあるリムジンがなくなっているので、わが主は、夜中のうちにどこかへ行かれたものと推測されます」

 レディー・シナモンが小首をかしげた。

「最後に、男爵閣下と会われた方は?」

「直接会ったというわけではないですが、メイドのクレアが、カモミルティーを部屋にお届けに伺っています。部屋にいらした旦那様は、どなたかとお話しをなさっていらっしゃったようなので、そのままトレイを下げたといいます」

 「レディー・シナモンは、困惑したような表情を浮かべ、背後を守るように立っている秘書・ドロシー博士に耳打ちをする。男装の女性秘書は、素早く、自分の野帳にメモをとる。

「残念ながら、イゴリ男爵閣下は殺害されています。ご遺体は狩猟林のどこかに——」

「殺害された? 誰に? どんな理由で?」

「そこまでは存じません。ですが、現状から自殺ではなく他殺と判断することができるのです」

「そういえば、昨夜、森のほうから銃声して、屋敷の者たちの何人かが聞いています。レディー・シナモンやドロシー博士もお聞きになりませんでしたか? 事件に何か関係しているのではないでしょうか?」

 レディー・シナモンが、横にいるブレイヤー博士に目をやると、博士は首をすくめてみせた。


                    * * *


 昼間、カスター荘の館に続く未舗装の並木道でのことだ。

 垣根の一部に朽ちたところがある。修理費用の件で園丁に呼ばれた私は、帰り、自転車で散歩からお戻りになった〈今の奥様〉に、声をかけられた。あくまでさりげなく、偶然通りかかったので立ち話をしたように装ってのものだ。

「どうして事はうまくはかどらないんだろう。ヒヒ爺が死んだら、貴方は男爵家にお暇を戴き、私と一緒になるはずだった。——ねえ、アラム。男爵は、奥様と正式な離婚手続きをしていない。このままじゃ遺産相続の分け前どころか、生命保険だって私に受け取り資格がないのようね?」

「そういうことになる」

「このままじゃ、私は無一文で叩き出されてしまう。今の貴方だって立場は不安定よ。——レディー・シナモンとブレイヤー博士はどこまでつかんだんだろう?」

「夜、その件で、会議をするそうだ」

 〈今の奥様〉は、私に口づけを懇願したが、どこで誰が見ているとも限らない。無用なトラブルはごめんだ。私は彼女に、先に部屋へ戻るよう促した。


 〈今の奥様〉が自転車で館に向かうのを見送ると、すれ違うように、馬の轡を並べたレディー・シナモンとブレイヤー博士がやってきた。挨拶を交わした直後、さっき別れたばかりの園丁が、血相を変えて、走ってきた。

「アラムさん、大変だ。〈禁足地〉から悲鳴が聞こえた」

 〈禁足地〉というのは、人が入ってはいけない、森の奥にある、精霊たちの棲み処のことである。カスター荘の狩猟林の奥には、先住民が築いた遺跡があった。

 〈禁足地〉遺跡には、たいてい精霊〈守護者〉がいるものだ。〈トレジャー・ハンター〉を自称する盗掘者どもは、土地所有者の許可もとらずに勝手に入り込み、〈守護者〉から手酷い目に合わせられる。女性考古学者二人は、遺物そのものを持ち帰らず、図面や写真といった記録のみをとるだけなので、〈守護者〉に好かれているようだった。

 馬駆けして行くレディー・シナモンとブレイヤー博士を、私と園丁は一緒に追ったのだが、徒歩の悲しさ。追いつくころには、怪我人を馬に乗せて、二人が引き返してきた。

 馬の背で伸びている盗掘者は男二人。失神はしているが大した怪我ではない。二人から手綱を渡された私と園丁は、そいつらを州警察の所轄署に送り届けた。——ヒスカラ王国には、「文化財保護法」なる法律があり、遺跡荒らしは窃盗行為として扱われるのだ。


 続く ノート20220920

〈前回内容〉

王都に近いイゴリ男爵の所領・カスター荘で、パーティーの最中に事件が発生。亡くなったのは男爵。心の病から発作的に自死したようだ。家人は世の醜聞を憚って、事故死に偽装しようとするのだが、肝心の遺体が何者かによって隠されてしまった。亡き男爵の娘は、縁戚の考古学者レディー・シナモンに捜査を依頼。


〈登場人物〉

アラム:イゴリ男爵家執事。ヒスカラ王国軍予備役少佐。視点者。

イゴリ男爵:富裕な貴族。精力絶倫。殺人事件被害者。

ヴァーン卿:男爵の娘婿。

エリナ夫人:イゴリ男爵の内妻。

オンヌ令夫人:イゴリ夫人の継室・正妻。

カイ卿:イゴリ男爵の長男。母はオンヌ令夫人。

キリ:男爵家ハウスキーパー(メイド長)。

クレア:男爵家メイド。

レディー・シナモン:男爵家の縁戚。レオノイズ伯爵家令嬢。考古学者。

スザン:イゴリ男爵と最初の妻との間にできた長女。ヴァーン卿の妻。

ブレイヤー博士:レディー・シナモンの秘書。共同研究者。

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