間違えちゃったね
んー………?
特に痛みとかは何もなく、無意識に閉じていた目を開いた。
白く、明るい光景に視界が慣れずチカチカする。
これは、床…?
見渡す限り、どこまでも続く白。
まるでわたしを包み込むような初めて触るふわふわした何とも言えない触感、このまま眠ったら熟睡できそう。
当然ながら駅ではない。
ここはどこ?
情報収集のために少し歩いてみると、1人の女性が倒れていた。
この人は…
「あの、大丈夫ですか?」
「………ん、う、ん……あれ」
声をかけた女性がゆっくりと上半身を起こす。
うわ…綺麗な人。
服もアクセサリーも高そう。
「え!?ここは!?あなたは!?」
すぐさま取り乱す女性、ここで再度寝ようとしたわたしと違って、たぶんこれが当たり前の反応。
ていうか、この人見たことあるかも。
「わたしは立花 遥香です。場所は…わたしも目を覚ましたらここにいて、詳しくは分からないです」
記憶が正しければ、貴女に巻き込まれて電車の前に落とされました。
「立花、さん…?
わたしは胡桃 玲奈です。
えっと、すみません、わたしも状況が分からなくて」
「あ!玲奈って、もしかして女優の"レイナ"さん?」
「…わたしをご存知でしたか…
たぶんそのレイナで合ってますよ」
うわうわうわ、この前発表された舞台シンヒロのヒロイン役に抜擢された若手女優レイナさんだ………!
三次元化されるのはあまり気持ち良くなかったけど、改めて見るとレイナさん、ヒロインの雰囲気にぴったりだし、そのままシンヒロから出てきたみたい。
これから売り出すって時なのに…なんでまた。
「あの、失礼ですが、レイナさんは何故飛び降りを…?」
「と、飛び降り……?
あ、ち、違いますっ
何か頭の中に変な声が聞こえてきて」
「変な声?」
もしかして、レイナさんってやばい人…?
「『ティアラになりなさい』って…」
ティアラ?
まさかシンヒロに出てくる『ティアラ』?
…ってまあ、それはわたしがシンヒロオタクだから都合良く結びつけただけか。
「そうしたら急に頭が痛くなって、引っ張られるような感覚で、それで、思わず近くに手を伸ばして………って、あ!もしかして」
わたしを見て泣きそうな顔をするレイナさん。
困った顔も、泣き顔も、感情豊かな表情の豹変はシンヒロのヒロインそっくりだ。
「ごめんなさい!
本当にごめんなさいっ
謝って許されることではないと分かってますが、それでも謝らせてください」
勢いよく土下座のような姿勢をするレイナさん。
レイナさんの言う通り、謝って済む話ではないし、かと言ってアラサー独り身のわたし自身現世に未練のようなものはこれといって…
ああ、推しのバースデーイベストだけは見たかったかも。
それだけが心残りだ。
永遠に白い空間でどうすることもできなく、わたしとレイナさんは少しの自己紹介のようなものをした。
そして、話すことがなくなった頃に、声が脳に響いた。
『あーあ、間違えちゃったね』