行かないで
お昼のピークが終わり、レオンもほとんど食べ終わった頃。
「来年、ティアラが選ばれるって話知ってるか?」
「もちろん」
今の季節が終わる頃、ちょうど前回のティアラが結ばれてから100年が終わる。
今までは武術の国が統治していたから何も不自由がなかったけど、ティアラの力がなければこの生活が維持できるか分からない。
ちょうどこの転生をして一年経つくらいか。
わたしはすっかりこの世界に馴染んでしまった。
ティアラである玲奈さんはどうしてるのかな。
天界にいるからモンスターに襲われたりとかはないんだろうけど。
「俺が騎士団に入ると、武術の国のティアラ相手候補の1人になるらしい」
そうだよね…
村娘でもレオンとのルートがあるのかもなんて淡い期待をしたけど、やっぱり少しずつシンヒロのストーリーに軌道修正されていくのね。
でも今の迷っているレオンになら強く引き留めれば騎士団に加入せず、村に残る可能性がなくはなさそう。
……なんてね。
玲奈さんは可愛いし、正直レオンと出会って欲しくないけど、きっとわたしの願望は"物語を壊す"ことになるから許されない。
何度も物語が修正されていくところを見ると、大きく展開を変えてしまったらわたしはこの世界から排除されてしまうかもしれない。
「それって、天界の学園で三年過ごすんだよね」
「まぁ、天界でも騎士団の訓練は出来るらしいけどな。
座学は自信ない」
力なく笑うレオン。
ゲームの中でもよく授業をサボって身体を動かしてたっけ。
ヒロインが連れ戻すってイベントも多かったなぁ。
これからは玲奈さんがその役をするのか。
わたしがやりたかったなぁ…
「授業、サボっちゃだめだよ」
「可能な限りは、な」
「…だめだよ?」
「はいはい」
天界の学園を卒業すると母国ではエリート扱いされるため、一応最低限の知識や振舞いは必要とされ、クリアできないと留年の話もある。
留年したヒーロー候補もいたから、早く帰って来てもらうためにも真面目にやってもらわないと。
あと、出来るだけイベント発生率を抑えたいな、なんて。
「ハルカさ」
「うん?」
「誕生日から、俺のことずっとレオンって呼んでるだろ?」
そりゃだって、貴方はレオンでしょ。
「その、さ…前みたいに『レオ』って呼んでくれないか?」
レオンは急に照れ臭そうに視線をわたしから外して言った。
何度もストレートに恥ずかしい言葉をぶつけてきたくせに、ここに来て照れるとかこれまた反則すぎる。
推しが果てしなくかわいいよ。
「れ、レオ?」
転生前に残ってた記憶では、小さい頃からずっとレオンのことを"レオ"と呼んでいた。
記憶を思い出せてもあの頃はまだ違和感があって、わたしは一度もレオ呼びはしなかった。
それにソシャゲの時はレオ呼びなんて一度も出たことなかったし。
今思えば、わたしにだけ許された呼び方だったのかもしれない。
ヒロインに心を開いて完全に克服したと思ってたのに、心の奥底で引きずっていたなんて、なんだか今はヒロインが可哀想にまで思えてくるよ。
「もっかい呼んで」
「レオ」
「よし!午後も頑張れる気がする!
ありがとな」
名前の呼び方を変えただけで嬉しそうに笑うレオに胸が締め付けられる。
このまま学園に行かないでほしい。
ヒロインと出会わないでほしい。
ずっと隣に居てほしい。
それから少し話をして、レオは午後の訓練に向けて帰っていった。