推しの誕生日が命日になる
わたし立花 遥香、28才。
彼氏なし、一人暮らし、小さな会社に勤めている平凡な人生だ。
そして現在、目の前のパソコンと数枚の資料と睨めっこすること数時間が経過している。
「お先に失礼しまーす」
後ろから聞こえた同僚の声にハッとし、デスクに置いた時計に目をやる。
え、もう定時過ぎてる。
やばいやばいやばい、急がないと…
だって今日は、今日のために、どれだけわたしが頑張ってきたと思って…
「でもあと少し…」
今日はわたしの大好きなソシャゲ「シンデレラヒロイン(シンヒロ)」の推し、レオンの誕生日だ。
バースデーガチャ、イベ共に更新は16時、もう既に出遅れている。
最近はずっと食費も削って、なんとか天井分のガチャは確保できているから後はアプリを開いてガチャを引くだけ。
あーもう、レオンがどんな衣装着て、どんな表情をしているのか、早く知りたい。
こんなにドキドキしてるのに、実際は禿げかけの上司と密室なんて…一刻も早く終わらせて帰りたい。
推しの誕生日ストーリーで癒されたい。
沸々と溢れ出る煩悩に脳内が支配されそうになりながらも、何とか今日の分の業務を消化できた。
「お疲れ様です。お先に失礼します」
逃げるように鞄と上着を持って職場を出た。
最寄り駅まで徒歩5分、電車で15分。
節約生活も終わりだし、途中コンビニに寄って小さいケーキでも買っちゃおう。
自然と緩まる口元。
わたしの軽くなった足取りは順調に駅へと向かっていた。
*****
いつものホーム、電車が来るのはあと3分後。
このままだと20時には推しに会えそうだ。
アプリを開くのは帰るまでのお楽しみにしよう。
スマホの待ち受けの時計を見ながら心を躍らせるわたしの耳に、遠くから電車の近付いてくる音が聞こえる。
スマホをしまおうとしたわたしの腕を誰かが掴んだ。
え…
一瞬だった。
目の前にいた髪の長い女性がわたしの左腕を掴んでいた。
そして、ゆっくりと電車が入ってくるホームへ、2人して落ちた。
それはまるでスローモーションのようにゆっくりで。
音も感覚も全部消え去って、静止画のような。
その中で一緒に落ちた女性があまりにも綺麗だなとか意味の分からない思考をしてしまった。
そして、たぶんわたしは死んだ。
推しの生まれた日に。