魔王国5
四人の戦士と親衛隊が貴賓席に向かう階段を登り、クラレンスの横に座った。
「この新しい闘技場には魔法で防壁が張られ、観客席には被害が及ばないようになっています。魔王騎乗竜ガラン殿の攻撃をも防ぐほどです。存分に戦うように。それでは、始め!」
オーケとエルクが向き合うとクラレンスから始めの声がかかった。
狐人族オーケは小柄な女性だった。
大きな耳が出ている革兜、太くて立派な尻尾。二本の剣を佩いている。
「……子供でも……」
二本の剣を抜いたオーケは、エルクに向けて低く飛び出した。左右の剣を高さを変えてエルクを挟むように振るう。
キキンッ!
鋭い音がして交差するはずのオーケの剣が、腕を開いたように払われた。エルクが剣を抜くところは誰の目にも見えなかった。
壁にはいくつもの角度から戦いが映し出された。壁と会場を見比べ、歓声が上がった。
オーケはエルクを中心に円を描き、剣を振るっては引き、二本の剣で角度と左右を変えて切りつけた。そのことごとくをエルクは一本の剣で払う。
……へえー、速いね。それに鋭い打ち込み。片手なのに重い。で、攻撃しながら詠唱するか。かすかに唇が動く程度でか。
エルクが受け流し、それたオーケの剣から火弾が飛び出す。エルクは無手の左手を広げて火弾をつかみ取る。火弾は爆発せずに消えた。
眉をかすかに上げたオーケは、左右に素早く動き、火弾を混ぜて剣を振るう。エルクは今度は火弾を剣で切り裂いた。切り裂かれた火弾は爆発せずに消えていく。
……さすが魔王国の戦士。学生とは違うね。剣でもあり、短杖でもある武器か。ではこちらも。
エルクが攻撃し始める。オーケの動きについていき、払い、防ぎながら、斬りつける。オーケの持ち手や足を狙い、突きを入れる。
オーケの剣、持ち手、膝、足先を狙ってほんの小さな火弾をオーケに向けて飛ばす。「パチ! パチ!」とごく小さな爆発が起き、オーケの動きを阻害する。動きが乱れたところをエルクの剣が切り裂き、オーケが切り傷を受けて血に塗れていく。
「クッ!」
払われた左手の剣が手を離れて飛んでいき、オーケが低く唸った。
右手の剣一本になったオーケの剣速が上がった。エルクも剣速を上げる。
……そろそろかな? 狐なら来ると思うんだが。
オーケがエルクの膝よりも低く身を屈め、エルクの足先に斬りつける。受け流した瞬間にオーケが高く飛び、剣を突き出して落ちて来た。
オーケにはエルクを貫いたように見えたが、手応えはなかった。エルクはかすかな動きでオーケの落下を避けていた。
降り立ったオーケの両太ももを、素早く刺し貫いた。
うずくまるオーケが声を出した。
「うー、降参降参! ボクの負け!」
「それまで! 勝者エルク!」
「くー、情け容赦ないねぇー。……もっと剣速上げられるんでしょ? それにあれをかわされるとはなぁ」
近づいてきたエルクにオーケが尋ねた。
「まあね。……ちょっと待ってね。……はい、よし! 治癒魔法かけたから」
「お、痛みがなくなった。血も……止まった。ありがとね」
「治癒魔法では流した血は戻せないから、しばらく注意してね」
「あいよ」
……狐って上から獲物狙うから、左右の素早い動きに目を慣らさせといて、上下を混ぜるんじゃないかと思ったんだよね。
「おい、あの子の動き見えたか?」
「いや、見えなかった」
「速いなあ」
「治癒魔法も使えるのか」
エルクと会釈を交わすとオーケは剣を拾って貴賓席に向かった。
「続いては狼人族ハンネス!」
黒い髪で防具の類は身につけていない。耳は状況判断のためか前後左右に向けてよく動いている。両手持ちの長剣を右の腰に手挟んでいる。顎を引き、ややつり上がった鋭い目を向けてくる。
「始め!」
エルクが歩み寄ると、ハンネスはすり足で詰めてくる。剣は抜いていない。
……抜刀術か?
両者は少しの距離を開けて歩みを止めた。手を伸ばせば相手に触れる距離。両腕を垂らしたまま向き合った。
……くー、まずいね、達人? こっちは素人だから歩み寄る間に斬れたろうに。気迫負けしそう。
お互いの目を見つめ合ったままで動かなくなった。
「……動かないな」
「しっ!」
……見切れるか……殺したくはない……できるか……後の先。
ハンネスの両腕が先に動く。エルクにはハンネスの動きが、ゆっくりと動いているように見えた。
ハンネスの左手が鞘をつかみ、右手が柄に伸びて剣を真っすぐ上に抜く。
エルクの左手が逆手で柄を握り引き抜く。右手が刀身を追う。
打ち下ろされるハンネスの剣を、横に返したエルクの剣が右拳を支えに受け止めた。
キンッ!
エルクの頭上で二本の剣が交差した。ハンネスは剣を完全に振り抜き、エルクは剣を横にしたままで止まった。
ハンネスの剣は柄に近いところで切断され、エルクの背中をかすめて地に刺さっていた。
ハンネスが後ろに下がり、自分の剣をみて、エルクに会釈した。エルクも下がり納刀した。
「……受け止めずに、あのまま胴をなげたでしょうに」
「いえ、死んでもらっては困りますからね」
「私の負けです。お見事です」
「必死でした」
「それまで! 勝者エルク!」
「なに? 何が起きた?」
「……見えなかった」
「……一瞬の勝負か」
ハンネスは切り落とされた剣先を拾い、断面に見入った。
「折れたのではなく、切られたか」
ハンネスは剣先を手に貴賓席に登っていった。
「次! 熊人族ドーグラス!」
貴賓席から巨漢が降りてきた。手には星球槌を持っている。
丸い耳を出し、鼻あてのついた革兜をかぶっている。茶褐色の髭を伸ばしているが、つぶらな瞳をしていた。
重厚な革鎧と籠手、脛当をつけ、筋肉ではち切れそうな身体をしている。
星球槌はドーグラスの腕と同じ程の長さの鉄柄に、金属の棘を生やした球形の鉄塊がつけれられている。凶悪な見た目の星球槌を軽々と持っている。大人の男性でも持ち上げるのに苦労しそうな大きさだった。
「始め!」
ドーグラスが進んでくると、エルクは剣を抜かずに、散歩にでも行くように気楽な足取りで歩み寄った。
ドーグラスが星球槌を両手で構え、素早く身体を回転させてエルクの頭を目掛けて打ちつけた。
ガコンッ!
鈍い音と共に、星球槌が受け止められていた。
エルクが左手を顔の横に上げて受け止めていた。
……魔力で棘を防いでるからいいけど。頭が破裂するか、棘に骨ごと顔を剥がされるね。
つぶらな瞳を大きく見開き、鉄柄をひねるが、星球槌はエルクに押さえられて動かない。ドーグラスの顔が紅潮してきたところでエルクが手を離した。
星球槌が後ろに引かれ、エルクの頭上から打ち下ろされる。
ガコンッ!
エルクの頭に当たり星球槌が跳ね返される。
帽子の位置を直し、エルクがにっこりドーグラスに笑いかけた。
「ぐおおおっー!」
ドーグラスが吠えて、勢いをつけて星球槌を振り回した。
頭、肩、腕、胸、腰、足とエルクのあらゆるところを打ち据える。
ガコンッ! ガコンッ! ガコンッ! ガコンッ! ガコンッ! ガコンッ!
エルクは円を描くように下がり、ドーグラスは追いかけ、踏み込んで打ち込むが、相手は打たれても平気な顔をしている。
再びエルクの頭上から、ドーグラスが渾身の力を込めて打ち下ろす。エルクは左手を上げて「パシッ!」っと受け止めた。
そのまま、星球槌を引き上げようとするドーグラスと、棘の球形をつかんでいるエルクとの力比べになった。
鉄柄を両手でつかんで持ち上げようとするのを、エルクは左手だけで己の頭上で留める。
ドーグラスが荒い息を止め、顔がさらに紅潮し、全身の筋肉が膨れ上がる。革鎧の留め金が弾ける。
……鉄柄が全体に曲がりそうだけど……下から魔力で一点に……。
ドギィンッ!
鉄柄が曲がり、ドーグラスが膝をついた。
「はぁ、はぁ、……負け……です。はぁ、……俺の……負けです……」
「勝負あった。エルクの勝ち!」
一緒に息を止めていた観客から、大きなため息が漏れた。




