魔王国3
「やあ、クラレンス。どうしたの? ガランから聞いてなかった?」
「……部屋にいるようにとは連絡を受けましたが……エルク様がいらっしゃるとは……」
「うん、やっぱりねえ、重要な報告は自分で直接したいからね」
エルクは執務机の前におかれた椅子に腰掛けた。
「クラレンス、ルキフェが復活しても『狂乱』しないように出来たよ。魔王国の皆もね。ほら、僕も狂乱してないし、消滅もしなかった。地下の装置は今止めてきた。あの部屋は誰も出入りができないようにしておいたよ。……もちろん聖都ウトリー側からもね」
クラレンスは、静かにエルクを見つめた。
「……狂乱しないでルキフェ様が……復活できると……ありがとうございます。……いつから……いつからお気づきだったのですか?」
「ん? なんのこと?」
「……私のことです」
「クラレンスのこと?」
「ええ」
「……最初に会った時、かな。まあ、確証があったわけじゃないけどね。……僕なら、僕が聖教会なら、取り込むのは一番上を狙うからね。あ、でもね、勘違いしないでね。クラレンスを告発しよう、罰しようとは思ってないからね」
「……私は……裏切者ですよ」
「いいや、それは違う。クラレンスは裏切り者じゃないよ。確かに協力したろうけどね。……一族でずっと続けてきたの?」
「……はい。親から子へと。ずっと。私の家族が続けてきました……」
「クラレンス、ご苦労だったね。もう少しでその役目も終えられるから。今少しその役を続けて欲しい」
「エルク様」
……そう。クラレンスなんだよね。そこを引き込むのが一番効果的だしね。自白を強要しないで済んで、良かったよ。
「じゃあ、状況の説明ね。まず、魔王国側。狂乱は止めた、ルキフェのも魔王国国民のも。魔王復活の警報は、こちらの都合のいい時に出せるようにしてある。次、聖教会側ね。エウスタキオ主座は押さえた。次期主座は僕の支配下にあるクレマ司祭をつける。まあ、聖教会そのものを無くす予定だけどね。形を変えて太古種の遺跡を管理する何らかの組織にするつもり」
「……首座を?……聖教会を?」
クラレンスは呆気にとられた。
「各国の有り様も変えるか、変わるかする。それと、勇者が誕生したよ」
「勇者が? ですが、ですがまだルキフェ様は……エルク様が、魔王と、気づかれた?」
「いいや、まだ誰も気づいてないよ。クラレンスが黙っていてくれたしね。……勇者は僕。僕が聖教会に認められた勇者になった。連絡はなかった?」
「……エルク様が、勇者? はい?」
クラレンスがぽかんとした顔になった。
「魔王がね、勇者になったの。さて、ここで問題です。魔王が勇者に討伐されないためにはどうしたらいいでしょうか? はい、クラレンス君」
「……魔王と勇者が同一人物……ふふふ、確かに、確かにそれでは勇者に魔王は討伐できませんね」
「でしょー」
エルクが計画していることをクラレンスに話し終わった所で、クラレンスが聞いてきた。
「エルク様、我々一族が犯してきた罪を……償う機会はいただけないのですか?」
「うん、いただけない。だって、借りがあるのは魔王だからね。ルキフェがいないのに魔王国の人たちを率いてきたでしょ? 食べさせて、子を産ませて、寒さから守って……本来はルキフェの仕事。いくら聖教会が植え付けてると言っても、魔王を、ルキフェを敬愛する気持ちを、みんなに持たせ続けてきてくれたのは、クラレンスの一族。それを忠誠心というんだよ。人々への忠誠心」
「……忠誠心」
「……じゃ、ちょっと聖教会の商人たちとお話してくるから。あとでまた来るねー」
エルクは静かに涙を流すクラレンスを一人残して、部屋を、魔王城を出た。
ラドが、魔力鉱商会に使者到着の先触れをさせた。その後エルクと連れ立って商会に入っていった。
「こちらはエルク様。商会を取り仕切るアチェ、ウベ、セタに伝言を預かっています。このような店先では詳細はお話しできません」
エルクは潜入用の戦闘服から略装に着替えていた。
「では、こちらでお待ち下さい」
応接室に通されるとエルクは扉に向いて座り、背後にラドが立った。
お茶を供する者がそこは、お客様が座るところではないと席を移るよう促した。
「……ここで構わない。三人を早く呼んできて」
エルクのにこやかだが、はっきりした物言いに退室していった。
「失礼する」
一人のいかつい中年が入ってきた。
「やあ、こんにちは。僕はエルクだよ。君は誰かな? アチェ? ウベ? セタ?」
腰掛けたままのエルクが声をかけた。
「ウベだ」
「あ、そう。使用人じゃないんだね。僕はね、クレマ司祭からの伝言を持ってきたんだ」
「……クレマ司祭の? こんな子供が」
「ああ、僕は『機関』に部屋をもらってるんだ。その意味がわかる?」
「……クレマ司祭の……『機関』に部屋をもらう子供……勇者候補か?」
ウベはエルクをまじまじと見つめた。エルクの視線を受けてその身体が震えだした。
「ざんねーん。違うよ、勇者だよ。……さて、他の二人も呼んでよ」
「かしこまりました」
ウベは、部屋を出ていった。
しばらくして、廊下の向こうから複数の声が聞こえてきた。
「勇者だと? 何も聞いてないぞ」
「……まだ魔王が復活していないのに勇者だと?」
「エルク様に失礼なことを。礼儀に気をつけろ」
……商館には関係者しかいないのかな。「勇者」「勇者」って、敵地で連呼することじゃないね。完全になめてるね。
「失礼します」
ウベが扉を開けて入ってきて、他の二人を招き入れた。
「どうぞー。何も聞いてないのは当たり前。僕が伝えに来たんだからね」
「「……」」
二人が顔を見合わせ、改めて座っている子供に視線を向けた。
「扉閉めて。で、どっちがどっち?」
エルクに見つめられた二人が小刻みに身体を震わせた。
「私がアチェです」
「セタです」
「そう、僕はエルク。よろしくね」
その二人も大柄な体形で商人というよりも兵士に見えた。
「今後は僕の命令か、僕の代理であるこのラドミール、あるいはラドミールの部下に従ってね」
「「「かしこまりました」」」
「それと、僕が許可するまで、魔王城地下の『機関』への通路は使用禁止ね。まあ、部屋に入れないようにしてあるんだけどね」
「「「かしこまりました」」」
「君たちは立っててね。ラドかけて」
「はい」
「魔王国中央情報局の活動を魔王国で本格的に行なってね。やっと本国で活動できるよ」
「人員は他から呼びますか?」
「うん、やることが多すぎて手が回らなくなるはずだから。各国の活動を最低限にして呼び寄せてね。人員輸送はガランに相談してね。……アザレア、オディー、ラウノはやれてる?」
「はい、優秀です。すでにフラゼッタ王国で各部の指揮を取っています。他国での組織化についても計画書を提出してきています」
エルクはにっこり笑った。
「彼らの人選をした優秀な宰相がいるんだ。後でクラレンスに紹介するからね。それで魔王国中央情報局と合わせてクラレンスと共に早急に整備してもらいたいものがある」
今後について簡単に打ち合わせた後、エルクとラドは席を立った。ラドの後ろに立っていた三人に目を移した。
「ああ、忘れてた。彼らへの尋問は、聖教会からの資金の流れを中心にね。いくら魔王国の宰相が優秀でも魔王討伐後の復興には、苦労したはずだ。聖教会から資金が入ってるよね、ウベ?」
「はい。年に数度、聖教会から提供されています」
「それを追えば、聖教会と親しい者がわかる。あ、ラド、情報提供者だからってすぐに罰するつもりはないからね。中には功労者もいる。ルキフェ復活後に、排除するかどうするかの検討をする名簿作成ね」
「はい、かしこまりました」
そのまま、三人を見つめていたエルクは、ニヤリと笑った。
「……エルク様、お顔が……」
「げへへ……ねぇ、ウベ」
「はい」
「商会は、魔王国は、もっと予算が必要だよね。魔王国では、今年は酷い不作、魔力鉱鉱山も事故多発。復旧の緊急追加予算を計上しないとね」
「え? いいえ、今年は豊作になるようです。鉱業も順調……」
「ううん、魔王国に今すぐ資金を提供しないと、魔王が復活しても魔王軍が、侵攻ができなくなりそうでしょ?」
「「「……?」」」
「ぷっ! ……エルク様」
「ラド、笑っちゃだめ。いくら聖教会が魔王軍、魔王国の軍備増強に資金援助してくれるからって、笑っちゃぁ、失礼だよ」




