魔王国1
聖都ウトリーで聖教会、エウスタキオ主座を監視するようクレマ司祭に命じた。
情報局には、合わせてクレマ司祭の監視も、命じておいた。
エルクは、聖剣製作に必要な「ウーツ鉱」の調査に辺境大山脈に向かうと聖教会に通知した。
「ウーツ鉱」を見分けられるのがエルクだけであること、すでに三本の聖剣が収められていること、冒険者ギルドによる連絡網を優先的に使用出来るようにすることで、勇者が聖都ウトリーを離れることの反対意見を封じ込めた。
聖教会が冒険者ギルドに命じて、エルクの冒険者ギルド金証が用意され、各国、各支部での最優先命令権が与えられた。
エウスタキオ主座に初代主座セロについて聞いてから五日後、エルクはラドたちと聖都ウトリーを離れた。
聖都ウトリーから馬で二日、ガランと合流した。案内役としてついてきた白ローブはエルクの支配を受け、エルク、ラドと別れてフラゼッタ王国に向かった。
「やあ、ガラン」
「エルク様。レーデル様はお元気です」
「え?」
「レオナイン殿から、エルク様がずっとお気になさっているだろうから、一番に伝えるようにと」
エルクは頭を抱えた。
「……そりゃ、ずっと心配はしていたけど……何かあれば駆けつけられるよう、場所がわかる首飾りも渡したけど……」
「我らの女王になられるお方です。竜族が常に一人はお側におります」
「……いや、それって……別にお付き合いしているわけでもないし……こういった事は本人の……レーデルの気持ちが大切だし……本人たちよりまわりが騒ぎすぎると、だめになることも多いし……」
ガランがエルクとラドを乗せた。
「ガラン、里に向かってくれ。レオナインとフノッスに報告することがある」
「はい、レオナイン殿は辺境大森林のエルフ族のところにいます。里に向かうようホーロラに伝えます」
昼前に、里の会議用建物に入りフノッスと魔王国中央情報局への参加状況を話しているところに、レオナインが入ってきた。
「こんにちは、レオナインさん。いくつか報告があって来たんだ」
「こんにちは、エルク様」
「まずこれを渡します。『世界の守り手』と呼ばれる魔道具です。勇者とそのパーティが魔王を討伐する時に身につける魔道具です。ルキフェのいう『狂乱』を防ぎます」
「狂乱を防ぐ魔道具ですか……そう、以前ご指示いただいた『ルキフェ様が復活した時に起こったこと』ですが、ほとんどのものが憶えていませんでしたが、身体が巨人になったと私とフノッスをはじめ幾人かは憶えていました……」
「うん、それはラドからも報告を受けてるよ。それを基にして影響を受ける範囲も特定できた。この魔道具の効果はこれから僕が実際に検証する。ここに全部で五百個持ってきたから族長たちや情報局の人たちに配ってね」
「はい、かしこまりました」
「その『狂乱』だけど、実際には別の生物に変身させてしまう『変異』というものだった。魔王城の地下にその装置が、太古種の造った装置が置かれている。それを止めてしまえば、ルキフェが復活しても狂乱しないし、魔王国の人々も影響を受けないことがわかった」
「太古種の装置……なぜそのような物が」
「ああ、それもわかった。聖教会が仕組んだことだった。それを止めに行くよ。……ふふ、レオナインさん、フノッスさん、僕は勇者になったんだ、聖教会が公認する勇者にね」
「「はい?」」
「……はは、さて質問です。勇者になった魔王に魔王討伐が出来るでしょうか? あ、『世界の守り手』は、『聖剣を造ってやる』って嘘をついて、聖教会に集めさせた材料で、聖教会の施設を使って、『魔王』が作りました」
しばらくキョトンとした後で、全員で大笑いした。
皆で笑いあっているところにレーデルが入ってきた。
「エルク? エルク!」
「やあ、レーデル、久しぶり! 元気だった?」
エルクが立ち上がり、レーデルに駆け寄った。
「エルク……どうしてここに……」
「ああ、内緒にしていてごめん。実は、学院に入る前に、大おばあ、コホン、レオナインさんとは面識があったんだ。今ね、僕が聖教会公認の勇者になったと報告したところだよ」
「え? エルク……やっぱり……勇者だったのね……」
エルクを見て輝いたレーデルの笑顔が変わっていった。目を大きく見開き涙を浮かべ、苦しそうに歪んでいった。
「……エ、エルク……これ、これね……まだ完成じゃないけど……エルクに着てもらおうと作ったの……」
手に持っていた袋から、生成りのシャツを取り出して広げた。風に舞う花びらが刺繍されている。
「これを僕に?」
「……ええ、ええ、エルクを……エルクを思って刺繍したの……」
レーデルの顔が悲しげになった。
「着てみて……その服をこれに着替えて……着て見せて……お願い……今ここで……」
「……ああ、いいよ」
エルクは着ていた戦闘服を脱いで上半身裸になると、レーデルから受け取ったシャツを着た。
「どう? 似合う?」
「……ええ、似合うわ。思っていた通り……エルクに似合うわ……」
エルクに向けたその目からは涙が流れた。
笑顔だが、悲しげで、苦しげで、涙を流して、つぶやいた。
「……エルク、愛している……ごめんなさい……」
レーデルは短剣を抜いて、エルクに突き刺した。
「え?」
胸に突き刺さり背まで抜けたレーデルの剣を、エルクは見下ろした。
レーデルのくれたシャツに、見る見るうちに血のシミが広がった。
「「「エルク様!」」」
「ごめんね、ごめんね、エルク! 私もすぐ行くから! 一緒に行くから!」
レーデルはもう一本の短剣を抜き、自分の喉を突き刺した。
ガコッ!
鈍い音と共にレーデルの短剣は、その細く白い喉には届かず、宙に止った。
「「「レーデル!」」」
……ああ……そうか……知らなかったのか……苦しめてしまったのか……愛おしいレーデルを苦しめてしまった……愛おしい……。
エルクは胸の剣を抜くと自分自身に治癒魔法をかけた。
……心臓を少しそれてる……苦しめてしまった……悲しませてしまった。
「……レーデル、ごめんね」
「……エルク……」
「僕が勇者になるかもってことが、君を苦しめたんだね……」
エルクはレーデルに手を伸ばして、指でレーデルの涙を拭いた。
「……私は影の一族……なの……魔王様を崇拝する一族、守る一族。……勇者に復讐を誓った一族。エルクが勇者になるなら……敵になる……これまでの……一族の……そのためにお母様も……家族の苦しみを止めなくては……」
「レーデル、レーデル、ごめんね。レーデルの敵になりたくなくて……嫌われたくなくて、君に言えなかったことがあるんだ。……僕はね、僕は魔王なんだ。僕は魔王エルクなんだ……」
「……エルクが魔王?」
「ああ、そうだよ。僕は魔王エルク」
「レーデル、このお方は私たちの魔王様。影の一族がお仕えする、魔王エルク様なの」
そうレーデルに告げると、レオナインが皆を連れて部屋を出ていった。
エルクはレーデルの手を取り椅子にかけさせた。
「僕が、僕が魔王になった話を、はじめから……僕が誰なのかを話すよ」




