ウトリー9
消えていった二人のいた場所にたたずむエルクに、誰も声をかけられなかった。
「……クレマ司祭」
「……はい」
「……そいつは……だれだ?」
クレマ司祭とラドが取り押さえている男を、エルクはゆっくりと振り向いて見つめた。
「ひっ!」
男はエルクと目が合い、失禁した。
「くっ、こいつは、こいつはカトルセ助祭。クアトゥロ司教の施設の者です」
クレマ司祭とラドは失禁した男を押さえながら、なるべく身体を離した。
「ラド、クレマ司祭。もう離していいよ。おまえ、カトルセ助祭、逃げないよね?」
カトルセ助祭は勢いよく首を上下に振った。
「で、……なぜここにいる?」
「ク、クアトゥロ司教から、クレマ司祭の邪魔をするように、め、命じられて」
「……魔力濃縮液だな」
「はい、はい。クレマ司祭の子供に与えろと」
「小聖剣もか?」
「隣りにあったので。子供に飲ませるために……すぐに勇者になれると……いい含めて飲ませるために……隣から持ってきました」
「エルク様、申し訳ありません。私のせいです。私が、地下に降ろしていませんでした」
クレマ司祭は後悔で顔を歪め、頭を下げた。
「……いや、クレマ司祭、僕のせいだよ。あとで使おうなんて浅はかな考えで、クアトゥロ司教を潰さなかった……君のせいじゃない……うまくやれていない僕の責任だ」
エルクは大きくため息をついて、背を伸ばした。
カトルセ助祭と視線を合わせて一言発した。
「我に従え」
「はい。あなた様に従います」
「カトルセ助祭、クアトゥロ司教に『うまくいった』と報告しろ。『クレマ司祭の計画は子供の死で遅延する』と」
「はい、かしこまりました」
「その後は、クアトゥロ司教の情報をこちらに流す仕事をしてもらう。ラド、クレマ司祭と相談してこいつを監視する人間をつけて帰してやって。カトルセ助祭、後日、魔力濃縮液は全て僕が処分する。全ての魔力濃縮液の在りかを調べ、できれば集めておけ……人造魔石もだ」
「はい」
「クレマ司祭、ひとつ大きな疑問が残っている」
「はい、何でしょう?」
「なぜ、魔王と勇者が存在しているのか? だよ」
「魔王と勇者が?」
「ああ、そもそもの初め、初代の勇者と魔王の戦いについて、知っていることは?」
「初代の勇者……いいえ、知りません」
「……ずっとそうなんだと疑問は持たなかったんだろうな。初代勇者について誰が知っている?」
クレマ司祭は顎に手をやりしばらく考え込んだ後に、答えた。
「エウスタキオ主座でしょうか。主座のみに……主座についた者のみに明かされる『秘儀の書』があると聞いたことがあります。そこに記されているかもしれません」
「ふむ、『秘儀の書』か。そこにあればいいが。……よし。新聖剣のお披露目を手配して。エウスタキオ主座を必ず出席させて」
「はい、かしこまりました」
「それと、小聖剣を移したら、この魔力訓練室を封印して。新しい訓練室を作るように」
「かしこまりました」
夕食の食堂では子供たちが騒いでいたが、エルクが入ると静かになった。
いつもジェセとペペが座っていたテーブルには誰も座っていない。エルクが座ると子供たちから声がかかった。
「ねえ、エルク、ジェセとペペはしんだの?」
「……うん、もういないんだ」
「そう、ふたりともしんだの。ほかの子たちといっしょになってるかな?」
「他の子?」
「……みんないなくなるんだよ。あたらしい子はエルクだけ。もっといたけど、みんなしんじゃった」
「……そうか。ジェセとペペは一緒にどこかで生まれ変わって幸せになるさ」
「うまれかわる?」
「ああ、人は死んだら生まれ変わるんだ。きっとどこかで幸せになるよ」
「……そう。……きっとどこかでわらってるよね」
翌日、クレマ司祭から今日これからお披露目をするが良いかと聞かれた。
「昨日の今日でか? エウスタキオ主座も出席して?」
「はい。大聖剣が使えなくなるのは一大事です。新しく聖剣が造られたとなれば、それが最も重要なことになります」
「……わかった。では進めて。いつでもいいよ」
エルクとラド、クレマ司祭とセセンタ助祭が手配された馬車で聖都ウトリーの西側、「施設」に向かった。
長い漆喰壁に囲まれた施設の門で聖教会騎士団の誰何を受け、馬車内を検められて中に入った。
二階建ての施設の正面玄関に馬車が止まった。
案内されて、建物を抜けた中庭に入った。中庭には金属製のおりが設置され、中には数頭の狂猪が入れられていた。
おりの横には一人の老人が立っていた。頬のこけた痩せぎすで長身、酷薄そうな青灰色の目をしている。白いローブの肩、胸に刺繍がついている。クアトゥロ司教だろうとエルクは見当をつけた。
「エルクさん、主座会議議員のクアトゥロ司教です。クアトゥロ司教、こちらは勇者であるエルクさんです」
先に紹介されたクアトゥロ司教が、目を細めクレマ司祭をにらんだ。エルクは微笑んでいたが、相手が言葉を発するまで、沈黙していた。
「……お初にお目にかかります、クアトゥロです」
「あ、そ、エルクだよ」
「……」
そこに、白ローブたちが入ってきた。
後ろから豪華な金糸刺繍の白いローブをまとった老人が続く。白髪を長く伸ばし、白いひげも長い。その中で眉だけが、黒々と太い。エルクに炯々とした目を向け、その光には狂気のような迫力があった。
「エルクさん、エウスタキオ主座です。エウスタキオ主座、こちらは勇者のエルクさんです」
「……クレマ司祭……この者は勇者と聖教会で承認されていない。なぜ、勇者と名乗る……」
「クアトゥロ司教、不思議なことをおっしゃる。聖剣を発動できる者は勇者と決められています。ましてや、エルクさんは自ら聖剣も作れるほどのお方」
「ねえ、クレマ司祭、僕がなんか勘違いしてるのかな。聖教会ってさ、勇者を崇め、勇者の魔王討伐を手助けするところ、だったよね。つまりは、勇者の家来ってことでしょ?」
「……お初にお目にかかる、エウスタキオだ」
「エルクだよ。よろしくね。なんか、納得してないようだからね。早速僕の作った聖剣を見せるね。ああ、テーブルを持ってきて、大きめのやつね」
エルクは白ローブたちにテーブルを運ばせると、おりの横に置かせた。
アイテムパックから三本の剣を取り出してその上に並べた。美麗な蒔絵が施された黒い鞘、両手持ちで黒い革紐が巻かれた柄、柄頭には黒い宝石が嵌められている。
エルクが一本を取り上げ鞘を払った。
幅広の刀身には装飾がなく、濃い灰色をしていた。
「これが聖剣? 唯の剣ではないか」
「……えーと、クアトゥロ司教だっけ、聖剣を唯の剣とは、ずいぶんひどい事をいうね。それとも、聖剣と他の剣と、ひと目で鑑定できるほど見識があるのかな」
「クアトゥロ司教の言うことも最もだ。これは聖剣と似ても似つかぬ普通の剣ではないか」
「……はぁ、エウスタキオ主座まで……。『機関』にある、聖剣と呼んでる物と違うからかな? なんだかなぁ、あれは剣じゃないのになぁ。先は尖ってて刺すことはできるけど、魔力を集めて放出する魔道具だよ、あれ。おまけにあれを使うと毒を撒き散らす」
「剣ではない? 魔道具? 毒だと」
「みんなはずっと勘違いして来たんだね。じゃあ僕のを使ってみせるよ」
エルク聖剣を構え、魔力を流すと、刀身から白い光が溢れ出した。
「これ狂猪だね。聖剣のお披露目だけなのに、命をもらうことになるなんて、かわいそうだね。ごめんね」
エルクが光る聖剣を素早く狂猪に突き刺した。狂猪は動きを止め、光の粒になって消えていった。
「どう? 納得した?」
エウスタキオ主座とクアトゥロ司教が目を見開いてエルクが持つ聖剣と、狂猪のおりを見た。
「ま、まさしく、聖剣……聖剣だ……聖剣だ!」
……詐欺です。光るだけの剣です。僕が魔法で素粒子分解しました。
「さて、ここにもう二本あるでしょ? こっちも使ってみせるね」
いずれの聖剣も白い光が溢れ、狂猪は光る粒子になって消えていった。
……ごめんね、良き転生を。
「で、聖剣と勘違いしていた魔道具は、魔力量二百以上でしか発動しないんだっけ?」
「はい、その通りです」
クレマ司祭がエルクに答えた。
「聖教会の人たちって魔法が使えるの? エウスタキオ主座は? クアトゥロ司教? クレマ司祭?」
エルクに名を呼びかけられた者は三人とも首を横に振った。
「ここにいる人で、少しでも魔法が使える人はいる? 魔道具使う時に便利って程度でいいから、魔力を流せる人は?」
その場にいる全員が周りを見渡し、白ローブの一人がおずおずと手を上げた。
「少しなら、魔力が流せます。詠唱は知りませんので魔法が使えるとは……」
「魔力が流せれば十分だよ。こっち来て聖剣を構えて」
白ローブが聖剣を手にして魔力を流すと、ぽうっと薄い白い光が、刀身を覆った。
「「「おお!」」」
エルクが拍手をするとつられて全員が拍手をした。
「聖剣発動おめでとう。あ、でも勇者ってわけじゃないよ。そのままでは狂猪も討伐できないからね。聖剣の使い方を憶える特別な訓練をしないと」
「……訓練すれば……誰でも使えるのか?」
「クアトゥロ司教、ちょっと正確じゃないね。僕が課す訓練をすれば、ってこと。自分でやってみても無理だね。さて、いま三本聖剣があるけど、三日間で三本作ったんだ。今回は特別に僕の手持ちの材料を使ったけど……必要な材料さえあればもっと量産はできるよ、エウスタキオ主座」
「……聖剣が……量産できる……」
エウスタキオ主座は三本の聖剣をギラギラとした、物狂おしい目でみた。
「エ、エルク様、材料は用意いたします。聖剣をお造りいただけませんか? 今後の、将来の勇者たちのためにも、ぜひ! お願いいたします!」
「うん、いいよ。このままでもいいけど、もっと改良した方がいいかな? するとあれとあれと……ちょっと希少な材料が必要になるか……エウスタキオ主座、後で相談に乗ってね」
「はい、かしこまりました、勇者エルク様」




