ウトリー6
考え込んでしまったエルクとラドミールが己を取り戻すまで、クレマ司祭は声をかけなかった。
「クレマ司祭、『世界の守り手』は?」
「はい、こちらの棚に並んでいるのが『世界の守り手』です」
並んでいる聖剣の横にある棚を指差した。棚には複数の革の箱が並べられ、その一つをクレマ司祭が取り上げて蓋を開き、エルクに中を見せた。
それは手のひらほどの首飾りだった。中心に金属で作られた輪があり、輪の中には星型に金属の糸が張られている。輪から下方に金属の羽が複数下がり、所々に明るい青の宝石が付けられている。
……魔法陣が……宝石と羽に「変異」を無効にする魔法陣が組み込まれ……通路を通る鍵……。
「これを貰うぞ。……三つ。いいな」
「はい」
「……大聖剣と言うからには、小聖剣もあるのか?」
「はい、ございます。魔力訓練室の隣で保管しています。子供たちの訓練用です」
……子供たちの。……放射線被曝が心配だ。
「よし、小聖剣を見せてもらおう」
「はい。では、こちらへ」
クレマ司祭の案内で魔力訓練室に向かった。
壁の遺跡では下働きたちが、溶けた魔道具をこそぎ落としていた。
別の壁にある重い扉を開けて、中に入った。大聖剣とは違い小型で、持ち手がついた金属の四角柱が小聖剣だった。
エルクは一本を手にとり、放射線を封じ込めるイメージで剣の周りに防壁を張った。
皆に少し離れてもらい、ごくごくわずかの魔力を流した。
小聖剣は白く光り出し、エルクの探知魔法が放射される粒子を検知した。白い光自体はエルクの偽聖剣と同じだが、種類の不明な粒子を放射していた。
魔力をすぐに止めて光を消すとクレマ司祭に向き直った。
「この小聖剣は地下に運んで、大聖剣と一緒にしておくように。これを使った訓練はさせるな。発動させると死ぬこともあり得る」
「はい。かしこまりました」
魔力訓練室に戻り重い扉を閉ざした。
下働きの作業を見て、エルクが尋ねた。
「クレマ司祭、溶けた魔道具は直るのかな?」
「ええ、新しいものを用意して……数日か数週か、時間はかかりますが直せると思います」
「時間は稼げるか……今後は子供たちの担当は、危害を加えない優しい者にするように。子供への暴力は許さない。それとこれ以上魔石を埋め込むのは絶対にだめだ。小聖剣を使った訓練も禁止だ、いいな」
「はい、かしこまりました」
「しばらくはここで生活させて、子供たちを開放する方法を決めよう。……聖剣は、僕が新しく作る」
「おお、聖剣をお作りになれるのですか!」
エルクは魔力を込めて右脇の短剣を抜いた。
短剣は白い光を放ち、周りを明るく照らした。
「「「おお!」」」
「それは! それには、聖剣と同じ力があるのですか?」
クレマ司祭の問いにエルクがうなずいた。
「全てを滅ぼし、目に見えぬほど、形を維持できぬほど細かくしてしまう。これと同じものを作る」
「これで! これで救われる! 大聖剣がなくなる恐怖から救われます! 魔王討伐ができます!」
クレマ司祭が涙を流さんばかりにエルクを見つめてきた。
「……少し疲れた。部屋で休むことにする」
「はい、かしこまりました」
ラドと一緒に部屋に戻ると直ぐにエルクは寝台に倒れ込んだ。
「エルク様!」
「……ああ、心配ない。……ラドが来る前に……遺跡から……太古種の記憶を取り出したんだ……それがあまりに多すぎて……CPU……僕の脳では……処理速度……遅すぎて……少し休めば大丈夫……だから……ああ……明日朝に……クレマ司祭と会議の予定を……入れて……ね……」
「エ、エルク様?」
ラドの問いかけに答えず、エルクは静かな寝息を立てていた。
……ここ、どこ? 薄暗い場所……ルキフェの場所? ……いや……わかる……僕の場所……僕の魂の場所……。
何かがエルクを見つめていた。姿形はなく、塊のようなものとしてしか認識できない。
……こちらの中に入ってくる……いや……もう中にいる……記憶か……彼らの記憶か? 僕を……僕を見てる……調べてる……。
「……お前の……中にいる……乏しい……貧弱な……この言語では伝える……伝わる情報が少な……すぎる……意志の……同調も行わなければ……」
「誰だ? 太古種か?」
「……ああ、輪廻転生するのか……おまえも……」
……僕の独り言ではないのか?
「残滓……私は思考の残滓。……意思と意志の狭間……総体との繋がりがあるのだろうか? ……過ぎゆく時間に残されたもの……生命体? ……そう、お前たちの言葉では……私はギデ……」
「……ギデ……」
「そう、全ては……我らでさえも、世界を全て理解は出来ない……」
「……お前の目的はなんだ? 吸い取った、唯の記憶のはずだ」
「そうだ。記憶でしか無い。……お前の言語と理解力では記憶としか表現できないが、それが全てではない、正しく本質を表してはいない。……記憶とは生命体に起きる事象だが、単体? ではない。全ての魂と記憶は繋がり、世界を構成する」
「……理解できないが……なんとなく……種族が持つ記憶……感じられるような気がする……」
「それでいい。私には意思も意志もない……好奇心? 単体として機能し始めているのか、お前の一部なのか……お前の心の声……輪廻転生を繰り返してきたお前の魂の総体なのかもしれない」
……私の魂の総体?
「案内人。導き手。ギデ。膨大な記憶を得たことで、理解したいというお前の意思が働いた。そのギデ」
「導き手……」
「そう、お前が持つ疑問に答えよう。『変化』こそが世界の理であり、全ては移ろい行くのだ」
目覚めた時、ギデから伝えられた詳細はおぼろげになっていた。
……「変化」こそが世界の理……か。
寝台の横ではラドが椅子に座って寝ていた。
「ラド。おはよう、ラド」
「……エルク様、お目覚めに」
「ずっと居てくれたんだ。ありがとう」
「お顔の色は良いようですね、安心しました」
「ああ、気分もいいよ。今何時だろう?」
「……私も、うとうとしていましたから、お待ち下さい」
ラドが部屋から出ていき、白ローブと一緒に戻ってきた。
「夜が明けたばかりとのことです。何か召し上がりますか?」
「うん、そう言えばお腹が空いたな。……子供たちは食堂で朝食をとるのかな」
白ローブに尋ねると、五人の子供たちは一緒に食事をとると教えてくれた。
案内してもらった食堂で五人の子供たちが食事をしていた。
エルクが入るとジェセだけが目を向け、他の子たちは器から目を上げなかった。
「おはよう」
エルクの挨拶に誰からも返事がなかった。ジェセの向かい側に座ったエルクの前に、朝食の盆が置かれた。
どろっとした粥のようなもので、添えられた木のスプーンで一口ふくんで手を止めた。
……おいしくない、というか不味い。塩分も少ない。栄養価はあるのだろうけど、食べる楽しみは無い。
周りを見渡すと皆、黙々と食べている。
「ジェセ、ジェセ、これ、美味しい?」
「……美味しい? わからないわ」
「え? ……朝ごはんが美味しいか聞いたんだけど。わからないか」
「……うん」
ジェセが隣に座るペペを気にして、生返事をした。
「そ、そうか。毎朝これを食べてるの?」
「……そう。……ペペ、こぼしてる……」
ジェセが隣に座るペペの口を拭いてやった。
「これでいいわ……」
ジェセは柔らかな目でペペを見つめ、微笑んだ。
なんとか残さずに食べ終えたエルクはクレマ司祭の執務室に向かった。
「おはよう、クレマ司祭」
「おはようございます、エルク」
「子どもたちの食事、なんとかして。あんな不味くては食べる楽しみがない。市場や屋台に、海産物や食材があんなに豊富にあるのに。子供たちの食事の改善を要求します。料理人に言って楽しく食べられるようなものにして」
「……はい、かしこまりました」
「聖剣を造るために必要になるものがある。機関に僕専用の実験室を用意して、材料を集めてくれ。必要な物は一覧にして後で渡す、いいね」
「はい、かしこまりました」
「少し聖教会について教えて。……クレマ司祭と僕の、障害になりそうな者は誰?」
「……トゥレス司教とボリバル司祭……もっとも障害になりうるのはクアトゥロ司教でしょうか」
「……クレマ司祭は魔石を子供に埋めて魔力量を勇者並みにする担当、使う魔石は魔物から取り出したままの物。ボリバル司祭は人造魔石。幾つかの魔物の魔石を合成した物で勇者並みの魔力量を得ようと、人で実験している。まちがいない?」
「はい、その通りです」
「クアトゥロ司教は?」
「復活しない魔王の代わりに魔物を強化して放しています。人が、世界が、勇者を、聖教会を求めるようにしています」
「……くそっ! まったくお前らはっ!」
「……申し訳ありません」
「……で、クアトゥロ司教はどう障害になる?」
「後継者争いです。エウスタキオ主座の後継者。ウノ司教とトゥレス司教、主座会議議員たちは皆高齢で、私とボリバル司祭が筆頭を争っています。しかし、第四席クアトゥロ司教も主座を欲しています。たびたび妨害工作を企てています」
深呼吸をしたエルクがクレマ司祭に詰問した。
「クアトゥロはどこで魔物を育ててるんだ。狂鹿は二百五十以上いた。聖都ウトリーでその数は用意できないだろう?」
「はい。各国に施設を作り、クアトゥロ司教が管理しています。狂鹿、灰色狼をノルフェ王国で、大トカゲをギリス王国で、フラゼッタ王国で狂穴熊を育ています。その他の国にも施設を作っているはずです」
「……聖都ウトリーでは?」
「聖都ウトリーの西側に、人造魔石と魔力圧縮液を造り、様々な魔物で基礎実験をする施設があります」
「……各国の実験施設は潰す。ラド、場所を確認しておいてね。僕が飛んでいく。西側の施設には魔物がいるんだな?」
「はい」
……新しい聖剣のお披露目は、その施設でするか。
「……新しく聖剣を作ったら、主座、エウスタキオ主座との面会を整えてもらう」
「はい。すぐにもお会いになれますが?」
「いや、聖剣を作ってからだな。こちらから指示する」
「はい、かしこまりました」
……子供たちの魔石は取り出せるか? 心臓の近くのに埋められて難しいか。クレマ司祭が取り込まれたことに気が付かないよう偽装が必要か? このまま訓練を続けさせるか。……専門校に進ませて魔力充填の仕事を身に付けさせるか、彼らの工房を作って自立させるか。……悩ましい。
「魔石に魔力を充填する魔道具はあるか?」
「はい、ございます」
「子供たちの訓練はそれで行うように」
「はい」
「クレマ司祭。君は何を望む?」
「……何を望む、ですか」
「ああ。今、君は僕に支配されている。自己の意識はあるが僕の命令が優先されている状態だ。本当の君は、何を望むのか。これまで何を望んできた? これからは何を望んでいくのか?」
「……私の望み……主座になること……権力の頂点を目指すことが望みでした」
「……なぜ聖教会に入った。なにを望んで入った?」
「……魔王討伐のために……。両親に聞かされた……両親が望んだことです……聖教会を守り、聖ポルカセス国を守ること、それが人を守る方法。聖教会に尽くし、人を守ることが私の望みです」
「それが主座を目指すこと?」
「……誰よりも上に。ボリバル司祭に負けぬよう、上に」
「子供たちはどこから連れてきた?」
「……聖都ウトリーや聖ポルカセス国の貧民街から……赤ん坊や二、三歳の子を」
「貧民はクレマ司祭が守ろうとする『人』ではないのか?」
「……聖教会が高額で引き取れば暮らしが良くなる、幸せになれる……」
「勇者になれば死ぬのだろう! 魔石を埋めれば人ではなくなる。彼らは魔物になってしまった! いや、魔物にされてしまった! それでも『人を守る』と言えるの?」
「……わ、わたしは……わたしは……」
……あんまり責めると自我が崩壊してしまう。
「……クレマ司祭……もういいんだよ。競争は必要ないんだ。僕が君を引き上げてあげるからね。……『人を守る』ことに力を尽くせばいいんだ。僕が主座にしてあげる。僕のもとで『人を守る』んだ」
「……はい。はい! 人を守ります」




