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旧)黒きエルク  作者: ヘアズイヤー
黒き光

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ウトリー4


 魔王を倒す教育を受けるため、エルクは「機関」に部屋を与えられることになった。魔力量の測定を行った施設は、ただ「機関」とだけ呼ばれていた。


 最初に通されたラドたちが待つ部屋に戻り、これからの説明を受けた。

 側仕えたちの寝泊まりは許されていなかった。エルクが駄々をこねて、交代で一名のみが許され、エルクとの続き部屋が与えられた。

 クレマ司祭からの説明を受けている間、試しにラドと念話でやりとりしたが、気づかれた素振りはなかった。


『ここと宿とで、できるか要実験だね』

『はい』


 その日は持ち込む荷物の指示を出すためと、「夜明の窓辺」に戻った。


「……『機関』からの情報は取れそう?」

「アグナーでの話し合いの後から、これまでと違う方法を試しています。人は誰しも食べて、寝て、服を着て、排泄します。偉い方は自分の手を汚しません。下働きにまかせます。そこに入り込んでいます」

「うん。それじゃあ、側仕えの交代時に情報のやり取りをしよう。念話は確認が必要だけど、使えたら幸運だ、くらいに思っていよう。『機関』では魔力の流れが複雑で、どんな影響が出るか……一つ一つ検証しよう」

「……それほど複雑な流れでしたか?」

「ああ、建物の中心にある塔、周りの小塔、屋内の魔道具や不明な塊。それに加えて、地下に何層もの巨大な魔力があった」

「……危険なのでは……今更でしたね」

「うん。一階にも気になるものがたくさんあった。……自分の感情にのまれてしまえば……聖教会共々、吹き飛ばしてしまいたくなるような……そんなものが……」


 翌日、ラドが手配した馬車で機関に向かった。

 聖教会騎士団の詳しい確認作業を受けて建物に入る。白ローブに案内されて割り当てられた部屋に入った。


 エルクが側仕え役のラドと部屋を確認していると、羊皮紙の束を持った二人の白ローブが訪ねてきた。

「側仕えがいるのか? 側仕えはここにいろ。ついてこい」

 部屋に入るなりそれだけを言って、エルクの返事を待たずに部屋を出た。

 二人ともエルクがついて来ているか確認せず進んでいった。廊下を幾度か曲がり、木製の両開きの扉を開けると中にはいった。


 窓のない部屋には長机が置かれ、扉を背に二脚、壁を背に、扉に向かって一脚の椅子が置かれている。その椅子を指差して、自分たちはさっさと並んだ椅子に座って羊皮紙をめくり出した。


「エルク。十歳。ノルフェ王国。フラゼッタ王国王立学院……特待生?」

 年若い方の白ローブが読み上げて、隣を見た。

「知らん。……特待生とはなんだ?」

「……」

「答えろ。特待生とはなんだ?」

 エルクは、天井を見上げて、あくびをした。

「おまえ!」


 ……さて、これからの立ち位置が決まる。十歳。先代勇者より魔力量が多い子供。……今、聖教会と全面対決する気はないが、下手には出ない。子供扱いでは知りたいことが手に入らない。対等以上にならないと……頂点の主座と。


 エルクは大きくため息をついて二人を、ゆっくり交互に見つめた。言葉を発せずに見つめてくるエルクに、ムッとした視線が返ってきた。

 エルクの目を見つめるうちに、二人の身体がかすかに震えてきた。


 ……犬は素直だから、上下関係を直ぐに感じ取れるけど……人はもっと抵抗するな。……あ、あれは? 精神系の魔法は資料がなかったけど、気迫で犬を怯えさせ、ルキフェの恐怖がギジェルモ司教を素直にできるのなら……支配を込めたらどうなる?


 エルクは年長の白ローブを見つめた。かすかだった震えが大きくなり、顔に汗が出てきた。

「……エ、エルク……さま」

「!」

 隣の白ローブの言葉に、年若い白ローブが驚きの目を向け、エルクに向き直った。目があった途端に何か言いかけた言葉を飲み込み、震え、汗をかき出した。


「ねえ、ちょっと喉が渇かない? お茶欲しいよねぇ」

「はい、エルク様。ただ今ご用意します」

 年若い白ローブが慌てて立ち上がった。

「お願いね。あ、二人とも僕のことはエルクって呼び捨てにしていいからね」

「「はい」」


 届けられたお茶を飲みながらエルクが二人に質問し始めた。年長がキンセ助祭、年若い方がセセンタ助祭と自己紹介した。

「で、二人はどんな役目なの?」

「エルクさ……エルクの担当です。今後は交代で指導します」

「ふーん、勇者の教育って何するの?」

「一番重要なのは聖剣の使い方です。相当な魔力が必要になるので魔力量を増やす訓練が必要です。……クレマ司祭からは、エルクは訓練しなくても良いと指示されていますが、それでは何をすればいいのかと……」

「そう、正直、迷っている」

「聖剣の使い方……迷うか……それじゃあ、まずはここを案内してくれる? 僕が何を学ばなくてはならないか一緒に考えようよ」

「「はい」」


 二人の案内で「機関」の内部を見て回った。生活に必要な場所はざっと案内され、魔力訓練室に向かった。


 魔力訓練室は地階にあり、長い階段を下った所で金属扉の部屋に入った。


 ……この反応は……ここか……。


 部屋には五人の子供と、担当なのであろう助祭が五人、それぞれの子供の横に立っている。

 天井が高く、部屋の一方の壁は不規則な瘤のような、「ポルカセスの塔」と同じ材質の遺跡が覆っていた。機関の中央にそびえる塔の一部らしかった。壁の周りにはいくつもの木箱や棚などが置かれている。


 ……嘔吐物、血の臭いが、かすかにする。あの子供たちは誰も怪我などしていないようだが。痕跡はないが、古いものから新しいものまで……。


 子供たちは皆、長袖、すね丈、生成りの貫頭衣を着ている。

 四人の子供は生気のない目で助祭について、遺跡の壁に向かって立っていた。


 一人の少女だけが、エルクが入ってくるのに注意を向け、エルクをにらんできた。

 少女はエルクより年上のようだったが、他はエルクと同じくらいの歳で、一人はもっと幼かった。

 全員が首にぴったり付いた黒い首飾りをしていて、魔道具の反応をエルクがとらえていた。


 ……どの子にも……なんてことを。


 一人の子が踏み台に乗り、瘤に手を当てた。

 壁の瘤に魔力を流し、息遣いが荒くなった。

 その瘤に密着して、魔力を測定する魔道具に似た物が置かれ光の板を助祭が見ている。

「ちっ、百三。……もう限界か? くそっ、伸びねぇな。もういい、交代だ」

 舌打ちする助祭に言われて、子供は手を離し踏み台の上にうずくまった。

 手荒く子供を下ろすと、次の子供と交代させた。


 エルクはキンセ助祭に小声で尋ねた。

「いつもあんなに手荒なの?」

「はい」

「……子供には優しくね」

「「はい」」

 キンセ助祭とセセンタ助祭が口を揃えた。


「で、何をやってるのかな?」

「あの瘤に魔力を注ぎます。毎日繰り返すことで魔力量が増えます」

「あの子たちはいずれも百以上の魔力量。あの年齢で、すでに魔術師の博士級です。ですが聖剣を発動させるには足りません。二百以上なければならないと言われています」

「ふーん、二百で聖剣発動ね。あの子たちの中で発動させたのは?」

「いいえ、いません。先代の勇者以後に発動させる事ができた者は出ていません」

 キンセ助祭が周りの助祭たちに聞こえないように、小声でエルクにささやいた。

「ふーん。……後で説明してね」


「キンセ助祭、その子は新しい子か?」

「ああ、私とセセンタ助祭が担当になった」

「二人が? ……幾つだ?」

 その問いかけに、キンセもセセンタも肩をすくめた。

「ウノ司教直下だ。余計な詮索はしないほうがいい」

 その答えに助祭たちは目を細めてエルクを見た。


 ……ウノ司教。僕はウノ司教直下……主座会議、上席議員か。


 次に、少女が瘤に魔力を注ぐと、横についた担当の助祭が光の板を見て嫌な笑いを浮かべた。

「よーし、百五十だ」

 助祭はことさらに大きな声を出して、周りの助祭たちを見た。

 少女が振り向いて、次に順番を待っていた男の子に微笑みかけた。

「ペペ、がんばって」

 少女が小声で励ますと、五人の子供の中では一番小さく幼い男の子が踏み台に登った。少女が脇にあった箱を積み上げて高さを合わせてやった。


「ふっ、百七十だ。また、増えたなぁ」

 男の子の担当助祭が得意げに他の司祭たちを見た。


「全員終わったか? ……エルク、踏み台に登ってください」


 エルクが踏み台に登るとキンセ助祭助祭がやり方を教えてくれた。

「ここに手を当てて、魔力を一気に流します。出来る限りの魔力を注ぎますが、魔力切れにご注意ください。万が一の場合は私とセセンタ助祭が介抱させていただきます」


「……キンセ助祭があんな丁寧な口調で。誰なんだ、あの子」

「あの服装、貴族の子だろう。それでおとなしくか?」


 助祭たちの小声が聞こえてきた。


 エルクは壁を見上げて手を当てた。


 ……もし、はるか昔から注いできたのなら、魔力はどこに? ここに流れている魔力は他の遺跡と似てるが、少し違っている? ……吸ってみるか。


 エルクは瘤に当てた手から、遺跡に流れる魔力を吸い上げた。


 その瞬間、目の前が真っ暗になり、大量の魔力とともに、何かがエルクの頭に流れ込んできた。


 ……ぐわぁ! 身体が! 頭が! 弾けてしまう! ……何だ! 何だ、これは! ……ああ、ああ、この感覚! ルキフェに記憶を見せてもらった時と似ているが! 量が、情報量が多すぎる! 頭が弾ける! 記憶で頭が弾ける! ……記憶! 記憶! ……魂! ……予備の複製として……魂に記されていくとしたら……魂を更なる記憶領域として活用し流し込めば!


 ……弾けそうな感覚は……なくなった……星? 星空? いや、宇宙空間か……様々な星……世界……様々な世界……願い……孤独と願い……太古種のものか……ああ、そうなのか……全部は……異質すぎる精神を……全て理解は出来ないが……太古種以外の生物……様々な精神……そうか……そういうことなのか……人間には大きすぎて、異質すぎて理解できない……心と世界……の理……。


「エルク? エルクさん?」

「……あ、ああ、キンセ助祭?」

 エルクは焦点の定まらない目でキンセ助祭を見た。

「大丈夫ですか?」

「……ああ、だ、大丈夫……。……どれくらいの時間こうしていた?」

「え? 時間? 時間ですか? 今、手を置いたばかりですが」

「……今、手を置いたばかり……」

「はい、置くとすぐにうつむかれましたので、声をかけました」

「……そうか……転送速度が……。大丈夫です。魔力を注ぐんでしたね。やります」

「大丈夫ですか? では一気に流し込んでください」

「……では」


 エルクが改めて手を当てて、魔力を流し始めた。

 今の出来事に気を取られ、注ぐ魔力量を深く考慮しなかった。

 その途端、横の魔道具が光を放ち、溶けて、液体となって、一気に床に流れ落ちた。


「「「ああっ!」」」


 ……調整し損ねた。どうやら、僕の魔力量に耐えられなかったね。


 慌てて集まる助祭たちを横目に、エルクは床に降りて遺跡から少し離れた。


 助祭たちは騒がしく声を上げ、子供たちはぼうっと立っていた。

 その中で先程の少女がエルクに近寄ってきた。ペペと呼んだ幼い男の子の手を握っている。少女は茶色い髪に黒い目、幼い子は金髪に青い目。


「……あんた、あんた幾つなの?」

「幾つ? 十歳だよ」

「え? ……そうじゃなくて幾つ! 幾つなのよ!」


 ……何を聞きたいのかはわかるけど……正直には言えない。


「さあ?」

「……あたしは五つよ! 五つで百五十なんだからね! ペペは六つで百七十! ペペが一番よ!」


 ……わかってる。弱いけど少し魔力が残ってる……この子が五つ、ペペという子が六つで一番多い……他の子たちは三つに四つ……くそっ! なんだって魔石を埋める! 勇者を作るためか! 勇者がそんなに大事か!


「よくわかんないな? 幾つなんだろ? 憶えていないよ。この子はペペだね。僕はエルク。よろしくね」

「あ、エルク……。あたしはジェセ。ええ、この子はペペ……なにをした? あんた、なにをしたの? なぜこわれて、溶けちゃったの?」

「……あの魔道具? さあ、どうしたんだろね。手を置いただけなのに溶けちゃったね」


 助祭たちがエルクに詰め寄ってきた。キンセ助祭とセセンタ助祭がエルクを守るように立った。

「おまえ、何をしたんだ!」

「溶けてしまって……どうするんだ!」

「どうするんだ、これ!」


「待て。エルクに失礼は許さぬ」

「キンセ助祭、セセンタ助祭、僕の後ろに」

「「は!」」

 残る五人の助祭がエルクにつかみかかった。

「押さえろ! こいつ幾つなんだ、押さえて服を剥げ! 魔石を数えろ!」

 エルクの肩や腕をつかみ、ひねり上げて押さえつけようとした。


 腕も肩も助祭たちには動かせず、つかんだ服を引っ張った。

 だが服は裂けも破れもせず、着崩れもしなかった。

「か、硬い! 服が、布が硬い?」


「ここまでかな? ……いまの自分たちの格好を見ろ。よくも無礼を働いてくれたな。虫の居所が悪いってのに、加えてこの無礼か。命までは取らないが、苦痛は味わってもらう」


 エルクの左腕をつかんでいる助祭の手を右手で握りつぶした。

 指と手のひらがひしゃげて折れた。

 その音と悲鳴に構わず、服から相手の腕を引き離し、肘に左手を当てて鈍い音とともに肘関節を逆に曲げた。

 右腕を持っている助祭の腕を左手刀で折った。

 肩を振るって後ろから押さえている手を外し、身を沈める。

 回転し、目の前にある四本の足を右足で一気に刈り取る。四本の足はばらばらな方角を向いて、助祭たちが崩れ落ちた。

 助祭たちに命令していた最後の一人に詰め寄り、膝頭を蹴って逆向きに折った。


 痛みに声を上げる助祭たちを見下ろして、キンセ助祭とセセンタ助祭に命じた。

「人を呼んで。子供たちを連れて行かせて休ませなさい。その後で助祭たちを片付けさせるように。うるさすぎる。僕が頭を踏み潰すのを我慢できてるうちにね」

 キンセ助祭とセセンタ助祭が人を呼びに部屋を出ていった。


「あ、あんたいったい……」

「……ジェセ、ペペを休ませたほうがいい」

「そうだけど……後で、エルクが……この助祭たちにひどい目にあうよ。罰を受けるし、ご飯も……」

「……いつも罰、せっかんされてご飯抜きにされてるの?」

「……ええ」

「もうそんな目にはあわせないよ。こいつらにはもうそんな事はできない」

 

 慌ただしい足音とともに白ローブたちが入ってきた。

 部屋の状況を見て入り口で固まったが、キンセ助祭の命に従って子供たちを連れて行った。さらに別の白ローブが来て、助祭たちを運んでいった。


 エルクは遺跡の壁に近づき両手を当てて再び魔力を吸収した。


 ……太古種の他に、人間の記憶もある。子供たちの苦しみも。……全ての遺跡が繋がっているのか。魔力を注いだ者の記憶? 記録か? ……圧縮して領域を空けられるか? 空けたところにさらに……。


 エルクは手を離して、キンセ助祭に向き直った。

「クレマ司祭に報告が必要なんでしょ? 僕を連れて行きなさい」

「はい」


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