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旧)黒きエルク  作者: ヘアズイヤー
風と炎

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パルム23


 情報部への提出と打ち合わせを終え、学院に登校した。


 ベランジェを探し、寮の談話室で話をした。

「こんにちは、ベランジェ。伝言ありがとう。寮にいなくて申し訳なかったね」

「やあ、エルク。いいんだ、専門校にも通ってるんだろ? 忙しそうだな」

「うん、勉強することがたくさんあるからね」

「熱心だな。……あの話は、父の了解をもらっている。いつでもいいぞ」

「ありがとう。では……レーデルにつける侍女はボルイェ商会からの行儀見習い名目で三名行かせるよ」

「最初の三名だな。そちらはうちの準男爵家と騎士家の養女として離宮に入ってもらうことになっている。バランド公爵家派閥ではあまり表に出ていない家だ」

「うん。その次の四名だけど、日をおいて行ってもらう」

「離宮の侍女は、バランド公爵家、ロドリグのデュルケーム侯爵家、リュックのプレヴェール伯爵家、ギヨームのバラデュール子爵家の縁者として入ってもらう」

「ありがとう。手間をかけさせるね」

「いや、気にするな。……なにかな、ワクワクするんだ。……いままで……他人の思惑、策に踊らされる方だったからな。それが今回は自分で関われる」

「……じいやが注意しておくよ、あまりのめり込んで火傷しないようにね。って僕が言っても説得力はないね」

「はは」

 レーデルの警護にエルクとラドの訓練を受けた活動部隊の女性三人。レーデルの母と妹に、同じく四名を侍女としてつける。平民では侍女として城には入れない。


 ……頼み事で、ベランジェに接近したのには、別な意図もあるんだけどね。



 レーデルとは学生食堂で落ち合った。

「母から辺境大森林への留学を認めてもらったわ……都合のいいことに、母の一族から使者が来るって先触れがあったから、王室内でも認めてもらえそうなの」

「それは良かったね。こちらも護衛の手配が済んだよ。一緒に辺境大森林に行ってもらう侍女と離宮で警護する侍女を行かせるよ」

「……その侍女さんたちって……エルクのなに? ……弟子?」

 エルクはレーデルを見つめた。


「……僕が、王家に関わりがあるって話は知っているよね?」

「ええ、オルガお姉さまから……」

「これはここだけの話だよ。これからする話は内密にしてほしい。いいね」

「ええ、わかったわ」

「……ある日突然、見知らぬ王位請求者が現れたら、何が起きる? よく知られた王位継承者でなければ、亡き者にしようとする者が出るだろう。僕はそれに対抗しなくてはならない。一人きりで名乗りを上げるわけにはいかない」

 レーデルがうなずいた。

「今、学院に通いながら、僕の部下たち、僕の軍を秘密裏に整えている。彼女たちは僕に忠誠を誓ってくれる、僕の家臣たちなんだ」

「エルクの家臣……」

「だから、僕が守りたい人、レーデルに対しても真摯に護衛をしてくれる」

「……守りたい人……」



 食堂にエルクの側仕えが来て、聖教会から使いが来たと教えてくれた。レーデルと別れて寮に戻った。


 ……聖教会からの呼び出しか。明日のニノ鐘……今夜はやめておいたほうが……いや、呼び出しを話題にするかもしれないか。


 寮から屋敷に戻り、光学迷彩を使って、聖教会に侵入することにした。


 ……王城より神経を使わなくてはならない。なんらかの探知装置が、それも王城以上のものがある前提でいかないと、足元をすくわれる。


 聖教会は、魔王によるとされる病気の治癒を願い、また快癒を感謝して勇者に祈る街の人、聖教会が用意した治癒師を訪ねる人で、多くの人が出入りする。

 広場や司教のメダルにある剣を握った拳は、勇者が聖剣を天にかざす姿を表したもので人々が祈りを捧げると聖教会からもらったものに書かれていた。


 リブシェ商会の馬車内で光学迷彩を発動させ、商会の使用人が降りるのに合わせて、敷地の人影のない場所に飛んだ。

 物陰から入口正面の建物の屋根に浮かび上がり、屋根すれすれに浮かんで辺りを探知する。魔力の流れや間抜け罠の類も確認できなかった。

 敷地内を調べていくと、南側にある納屋の一部で多数の犬が飼われていた。


 ……夜間の警備用? 犬を使っているのかな。


 西側の建物は門衛や使用人、下働きの宿舎で、その横にある別棟のトイレに入り込んだ。

 影からの下働きには予め指示が出されている。トイレの天井裏から、隠してくれた間取り図と人員、人名表を回収して宿舎の各部屋を調べる。門衛たちの控室、台所を見て回り、聖教会の人数や予定を手に入れていった。


 ボリバル司祭と面談した白い建物に、白いローブ姿が一番多く出入りしている。

 白い漆喰壁の建物、採光用の窓は不要なのか、鎧戸がつけられた換気用と思われる狭間窓がほとんどだった。

 建物横の扉から出入りする白ローブの後ろについて侵入した。


 天井付近に浮かびながら時間をかけて部屋の位置関係、出入りする白ローブを確認していく。

 下働きからの情報では、装飾のない白ローブは助祭、襟に刺繍がついている者は司祭、さらに肩、胸に刺繍がついている白ローブが司教。パルムには司教、司祭が三人ずついる。

 白い建物から渡り廊下でつながる別棟が、司教、司祭、助祭たちの居室になっている。


 日が傾いた頃に、部屋の明かりが消され、白ローブが渡り廊下と玄関から出ていった。エルクに関する会話はなかった。


 ……床に粗相の跡や爪の傷が見受けられないから、夜間屋内に犬が放されることはなさそうだな。


 玄関に近い部屋から中を探索していった。どの扉も鍵が掛けられているが魔力を細く伸ばして解錠していく。

 聖ポルカセス国を含めた組織全体の情報が手に入った。


 ……国をまたいだ配置転換があるようだ。それなら司祭以上の組織図がないと不便だからね。配置転換は癒着防止もあるんだろうけど……その度に書き換えが必要で、重要なものって認識が薄れていくか。おかげで目に付きやすい所に置いてくれてる。


 ……聖教会の頂点は「主座」、その下に「主座会議議員」か。他は部署の名称だけ。担当業務が推測しづらいなぁ。この「諜報」ってのが情報機関? 普通は秘密にして組織図に記載しないから別のもの?


 空が白み始めるころまで探索を続け、玄関から外に出て鍵を元通りに掛けた。


 ……探索終了で油断しちゃったね。ほんと、この詰めの甘い、抜けた所は直さないとなぁ。


 そう思いながらゆっくりと振り向くと五頭の黒い犬が玄関を向いて立っていた。


 ……光学迷彩に頼って隠蔽魔法を使っていなかったからな。何か感じるんだろうな。匂いか呼吸、音、空気の流れ、あるいは魔力の流れか?


 犬たちは視覚をごまかす光学迷彩には騙されず、じっとエルクを見つめていた。


 ……吠えないように訓練を受けてるってことか。攻撃専門かな。少しの動きが攻撃を誘発しそうだね。殺すのはかわいそうだしな。


 エルクは犬たちを見つめる視線に気迫を込めた。

 五頭の犬が一斉にビクリと動いた。

 視線をエルクから外し、耳を寝かせ、尻尾を後足の間に挟み込んだ。五頭全部が震えだし、腰が引け、粗祖をしながら後ずさった。

 一頭が地面に腹をつけさらに激しく震えだすと、全ての犬たちも激しく震えだした。

 

 ……ごめんね、怖がらせて。僕はもう行くから。


 エルクは浮かび上がり、塀を越えて屋敷に帰った。



 身支度を整え朝食を済ませると、馬車で聖教会に引き返した。


 白ローブに案内されて応接室に通され、ボリバル司祭がやってきた。


 挨拶の後で、ボリバル司祭がおもむろに切り出した。

「エルクさん、あなたは王家の方だというお話を学院から聞いたのですが、詳しくお聞きしてもよろしいですか?」

「申し訳ありません。国の名、家名はお教えできません」

「……聖教会はすべての国に教会があります。それぞれの国、王室とは友好的な関係を築いています。……ですが、エルクさんに関しては、私たちも存じ上げないのです。教えていただけませんか?」


「……私は、あの国での継承権を、公式には認められておりません。もし公になって王位簒奪者としてとがめを受けた場合には、抵抗せざるを得なくなります。その場合には、私の戦闘力を使うことになり、多くの人を傷つけることになるでしょう。知り合った者たちも傷つけてしまう……最悪の場合……王位請求者として領主たち、冒険者たちをも巻き込んだ戦争を起こさざるを得なくなります」

「……」

「ですが、私は王位を自分から請求するつもりはありません。王位継承権を持つ者の地位も要求するつもりはないのです。学院に通って勉強をし、平和に暮らしたいと思っているのです。……勇者になれるのならばなってみたい、私の力を、みんなを幸せにすることに役立てたいと思っています」

「……わかりました。私たちは勇者の資質を持つ者を探しておりますが、もし王位継承権を持つ方であった場合、大変複雑な問題が生じるのです。……魔王を討伐した勇者は民たちから慕われます。それが、自分の王位を脅かすのではと王たちは恐れるのです。王たちの脅威とならないようにしなければなりません。勇者たちが務めを果たした後は、聖ポルカセス国で暮らしていただきました」

「理解できることです。それで勇者のその後についての本がないのですね」

「はい、その通りです。エルクさんが勇者として魔王を討伐すると継承問題が複雑になるでしょう。戦が起きてしまうことを聖教会は良しとしないのです」


 ……理屈は通っているが……薄っぺらく感じるのはなぜだろう?


「私は、生まれを否定することは出来ませんが、あの国を治めたいとは思いません」

「……わかりました。ではエルクさんに聖ポルカセス国に行っていただくお話をしましょう」


 ボリバル司祭から、聖教会からの案内人と聖ポルカセス国聖都ウトリーに赴くこと、出立の時期については今しばらくかかることを聞いて、エルクは聖教会を辞した。


 聖教会の門に向かう途中で、馬車の床下に作っておいた抜け穴から光学迷彩をかけて抜け出し、ボリバル司祭の後を追った。

 ボリバル司祭の執務室に入り込んですぐに、訪ねてきた者がいた。


「ボリバル司祭、あの者はどうなのだ?」

「……ギジェルモ司教……、どうぞお座りを……」

 ボリバル司祭はギジェルモ司教と呼ばれた老年の男に、執務机についたまま、声をかけた。

「……フラゼッタの王位継承権を持っているようではなかった。やはりノルフェだろう。あそこの王たちもお盛んだからな。……ギジェルモ司教、あなたには関係しないということだな。エルクとその周りの者には手を出さないように」

「だが、しかし……あのエルフと親しいそうだぞ」


 ボリバル司祭からにこやかな笑顔が消えた。

「……あなたには、関係しない、と言った」

 ボリバル司祭をにらんだギジェルモ司教の顔が、赤くなっていった。

「あなたは命じられたことをしていればいい。余計なことに口出しせずにな」

「しかし、あのエルフと親しいとなれば、こちらにも関わることだ」

 ボリバル司祭の口元が歪み、意地の悪そうな顔になった。

「……ギジェルモ司教。勘違いしてもらっては困る。ここで命令を出すのは私だ。おまえは従っていればいい」

 ギジェルモ司教はますます赤くなった。

「……そうして、感情をすぐに顔に出す……よくも司教まで登れたものだ……ああ、お楽しみを分かち合ったか……始末はしておけよ、手を煩わされるのはごめんだ。……あの子供たち……聖教会の評判を落とすようでは、報告したほうがいいのかね? どう思う?」

 ギジェルモ司教の顔が赤から青に変わり、ポカンと口を開けた。

「知らないとでも思ったのかね。……尻尾のある者もお好みとはな。もっと職務に集中してほしいものだ。下がっていいぞ」


 ……司祭が司教に命令? 面白い構図だな。


 エルクはギジェルモ司教が出ていくのに合わせてついていった。

 自分の執務室に足音高く戻ったギジェルモ司教は、白ローブたちに怒鳴り散らした。


 ……血圧上がると良くないよ。……使えるかな? 実験するには丁度いいね。


 憤まんやるかたない司教は、突然、胸を押さえて苦しみだした。

「む、胸……が……」

「司教様!」

「……む、胸が……背中が……くるし……」

「司教様!」


 慌ただしく白ローブたちが出入りし、聖教会の治癒師が呼ばれた。


「……司教様はいかがでしょう?」

「興奮されて、心の臓に負担がかかったのでしょう。今は落ちついたようです。お休みになってもらってください」

「……心の臓」

「ええ、お歳ですし、あまり興奮すると止まってしまうこともあるのです。そうなればもう……。滋養のあるものを差し上げて、しばらくお休みになってもらうのがよろしいでしょう」

 ギジェルモ司教が運び出され誰もいなくなった執務室で、エルクは室内を物色した。


 ……うまくいったかな。心臓の冠動脈を魔力でつまんでみたけど、狭心症か心筋梗塞にできそうだ。……普段から血圧には、気をつけたほうがいいよね。


 机、棚、そして壁際に置かれた鍵のかかった箱から興味深い資料が出てきた。


 ……ほほう、やっぱりか。聖教会を、魔王討伐を差し置いて侵略に注力するのはだめってことね。そのためなら、か……。


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