パルム21
みんなと別れて、レーデルを誘って図書館に行った。
レーデルは沈んだ感じだった。
風魔法の初級魔法書を借りて、閲覧室で隣り合って席についた。
「……エルフは……勇者には……。エルフは……聖ポルカセス国では嫌われてるわ……」
「うん、そう聞いてる。エルフだけじゃなくて、人間以外の種族を皆嫌っているようだね」
「エルクは勇者だから……わ、私のこと……嫌いに」
「レーデル、僕はレーデルの事を嫌いになんかならないよ。むしろ、好……コホン……ぼ、僕のそばにはエルフの人達もいるでしょ? 大丈夫」
「そうね……そうだといい……」
「……さっきの事、レーデルが狙われる理由、もっと調べてみるよ。ねえ、レーデルのお父様、王様ってどんな人?」
「……冷たい人……よく知らない……が本当ね。なにかの公務で顔を合わせるくらい。小さい頃からそうだった。……笑った顔は見たこと無い……」
「そうか」
……暗い顔のレーデルは見たくないな。曲がりなりにも父親だ。これからしようとすることは、レーデルから憎しみを受けることになるかもしれない。笑顔でいてほしい。「師匠」と呼ばれてもいいから。どうすれば、笑顔になってもらえるのか。……あれ? ここの二階を調べるの忘れてるなぁ。
「レーデル、太古語だけど、この魔法書に書かれている言語、こっちが現代語でこっちが太古語ってのは知ってる?」
「……ええ、それは知ってるわ。ここの部分は『空気弾』って意味だって習った」
「ふむ、間違いじゃないんだが、ちょっと違う。本当は空気の組成、空気が何でできているか、存在する意味を表してる。太古語は物の本質を表現する言葉で『力の言葉』なんだ。僕も全てを理解しているわけじゃないから全部を教えることは出来ないけど、手掛かりは教えてあげられるよ」
「はい、お願いします、師匠」
「……やっぱり教えるのやめとこ」
「ごめん、エルク、教えて、お願いします」
エルクとレーデルは魔法書に顔を寄せ合って時間を過ごした。
「結構、難しいわね」
「ああ、次の自主訓練で実際に試すといいよ。……エルフは精霊魔法を使うって聞いたけど、レーデルは使えるの?」
「……母から少し習ったけど……精霊は呼び出せなかった……森、精霊のいる森じゃないと呼び出せないって……」
「精霊のいる森か。この辺にはいないのか。精霊魔法に関する本はここの図書館には無いんだ、太古語と同じくね」
「そう、私も探してもらったけどなかった……エルク、周りに声が聞こえないようにしてるよね」
「ああ、しているよ」
「……母から習った精霊魔法の呪文、人前で詠唱しないよう言われてるけど……こうよ」
レーデルが精霊魔法の詠唱を唱えた。
……精霊に呼びかけて、「精霊さん来てください、力をお貸しください」って呪文じゃない。物質を構成する粒子を集めて実体化させる呪文だ。……量子力学とか素粒子物理学の世界か? ……綺麗なおねーさんの精霊は存在しないのか……いや、作り出せるってこと?
「貴重な詠唱、ありがとう」
「意味、わかる?」
「ああ、意味はわかる。……だけど、基本となる事象についての理解が足りない。……言葉は喋れるけど、文字を知らなくて読み書きはできないって感じ。もっと勉強しないとだめだな」
「そう、エルクでも……やっぱりお母様の言う通り辺境大森林で勉強しないとだめ……あの時、行っておけばよかったかな」
「辺境大森林で? あの時って?」
「学院に入る時。辺境大森林の母の一族のもとで精霊魔法を学ぶか、勇者のパーティとして他の魔法を学ぶか、どっちを選ぶか母に選択するよう言われたの。母は精霊魔法を勧めてくれたけど、他の魔法も、武術も習ってみたかったから学院を選んだの。オルガお姉さまにも会えたし、エルクにも。だから学院で正解って思ってたけど……」
「けど?」
「エルクとパーティを組むなら、同じ魔法じゃだめかと思い始めてるの。エルフでも使う人の少ない、人間では使う人のいない精霊魔法ならってね」
「……」
「エルクと、勇者と並び立つなら……人と違うことしないとね」
エルクは、レーデルを見つめた。
「……なに? なにか……私、変?」
少し頬を赤らめてレーデルが聞いてきた。
エルクはアイテムパックから赤白橡の帽子を二つ取り出して、レーデルの前に置いた。
「いつもかぶってくれているからね。予備をあげるよ」
「ありがとう……」
「うん。……辺境大森林のエルフたちは信頼できるの?」
「……母の一族だし、母についてきた人たちも信頼できる人たちよ……」
「……もし、知らない人間が、辺境大森林のエルフに近づいたら、どうなるかな?」
「母からは、外の人間と交易する街が作られてると聞いてるわ。その街以外に一族の者たち、エルフやドワーフが住む場所には入れないと」
「……そこにいればレーデルは安全ってことかな……僕は、聖ポルカセス国に行くことになるかもしれない……」
「聖ポルカセス国……勇者ね。勇者として聖ポルカセス国に行くのね」
「はぁー、そうじゃないよ、僕が勇者って話じゃなくてね……。ほら、前に聞いたでしょ? 勇者のその後。勇者について勉強してると『その後』が知りたくなってね。で、実際に聖ポルカセス国に行ってみようかと思ってるんだ」
「……聖ポルカセス国か……そうか……いいなあ、旅に出るって……」
「今日明日って話じゃないけどね。でもそうすると……レーデルから離れる……護衛はずっとつけておくけど、一緒にいてはあげられない。……精霊魔法を学びに辺境大森林に行ったほうが安全かもしれない」
レーデルはエルクを見つめた。
「それほど……それほど、危ないってことね」
エルクはうなずいた。
「王位継承の問題じゃないだろうと思う。レーデルの母上と妹君には護衛を付ける。エルフが身近にいて王宮、離宮であればその身は安全ではある。レーデルも学院を離れて離宮に戻るなら……」
「いやよ」
エルクはにっこり笑った。
「そうなると、フラゼッタ王国を離れて、辺境大森林のエルフ族か、大おばあさまの所が安全だろう」
「……エルクと離れて……パルムを離れて……辺境大森林……。いつまで? ……いつになったら安全になるのか……」
「レーデルが帰ってきても安全に暮らせるように、出来る限りのことをするけど。今はまだいつまでとは言ってあげられない……」
「ううん、いいの。……そう! 私が強くなればいいだけね! 自分の身は自分で守れるようにもっと強くなれば! 辺境大森林のエルフたちからも戦い方を学べるし……急に精霊魔法が習いたくなったわ。母に相談してみる」
「うん、聞いてみたほうがいいかな。……離宮に戻るなら僕も準備をしよう。もし、辺境大森林に行くことになっても、僕からの護衛は付けるからね」
五ノ鐘に、エルクはベランジェを探して、頼み事をした。
出会っていくらも経たず、決闘をした間柄だったが、エルクの話を聞いて快諾してくれた。
「いいだろう。エルクがレーデルに害をなすとは思えない」
「すまない、恩に着る」
「……話してはもらえないだろうが……それほどか?」
「ああ、危うい。今は詳細は言えないけどね」
「……離宮にもか。全員が、エルクの弟子なのか?」
「まあ、非公式にだけどね」
「……いったい、お前は……いや、よしとこう」
「すまない、ありがとう」
「……貸しだぞ。……払ってもらうからな」
「ああ、『じいや』でよければいつでも」
「……エルクの『じいや』は耳が痛いからな……考えものだな」
エルクは屋敷に戻り、現時点までの調査結果の報告を受け、新たな指示を出して学院に戻った。
寮での夕食後、図書館の禁書庫に向かった。鷲の間からの隠し通路は、地下で二つに別れ、ひとつは理由は不明だが、女子寮につながっている。もう一方は、地下通路の壁に隠された扉を魔力で開けて、図書館禁書庫に出る。
魔力をまとい隠し通路を通って禁書庫に入り、改めて魔力の流れを確認した。地下への流れは地下道へ出る隠された扉である書架のもの。
次に二階に向かった。ここにも不明な魔力の流れがあり、今まで確認をしていなかった。
流れを追ったが、壁の中に向かっていた。壁の前でさらに探ると鍵のようなものがあった。魔力を細く伸ばし、鍵を開けてみたが、特になにも起こらなかった。
……隠し扉になっている、とかじゃないな。ん? 禁書庫の魔力の流れが変わったか?
禁書庫に戻り流れを追うと、地下に繋がる書架とは別の書架の裏側に、隠し棚があった。中には太古語で書かれた羊皮紙の束が収めされていた。
……いや、羊皮紙じゃない。紙のようだが材質がわからない。金属? でもない。もし太古語と同じ年代なら脆いかもしれない。
手に取るのをためらい一番上を走査した。
……下まで! 下まで全部走査できる。
隠し戸棚、二階の鍵をもとに戻し、寮に戻った。
……これは、なんだ? 何かへの魔力の注ぎ方を示しているようだが……。何に注ぐのか?




