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旧)黒きエルク  作者: ヘアズイヤー
風と炎

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パルム17


 ニノ鐘が鳴り、レーデルは講義を受けに図書館を出ていった。


 エルク部隊の者がエルクに声をかけてきた。

「エルク様、先程、学院の職員から事務室に来ていただきたいと伝言がありました」

「そう、ありがとう」


 事務室で職員から、飛び級が認められたと聞かされた。

「本日からエルク様は『学生』から、『修学士』と同時に『特待生』になります。学院の理事会に伝える必要がありますが、教授たち全員の承認を得ています。布の色は、エルク様のご希望する色で良いとのことです。ですが、教授たちからは白が良いのではないかと言われています」


 ……白……勇者だからってのが入ってるか……あからさまじゃなくて誤解されているってのが良いかな。


「他の学年の色と一緒にならなければ良いのでしょう? 黒を希望します」

「……黒ですか。では、今後は黒の布をおつけください。こちらで全校に通知いたします」


 昼前に学院を出て専門校に向かった。いつもは馬車で向かうが、昼を屋台のもので済まそうと歩いて向かった。

 学院から歩き出してしばらくすると尾行に気がついた。


 エルクに離れてついてくるエルク部隊に念話を送り、エルクと護衛の間に挟み込んだ。悪意や害意は感じられない。そのまま後を付けさせて、正体を探るよう伝えて放っておかせた。


 パルムには多くの市場があり、野菜や肉、日用品などが売られている。陽気な売り子の声に誘われて食べ歩いた。

 焼いたソーセージと酸味のある塩漬けのキャベツをパンに挟んだ定番、薄く焼いたパンに茹でじゃがいもを載せて溶かしたチーズをかけたもの、いろいろな屋台の味が楽しめた。


 市場のはずれに人だかりができていた。

 怒気をはらんだ大きな声がした。

「おまえら、最初から払う気はなかったくせに!」

「おやおや、これはその子がくれたもの。もらってやったんだ」


 人の隙間をするりと抜けて前に出てみると、二本の剣が交差する記章をつけた革鎧、赤鞘を帯剣した若者たちが、肉の串焼きを手に、うずくまった子供を取り囲んでいる。

 血に汚れた前掛けをした大柄な中年の男が、子供を庇うように立っていた。


 エルクは隣で見ていた野次馬に尋ねた。

「どうしたの?」

「……あのゴロツキたちが、店番の子供から串焼きを取り上げたんだ。肉屋のイェルゴがかばってるんだが、相手が悪い」

「肉屋のイェルゴ? どこかで聞いた名のような……で、どうして相手が悪いの?」

「あいつらこの先の私塾『英雄の剣』の連中だ。このへんの嫌われ者で、えっ!」


 革鎧のひとりが、肉屋が庇う子供を後ろから蹴ろうと足を振り上げた。


 ごつっ!


 足は子供の背中に届かず、エルクの張った防壁を思い切り蹴った。

「ぐわぁ!」

 蹴り上げようとした革鎧は右足を押さえて倒れ込んだ。


「な!」

 振り向いたイェルゴが倒れた革鎧をみて声を上げた。

「子供を蹴ろうなんて良くないよ、そういうの」

 エルクはうずくまった革鎧に声をかけて、イェルゴに近寄った。


「えーと、肉屋のイェルゴさんって聞いたんだけど、ノルフェ王国にご兄弟とかいない?」

「へっ?」

「あ、気にしないで。この革鎧たちって悪者? 嫌われ者っていってたけど」

 革鎧たちに聞こえるように尋ねるエルクを、革鎧たちがにらんだ。


「……ああ、こいつらは店にたかるハエ、人殺しどもだ。金は盗む、因縁つけては殴る蹴る斬る、娘たちを犯す……私塾『英雄の剣』塾長の武術師もこいつらも、全員が腐ってる。すぐそこのおばあさんと子供を殺したこともある……」


 ……「英雄の剣」、うちの情報部が分析した「裏組織、犯罪組織一覧」に載っているね。評価は「利用価値はあまり無い」か。「粗暴、凶暴で権力者、暴力組織への単純暴力提供元、要員提供元」……。


「へー、酷いね。……そお、おばあさんと子供を殺したの。そお、殺したの。……捕まらないの?」

「……殺しても、決闘だったと言い張る……胸糞悪い奴らだ! 見て見ぬ振りしてしまったが、もう我慢できない、一矢報いなきゃ我慢できん!」

「へっ、肉屋が大層な御託だな。俺たちがお前をさばいてやるよ」


 イェルゴがエルクに小声を出した。

「おい、巻き込まれるから、逃げな。あいつら一応武術師に習って剣が使える」

「大丈夫だよ。ちょっと質問。決闘なら殺してもいいの?」

「ああ、相手も武器を持ってればな……こいつらは殺した後で剣を握らせる……子供にもな」

「ふーん。イェルゴさん、一矢報いるのちょっと待ってね」

 エルクは芝居がかった仕草で、薄い紗のマントを脱いで先程の野次馬の方に放った。


「ねえねえ、腐った塾長の腐った学生で頭のわるーい、革鎧の皆さん。僕は帯剣してるから、殺してから握らせる手間はかからないよ」

 野次馬は関わり合いや被害が及ばないように輪を広げた。


「ね。あ、そうそう、私塾ってさ、学院や専門校に入れなかった人たちだったよね。この帯剣を見て理解できるくらいの頭はあるかなぁ」

「なに! きさま!」

「おい、あおるな。早く逃げろ」

 エルクはイェルゴの前に出ると革鎧たちを見た。

「決闘はどっちから申し込むのかな? それとも作法に疎いのかな? あ、死人に口なし、後で『実は決闘でした』って言い出す腐った卑怯者たちなのかな?」


「このガキッ! 決闘だ! おい、塾長呼んで来い!」

 革鎧の一人が駆け出していった。


「おい、まずいぞ。あいつらの塾には五十人は塾生がいる。数でこられたら……」

 エルクは慌てるイェルゴに耳打ちした。

「……僕、学院の学生なんだ。あの程度が五十人、百人が二百人になっても負けないよ。僕が受けるから下がっててね」

「……学院の学生……子供がか?」


「さて、そっちの腐った塾長と腐った塾生が加勢に来るまでは、間の抜けた時間だね。……ではっと、遅くなってごめんね、怪我はしてない?」

 エルクはうずくまっていた子供に近寄り尋ねた。お腹を押さえて泣いていた子供を抱き起こして身体を確認した。

「この泥は……蹴られたんだね……内臓は傷ついてないようだね。骨も折れてないっと。打ち身に擦過傷。浄化魔法と治癒魔法かけとくね」


 エルクが子供の手当をしている所に、十数人の男たちが走ってきた。

「どいつだ!」

「あれ、あの子供に屈み込んでる子供です!」

「……子供に……子供? 子供! てめえはよぉ!」

 ひときわ大柄で、筋肉を誇示する袖なしの服に革鎧の中年男が、案内してきた革鎧の頭を殴りつけた。


「あんな子供相手に塾長の俺を呼ぶなんて! 馬鹿か!」

「……しかし、塾長と俺たちを腐ってるって言いやがって……」

 殴られた革鎧が涙目で言いつのる。


 エルクが子供をイェルゴに預けて下がらせ、向き直った。

「もういい? 小芝居終わった? 待ちくたびれたよ。決闘申し込んどきながら、逃げちゃったのかと心配しちゃった。もう始められる?」

「……おまえ、度胸はほめてやろう。おい、せっかく俺を呼んだんだ、一太刀で殺すなよ。見物人を退屈させ……」


「なんの騒ぎだ、これは! おい、道を開けろ! 王都警備隊だ! どけ!」

 革鎧に革兜姿の兵士が三人、野次馬をかき分けて入ってきた。胸の記章は城壁の門に掲げられている物と同じだ。

「なんの騒ぎだ、これは……ちっ、『英雄の剣』か」


 エルクが軽口をたたいた。

「へぇー、王都警備隊にも知られた人たちなんだ。『英雄の棒きれ』ってば有名なんだねぇー」

 エルクをにらんで、塾長の顔が赤黒くなった。

「手出しするな! このガキとの決闘だ! そこで見ていろ!」

「うんうん、そう、そうなんだよ、決闘なんだよぉ。そこで『英雄のわらくず』がやられるとこ見ててねぇー」


「……殺せ!」


 剣を抜いた革鎧がエルクに斬りかかった。エルクは相手に向かって踏み込みながら剣を抜いた。


 しひゅんっ!


 鋭い音と共に、手が付いたままの剣が宙を舞った。

「はっ? あれ? 俺の手……ない……ぎゃぁー!」

 失くなった前腕から先を見て、革鎧が悲鳴を上げた。


 エルクは止まらずに隣の革鎧に踏み込んで、剣をひねり手の親指を切り飛ばし、身をかがめて膝から下を切り離した。


「せっかくの見物人を退屈させないようにって言ってたよね。ただで済むと思わないでね。まずは全員の手足をもらうからね」


 そう声を出しながら、革鎧たちの間を素早く舞った。


 振り下ろされる何本もの剣は空を切り、素早く左右に動くエルクを捉えられない。

 革鎧たちの間をすり抜け、一合も剣を打ち合わせない。


 一人ずつ正対して、指、手首、前腕、膝、すね、足首を切り落としていった。


「うわっ! 来るなぁー!」

 塾長を呼びに行った者の前に来ると飛び上がり、相手の両目を横に切り裂く。

「あ、目も、もらっちゃったねぇ」


 子供を蹴ろうとして足を押さえていた者は、押さえた手と足首を諸共に切り落とされた。

「もう、これで足先は、痛くないでしょ?」


 目を見開いて見ていた革鎧が、踵を返して逃げようと見物人に向かった。


「どけっー!」

 見物人に向けて剣を振るった。


 ギャリーン!


 見物人との間に張られた防壁に当たり、剣を取り落した。


「防壁緩めるから、こっちに投げてね」


 エルクの声に濃紺の帽子をかぶった男たちが腕をつかみ、エルクの前に投げ出した。


「もー、決闘なのに自分だけ逃げようなんて、悪い子だねぇー、みんなにあやまらないとねぇー。おまけに見物のお客様にまで剣を振るうなんて……」


 革鎧は投げ出された格好のまま地に両手をついてエルクを見上げた。それより低く身をかがめ、両手首を落とした。

 支える手を落とされ、突っ伏した男の足首も一本ずつ、切り飛ばした。


 十数人ほどの革鎧が悲鳴をあげてのたうち回っていた。


「あーあ、こんなに血で汚しちゃって。通る人や店を出す人に迷惑かけちゃうでしょ。落とし物もいっぱいだし……。まあ『英雄の棒きれ』の塾長が責任もって片付けるかな。止血だけはしとく? どう? 血は止めてほしい?」


 数十の小さな火の玉が浮かび上がり、エルクの周りを円を描いて飛び回った。

 火の玉は革鎧に向けてゆっくりと飛んでいった。


「傷を焼いて血を止めてあげるからね。……うーん、落とされなかった手で抑えているとそっちも焼けるけど……仕方ないよね」

 革鎧たちの周りを火の玉をのせた風が舞い、傷口を残らず焼いた。


「「「ア、アアアァー!」」」

 

 エルクは悲鳴を背中に、塾長に歩み寄っていった。

「ちょっと教育に手を抜きすぎじゃない? 一合も打ち合えないなんて、『英雄のわらくず』の塾生は弱すぎだよ。……塾長ならもっと楽しませてもらえるよね?」


 口を開けて、目を見開いた『英雄の剣』の塾長はやっとの事で声を絞り出した。

「……お、おま、おまえは、何者……なんだ……う、うちの塾生が瞬殺なんて……」


「あれぇー、言葉、間違ってるよ。今日は魔法で戦ってないから瞬殺しなかったんだよ。『瞬殺』ってさ、一瞬で殺すことでしょ? まだとどめも刺してないしィー、魔法使えば一瞬で殺せるよォー。試してみるー?」

 塾長の顔がさらに赤黒く険しくなった。

「……殺す……」

「おまえには無理だ。お前程度ではな。僕に触ることも出来ない」


 エルクは剣を脇に垂らしたまま近づいていった。


 塾長は赤鞘から長剣を抜き、袈裟懸けに斬りかかった。エルクは身をかがめることなく、つぃと横にかわした。

「おっそいねー、剣速が遅すぎだ」


 塾長が上下左右に剣を振るうが、エルクに全てかわされる。

「遅い、遅い」


 間合いを取ろうと後ろに下がった塾長についていき、攻撃をやめさせない。

「ほらほら、そんな程度で塾長なの? この程度で私塾って開けるの? 詐欺だね」

 エルクの声に低く唸り声を上げて、剣を振るう塾長が汗をかいて、剣速が落ちてきた。


 見物人と王都警備隊は声も出せずにただ二人を見つめるだけだった。


「ふう、遅すぎで困ったもんだね。そろそろ、僕も攻撃してあげることにしよう」

 その言葉とともにエルクが長剣の内側に入り込み、剣を振るった。見物人にはエルクの剣が霞んで黒い影が塾長を取り囲んだように見えた。


 エルクが一歩下がると塾長の手足数十箇所から一斉に血が吹き出した。


 呆然とする塾長に声がかけられる。

「まだだよ。まだだ」

 もう一度エルクが近づき、黒い影とともに両の手首、足首が飛ばされた。


「まあ、止血はしてあげようかな」


 血まみれで膝をついた塾長の周りに風と炎が起こり、取り囲み、すべての傷を焼いた。

「ぐゎ。ギャーアアアアアアァー!」


 エルクはイェルゴ、見物人、王都警備隊に向き直った。

「そっかー、学院と違って審判がいないのか。じゃあ仕方ない、とどめ刺しとこうかな。あ、もっと良いこと考えた! このまま放置で、街の人みんなに、『英雄の棒きれ』に『日頃のお礼』してもらったほうがいいよね?」


「あの子倒しちゃったよ!」

「「「おおー!」」」

「すごい! すごい!」

「強い! あいつらをこんなにあっさりやっつけるなんて!」


「お、おまえ、強いんだな。学院の学生ってこんなに強いのか」

「なに! 学院の学生?」

 イェルゴの声に王都警備隊の兵士が声を上げた。

「だが、色が、布の色が黒だ。ほんとに学院の学生か?」


「えーと、『英雄の棒きれ』はもう戦えないみたいだから、決闘は僕の勝ちでいいかな、警備隊さん?」

「ああ、誰がどう見てもお前の勝ちだろう」

「あ、まって、やっぱり息の根止めとこう。生きてたら後で文句言いそうな、程度の低そうな人たちだからね。失敗失敗」

「いや、とどめはやめてくれ。引き渡してくれないか?」

「ええーっ! とどめはだめ? あ、みんなのお礼だね。イェルゴさん、肉屋さんって包丁いっぱい持ってるんじゃない? みんなに貸してあげる?」

「……いや、いやいや。そりゃあだめだ」

「そっか、そうだよね、こいつらを切った包丁じゃあ汚くなっちゃって、お肉切るのに使えなくなっちゃうよね」

「……そうじゃなくて」


「……こいつらは侯爵家と繋がりがある。引き渡してくれた方が、君に累が及ばない。まあ、こっちも取り扱いに困るんだがな」

 警備隊が小声でエルクに助言してくれた。

「へぇー、侯爵家の。……ならさぁ、対抗する、派閥の違う貴族家っているんじゃない? そっちに差し出したら、ほめられるんじゃない?」

「……確かに……その手があるな……君は学院の学生なのか?」

「ええ、そうです。ああ、布の色は、僕は『特待生』の黒なんですよ。今日、教授会で決定した『特待生』で、八年生の上です。そのうちに周知されるでしょう。何か問題があれば学院にお尋ねください。僕はフラゼッタ王国王立学院特待生のエルクです」


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