パルム15
翌日、屋敷から通学すると、学院全体がざわついた感じだった。エルクの姿を見かけた学生は皆立ち止まった。
「なに、本当にあれがエルクか?」
「子供じゃないか」
「ベランジェたちも酷いことを……」
「……あんなきれいな子に……」
「味方をしてやりたいが。で、ベランジェたちに勝てるのか? 賭けはどうする?」
図書室には攻撃魔法以外の本は少ない。一般教養に必要な歴史書や技術書、科学や思想、政治経済、文学もごくわずかしかない。
目録にも記載されていない大量の羊皮紙の束があり、そこにはどんな情報があるかわからない。時間の許す限り走査した。
走査するエルクの周りにはレーデルたちが座り、警護をしてくれている、らしかった。
最初はエルクの羊皮紙をめくる速さに驚いたが、内容をキチンと覚えていることを示すと、ただただ呆れていた。
四ノ鐘で闘技場に向かい、レーデルたちの声援に送られて控室に入った。職員がエルクに決闘の手順を教えてくれた。
職員の呼び出しで闘技場の広場に出ていく。正面にある観客席は教授と学生で埋まっている。学生数は三百人に満たないが、学院と専門校の学生がほぼ全員来ていると職員に告げられた。
決闘を申し込んだ時の武術師が、三人の教授を従えて中央に立っている。
エルクが出てきた所とは反対側の門から、皮鎧姿のギヨームたち四人が出てきた。
ベランジェはエルクが作った豪華な剣。革帯に短杖を差している。ギヨームとリュックも短杖を差して、帯剣している。四人全員が弦の張られた弓を持ち、腰には矢筒を下げている。
……槍を担いでいるのがロドリグかな。短杖と帯剣、弓に槍。完全武装? でも槍じゃないね、ハルバードかな。まあ、あれで突進してこられたら確かに迫力だね。
「ねえ、あの子一人? ひとりで戦うの?」
「おい、無理だろ。やめさせたほうがいいんじゃないか」
「……やりすぎだろ……いくら上級生とは言え、悪辣すぎる!」
「しー、めったなこと言うな、相手は公爵家だぞ」
「これより一年生エルクと三年生ギヨームの決闘を行う! 双方ここへ!」
武術師の言葉に、ざわついていた観客席が静かになる。
武術師は自分の前に五人を並ばせて、エルクに向かって声をかけた。
「一年生エルク! どうしても決闘を行うか! 取り消すことも出来る!」
「三年生ギヨームが私の要求を受け入れ、謝罪するのなら取り消す! そうでなければ否だ!」
答えるエルクの声は大声ではなかったが、観客席まで届いた。
「三年生ギヨーム! 一年生エルクの要求を受け入れ、謝罪する気はないか!」
「一年生エルクの要求は受け入れられない! 謝罪する気もない! 謝罪すべきは不遜にも上級生に決闘を申し込んだエルクの方だぁ!」
変声期なのかギヨームの声がうわずり高くなる。
武術師はうなずいて観客席の方を向いた。
「双方に決闘を止める意志がない事を確認した! この決闘に立ち会う観客に伝える! 本日は専門校からの見学希望があり、許可された! 専門校の学生には防壁を張る協力を依頼しているが、しかし、万が一、観客席に魔法が飛び込み、怪我あるいは命を落としても自己責任となる! 希望する者には退席を許可する!」
観客からは一人の退席者も出なかった。
「決闘の勝敗は、審判が判定する。降参する時は武器を捨て、降参の意思表示をしろ! では、双方左右に描かれた円に入り準備をし、開始の合図を待て!」
円は観客席から見て左右に描かれ、百歩ほどの距離があった。
ギヨームたちは円に入るなり矢をつがえてエルクに向き合った。
エルクは両腕を斜め下に広げて向き合った。
「始め!」
合図とともにギヨームたちは弓を引き絞りエルクに向けて放った。四本の矢はエルクの胸に全て当った。
「エルク!」
「「「キャー!」」」
観客席から、悲鳴と嘆息がもれてきた。
「フン、あっけない」
ベランジェが弓を下ろした。
胸に矢を立てたエルクがゆっくりと歩き始めた。名を叫んでくれたレーデルに笑顔を向けて手を振りながら。
「あ、歩いてくる! ベランジェ様、あいつ歩いてくる!」
「……グッ! 射掛けろ!」
四人は次々と矢を放つが、その全ての矢を胸に立てたままギヨームたちに向かってゆっくりとエルクが歩いてくる。
何射も受けながらも、歩き続けるエルクに、観客の悲鳴が消えていった。
円と円の距離の三分の一を歩いたところで、ギヨームたちの矢が尽き、エルクの歩みは止まった。
エルクの身体の前面には数十本の矢が立っていた。
「エルク! ……エルク? ……刺さっていない?……刺さっていないわ! 鏃が見える! エルクの身体には一本も刺さっていないわ!」
レーデルの叫びに、観客がざわめいた。
エルクがゆっくりと両手を上げると、すべての矢が地に落ちた。
ギヨームたちは驚愕の顔をした。
エルクはアイテムパックに矢をいったん納めて腕の中に取り出した。
「どれも、立派な矢だね。もったいないけど、燃やすね」
エルクの声は大声ではないのに観客にまではっきりと聞こえた。
エルクは腕いっぱいの矢を空中に放り上げると、矢は風に乗って上昇した。
すべての矢がエルクの頭上で、風に舞って円を描いていた。
「燃えろ」
エルクの静かな言葉で、全ての矢が炎を上げて一瞬で燃え尽きた。
燃え上がる矢に見入ってしまったベランジェが気を取り直して命令した。
「……くっ! ロドリグ、氷で足止めしろ! ギヨームとリュックは火弾を撃ち込め!」
ロドリグの氷魔法がエルクの膝下を氷の塊で包み、二人の撃ち出す火の玉がエルクの上半身を火だるまにした。
「エルク!」
ふたたびレーデルが悲鳴を上げた。エルクの形で、炎が手を振った。
足元の氷塊が一瞬で燃え上がって消滅し、人の形をした炎はまたギヨームたちに向かって歩き出した。時々炎の中からエルクの笑顔が見える。
三人の審判が止めるべきか武術師を見る。
「止めるな! エルクは燃えていない、まだ歩いている!」
ギヨームとリュックが五連弾の火の玉を撃ち続ける。エルクの全身が足元まで炎に包まれた。
炎をまといながらもエルクの歩みは止まらない。
いくつもの小さな旋風がエルクを取り囲むように現れて、エルクの炎を吸い込んだ。全身から炎を上げ、小さな火炎旋風を引き連れながら歩いていく。
「グッ。……なぜだ、なぜ歩ける! なぜ燃えない! 足止めしろ、ロドリグ!」
ふたたび氷塊がエルクの足元に出来るがすぐに消滅した。さらにエルクの全身を氷塊が包もうとするが、その度に氷が燃え上がるように消えていった。
「……だめだ! 足止めできない!」
ロドリグが何度も氷魔法を使うが、エルクの歩みは止まらない。
「ま、魔力が持ちません! ……これで最後!」
火魔法で攻撃するリュックが半泣きの声を上げた。
最後の火の玉も、火炎旋風に飲み込まれ、なんの効果も上げられなかった。
リュックとギヨームからの攻撃が止んで、エルクは炎を上げたままで歩きを止めた。
「もう、魔力切れかな? じゃあこっちが足止めしようかな。足止めはね、別に氷魔法でなくても出来るんだよ」
エルクの声とともに、ギヨームの周りに、胸の高さまでの旋風が起きた。
「ギヨーム、その風に身体が触れたら切れるからね。痛い思いをしたくなかったらそこを動かないことだ」
ギヨームは短杖を革帯に差し、代わりに抜いた剣を旋風に突き立てた。
ギャリンッ!
剣をあわせたような音と共にギヨームの剣が弾かれた。
続いてリュック、ロドリグ、ベランジェの足元にも旋風が起きて動けなくなった。
「さて、諸君、動けなくなったけどね、まだ終わりじゃないよ。ロドリグだっけ。そのハルバードで思いっきり戦ってみたいだろう?」
ロドリグの旋風が消える。エルクの身体を包む炎と、周りの火炎旋風がゆっくりと消えていった。エルクの装備にも身体にも髪にも、焼けた跡はなかった。
エルクはロドリグに向けて右腕を突き出すと手のひらを上に向けて指をクイクイと折曲げた。
……あ、意味が通じるかな?
「お相手しよう、かかっておいでよ」
腰だめにハルバードを構えたロドリグが、突っ込んできた。
ガコンッ!
重い音と共に、槍先がエルクの胸に突き立てられた。
矢と同じ様に僅かな隙間を残して、エルクの胸には届かなかった。
観客席から声にならない声がもれた。
エルクが防壁を解くと、ロドリグは大きく後ろに下がり、斧の刃を叩きつけてきた。
エルクは僅かな動きで斧の刃先を避けて右に飛んだ。
ロドリグはハルバードを振り回しエルクを追撃する。屈んで刃をかわすと柄がひねられ、鎌が頭上から突き立てられる。
屈んだままで身体を回転させたエルクがロドリグの懐に踏み込むと、石突が肩を目がけて降ってくる。
横っ飛びに間合いをとったエルクに、身体を回転させたロドリグが大きくハルバードを振り回し、槍先が顔を狙ってくる。
ガキンッ!
エルクの肘当てが槍先を弾くと、いったん引き戻された槍先が胸を突き刺してくる。
ガコンッ!
エルクの左胸、心臓のある位置で槍先が、今度は戦闘服に受け止められた。
「うーん、残念。良い攻撃だったけど、この戦闘服はその程度では貫けないよ」
驚くロドリグのハルバードを左手で下から払う。
払われた勢いで石突が、股間めがけて突き上げてくるが、エルクは当っても意に介さない。
槍先、斧、鎌、石突、柄がエルクを打つが、全て戦闘服に弾き返される。
ロドリグは肩で息をし、大きく後ろに下がった。
「そういう使い方なんだ。じゃ僕もハルバードを使ってみようかな」
アイテムパックからエルクが取り出したハルバードは、ロドリグのものより長く柄も太く、槍も斧も鎌も大きかった。
エルクは先程のロドリグの攻撃をなぞり、ロドリグに打ち掛かる。鋭い金属音を上げて打ち払い、防ぐが、エルクの攻撃は速度を増す。
かわしきれなくなった時に、エルクのハルバードの鎌がロドリグのハルバードを引っ掛け、空高く飛ばした。
空手になったロドリグから、後ろに飛んだエルクは、柄の中程を持って頭上に掲げて回転させる。八の字を描くように回し、石突まで手を滑らせる。
自分の体重の軽さで振り回されないよう、重力魔法で釣り合いを取る。
「ブォン!」という風切音が甲高くなり、ハルバードが目で追えないほどの速さで回される。
身体を回転させながら飛んで、前方のロドリグに向けてハルバードを低く構えた形で、演武を終えた。
ロドリグは膝をついてがっくりと肩を落とした。足元に旋風が起きる。
観客からふたたび大きなため息が漏れた。
「ハルバードの使い方を教えてくれてありがとう。でも、君はもういいかな。さてベランジェ、君の番だ」
ベランジェの旋風をとき、ハルバードをパックにしまうとスラリと腰の剣を抜いた。つや消しの黒い剣を無造作に脇に下げてベランジェに歩み寄った。
ベランジェも自分の剣を抜いてエルクに向かって歩いた。
「なぜだ」
ベランジェがエルクに問いかけた。
「なぜとは? どこに疑問があるのかな」
「……これだけの強さ、魔力、度胸。子供とは思えない……。事の始まりは、リュックとギヨームが談話室から追い出そうとしたことだ。……なぜ、それだけのことで決闘を申し込んだ。お前なら、簡単にあしらえるだろうに……」
「……ああ、そうか。……じゃあ本当のことを言うね。面倒だからだよ」
「面倒?」
「ああ、そう、面倒だから。ねえ、もし決闘を申し込まずに、僕が逆らい続けたら、どうした? 放おっておいた?」
「……」
「ちがうよね。事あるごとに、毎日、僕が音を上げて服従するまで、いや、服従しても、しつこく手を出してくるでしょ?」
ベランジェは目を細めた。
「だから、さ。それは面倒だからね。こうして僕が君たちより、はるかに強いと示さなければいつまでも手を出してくる。僕にはやりたいことがあって、くだらないことに時間を取られるのはごめんなんだ。迷惑なんだ。たかが学院での、子供の上下関係、人間関係なんて人生の中で重要なことじゃない」
「たかが……」
「ああ、たかが、だよ。大切なのは学院を出てからじゃないの? ちっちゃなお山で大将になることになんの意味がある。僕はもっと大きく、高い山を目指しているんだ、邪魔はさせない、だから踏み潰す」
「……踏み潰す……」
「こんな風に、簡単にね。……君は六年生。あと二、三年だろ、ここにいるの。長くても八年の学院なんか人生の中ではあっという間の時間だ、鷲の間なんて狭い部屋にこだわっていてどうする」
「……狭い部屋……」
「もっと、生きることに真面目になれ。公爵家なんて先祖か誰かがつくった家だ。君はたまたま、そこに生まれただけだ。何も成してはいない。生きることに迷っているのは君だけじゃない。皆の迷いと自分の迷いに違いがあるのか聞いて回れ。居場所は自分で作るしかない」
「……たまたま……自分の……居場所……」
「さて、どうする? 力の差は歴然! このまま負けを認める? それとも最後まであがいてみる?」
ベランジェは剣を持ち上げ、その刀身を下から上へゆっくりと見た。
「美しい、これを美しいと思う……くそ! あがくさ! 最後まであがく!」
対峙した二人は剣を構えた。ベランジェが大きく振りかぶってエルク目がけて剣を振り下ろした。エルクは頭上で剣を受け止めて弾き、鋭く一撃を返す。
ベランジェが素早く避けて、上下左右の攻撃を加えるが、全てエルクの剣で受け止められた。
さらに速度をあげてエルクに斬りかかるが、力のこもった一撃一撃が、全て受け止められた。
突進しては受け止められ、走り抜けては受け止められ、飛び上がっての攻撃も受け止められた。
次第に速度と力が落ちていき、最後は汗まみれで荒い息をして、辛うじて立っているだけだった。
エルクは大きく後ろに下がると剣に炎をまとわせた。
切っ先をベランジェに向けると、上段から振り下ろす。脇構えにし、切り上げる。そのまま縦横無尽に剣を振るい、身体を回転させ剣速を上げる。
剣筋の炎が繋がり、エルクを中心にした大きな火の球となり、明るさを増す。
火の色が赤から白になり、ベランジェの眼前で大きく飛び上がって打ち下ろして止まった時には、エルクの黒い剣が白い光を放っていた。
「ハァハァ……俺の負けだ……もう……剣を……上げることも……できない……」
エルクは三人の旋風をとき、ギヨームに歩み寄った。
「まだやる?」
ギヨームはリュック、ロドリグ、ベランジェを見てからエルクに視線を戻すと、首を横に振った。
「……いや、もう勝負はあった。降参する……」
「それまで! 決闘は一年生エルクの勝ちとする!」
観客から大きなため息が漏れた。皆、息をするのも忘れて観戦していた。
エルクは白く光る剣を高く掲げ宣言した。
「今後は、上級生は、下級生に敬意を持って指導すること! 下級生は先達である上級生の指導を同じく敬意を持って受け、お互い、さらに高みを目指すように!」
「……勇者だ……」
「あれは、勇者……」
「「「おおぉ!」」」
その場にへたり込んでしまった四人は職員に看護されて退場したが、エルクは審判に呼ばれ教授たちの席に行った。
学院長がエルクに声をかけた。
「見事な決闘だった。あれでは飛び級を認めないわけにはいかないだろう」
教授たちを見渡してから続けた。
「だが……実際問題……何年生にすればいい?」
「……教えられることは……」
「ああも見事な魔法と武術。もう卒業させるのも……」
「ええー! ちょっと待って下さい。僕は入学したばかりですよ。まだ勉強したいです!」
「いや、しかしなあ……八年生にも負けそうにないしなぁ……」
……まずい! やりすぎた。くぅー、禁書庫の走査がまだなのに。なにか、なにか抜け道は。
「では、こういうのはいかがでしょう? 『特待生』というのはどうでしょう?」
「特待生?」
「ええ、ええ、『特待生』です。特別待遇学生。特待生。学費免除は必要ありませんから、学費は払います。その代わりに、自由に講義に出られて、試験を受けられて、図書館で勉強できる学生、学年外の学生、『特待生』は?」
「ふむ、面白い……よし、この後の教授会議で話し合うことにしよう」




