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旧)黒きエルク  作者: ヘアズイヤー
風と炎

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パルム14


 エルクは訓練場を後にして、食堂でお茶を頼んだ。これまでの情報を一覧に整理し始めた。勇者に対する疑問が離れなかった。


 ……勇者が狂乱せずに魔王城に入れる秘密。ベルグンで勇者と勘違いさせたこと。確かに聖教会の勇者選別の基準がわからないが……勇者だと思わせた方が情報が得られるか? いや「僕は勇者です」って病っぽくて嫌だなぁ。あ、魔王ですってのも同じか……。


 食堂の騒音の中、バタバタと食堂に似合わない音に目を上げると、真剣な表情のレーデルがエルク目がけて走ってくるところだった。

 レーデルはエルクの正面に立つとグッとまなじりを決して腕組みをした。エルクは慌てて立ち上がり挨拶した。

「やあ、レーデル。さっきぶりだね」


 レーデルは答えずに、エルクの正面に腰掛けた。ついてきた他の学友たちも腰を下ろした。

「……怒ってる?」


 エルクの問いかけに答えずに、レーデルは他の者たちに声をかけた。

「二年生のアニエス、ジョアンヌは氷魔法が得意だから、足止め役。三年生のタニヤが弓で牽制と足止め、二年生だけど魔力量の多い私とドナシアンが火魔法で攻撃。重要なのは六年生のベランジェをどう足止めして、火魔法を使わせないか、使っても当てさせないかよ」

「はい?」

「でも、レーデル、ロドリグが面倒よ。武術では四年生の中で一番強い。槍を持って突進されたら。それに向こうも初手には弓を使ってくるはずよ」

「うん、ジョアンヌの言うとおりだ。盾で矢を防いでも、ロドリグの突進を止めるのに手間取ったら各個撃破されかねない」

「あのー」

「こっちはいかに素早くエルクが空気弾をベランジェに当てるかよ」

「ああ、弓でベランジェを縫い留められば一番だが、リュックが盾になるだろう」

「ええと、あのー」

「エルクが旋風を使うと彼らを殺してしまうわ。リュックごと空気弾を撃ち込むのがいいかも」

「あのう!」

「やっぱり私がエルクの盾になるから、一斉に火魔法を一点集中で」

「レーデル!」


 少しきつめのエルクの声に全員が口を閉ざしてエルクを見た。

「落ち着いて、レーデル」

「これが、これが、落ち着いている場合じゃないわ!」

「少し黙って。レーデル」


 大きくため息をつくと、エルクは脇に控えるエルク部隊に、全員分のお茶を注文するように頼んだ。


「レーデル、決闘の話を聞いたんだね」

「……ええ。エルクは入学したてだからパーティがいない。私達が一緒に戦うのよ」

「はぁ」

 再び大きなため息をついてみんなの顔を見た。エルクの視線を受け止めて全員がうなずいた。


「一緒に戦おうとしてくれるみんなの気持ちは嬉しいよ。ありがとう。でもね、僕は一人で戦うよ。相手が何人でもね」

「無理よ! 相手は六年、四年、三年二人の四人よ! それなりに魔法も武術も成績がいいわ! いくらエルクが学院一強くても、相手は四人よ!」

「レーデル、落ちついて。心配してくれるのは嬉しいよ。けどね……うーん……なんて言うか……。そうだ、タニヤはさっき武術師の先生が言ってた最後の言葉、聞いてた? 憶えてる?」

「……ええ、エルクに……『ギヨームたちを殺さないでやってくれよ、たのむから』って。でも、あの先生は悪い冗談が好きだから……」

「冗談じゃないよ。あの先生は僕の入学の試技で相手をしてくれたからね。僕は先生に余裕で勝って入学を認められた」

「……そんな」


「やあ、エルク、探してたんだ。お友達と明日の相談かな。僕も手伝うよ。魔力が切れるまで火の玉連射するよ」

 横からニコニコ笑ったゲルトが声を掛けてきた。

「ゲルト、こんにちは。助力の申し出、ありがとう。でもね、いまもみんなに言ってたんだけどね、僕は一人でも大丈夫なんだ」

「いやエルク、そうは言うが……レーデル殿下?」

 エルクの隣に腰掛けたゲルトは、同席しているレーデルに気がついてあせった顔をした。

「殿下は無しで。エルクが一人で戦うってきかないのよ。お友達ならなんとかしてくれませんか?」


 エルクはゲルトを含めたみんなを見回した。

「はぁ……みんなは冒険者についてどの程度知ってる? 階級とかは?」

「……冒険者は魔物を狩る猛者たち」

「階級は金、銀、銅、鉄、だったかな」

「金は各国に一人か二人、銀は支部に少数……。オルガお姉さまは銀証の魔術師……」


「そう。オルガは銀証の冒険者だ。レーデルと同じく僕に『弟子入りしたい』って言ってきたよ。……でだ、これがなにかわかるかな?」

 エルクはレーデルに、首から銀証を外して手渡した。

「これは? 『エルク』ってあるけど……これが銀証?」

「うん、それが、冒険者の銀証だよ」

「銀証持ち……」

「ああ、銀証持ちだよ。魔物は群れるからね、一人で二百五十以上の狂鹿の群れを瞬殺してね、銀証をもらったんだ」

「「「……」」」


「……本当だったのか、国からの知らせは。……灰色狼三十、狂鹿二百五十を、十歳の少年が一人で瞬時に討伐……それも通常の三倍以上ある魔物を……。学院への入学を希望してパルムに向かった。……勇者エルク」

 ゲルトがエルクを驚愕の目で見つめてつぶやいた。


 ……あ、まずい! まだ勇者設定するって決めてないのに。まずい! やめて!


 エルクはあわてて仲間たちを魔力で囲い、外に声がもれないようにした。

「「「勇者!」」」


 ……間に合ったか? よし! 周りの学生は「勇者!」に反応していない! ふー、危なかったぁ。ここで勇者認定されたら、えらい事になるところだった、賭け率が。


「ああ、私の父、ベルグン伯爵の館で聖剣を抜き、その身の証を立てた、と」

「「「聖剣! エルクが勇者!」」」


 エルクは頭を抱えて机に突っ伏した。


 ……聖教会はどう出る? ベルグンの件はつかんでいるだろうから……こちらに手を出してくれたほうがいいのか……。


「ちょっと待って」

 エルクは顔を上げた。

「僕は勇者じゃない。けど、ベルグン伯爵がそう誤解するくらいには強いんだ。学生が四人では僕を倒せないよ。だから大丈夫だよ」

 にっこりとレーデルに微笑んだ。


 エルクたちの席に悪意と害意が近づいてきたので、魔力の膜を解除した。ギヨームが近づいてきて、エルクを指差した。

「あれがエルクです。ベランジェ様」

「……子供じゃないか。こんな子供に大勢の前で決闘を申し込まれるなんて、ギヨーム、お前との付き合いも考えなくてはな」


 銅色の布を巻いた長身の青年は口の端を上げて、ギヨームを冷たく見た。

「まあいい。この者たちはエルクに味方する者か? こんな子供に味方して上級生に楯突くとは怖いもの知らずなことだ。もっと身体を大切にすべきだと思うがね」

「おまえに言われる筋合いはない、ベランジェ卿」

「……おやおや、これはこれはレーデル殿下ではありませんか。あなたもこの子供の味方に? ほんとうに酔狂なことですね」


「……だれ? こいつ」

 エルクがレーデルに聞いた。

「バランド公爵家のベランジェ卿。公爵家の四男だよ」

「へー。公爵家ねぇ……そこの五男なんだ。僕はエルクだよ、よろしくね、五男さん」

「……四男だ……」

「あらら、こりゃ初対面なのにとんだ失礼を、六男さん」

 エルクを見下ろすベランジェが眉をひそめた。

「……まあいい。そうやって虚勢を張っていられるのも今のうちだ。くく、新しい剣の試し切りにはちょうど良い」

「ベランジェ様、その剣ですね」

「ああ、この剣のな」

 ベランジェは、柄頭に大きな宝石がつき、凝った装飾の柄に手をやりスラリと剣を抜いた。剣身には金と銀の流麗な象嵌が施されている。

「これほどの剣はない。何度見ても美しい。銘はないが、高い技量の職人が丹精を込めたものだとわかる……。切れ味もそこらの剣を切れるほど……」


 エルクがうつむいて身を震わせだした。エルクの脇で不動、無表情で有るべき護衛のエルク部隊も、上を見上げたり、横を向いたりして身体が細かく震える。

「……く、くふっ……だめ……だめ……だめだぁ……はははっ、あっははははっ!」

「エ、エルク?」

「……ははは。ごめんごめん、いきなり笑いだして、失礼。なあんだ、五男さんって、うちのお客さんだったんだぁ」

「なに?」

「はは、毎度ごひいきありがとうございます。お客様が大層お喜びとうちの、ププ、うちの職人に申し伝えておきます」

「エルク、いったい……」

「僕んとこの職人が作ったんだよ、あの剣。ほんとありがとね」

「くっ……」

「まあ、明日はお互いに頑張ろうね。先生にもお手数かけたし、見物に来てくれるお客もいるしね。あ、そうそう、ここにいる友だちは出ないから安心して。僕一人がお相手するからね」


 手に持った抜身を鞘に収めたベランジェの所にリュックがやってきて耳打ちをした。

「なに! 鷲の間に入っただと! ……エルク! なぜお前が鷲の間に!」


 声を荒げるベランジェをキョトンと見たエルクが、レーデルに聞いた。

「鷲の間って、なに?」

「……男子寮の? 鷲の間か、まあエルクならね。鷲の間って、男子寮にある高位の学生が入る部屋のことよ」

「女子寮なら白鳥の間。レーデルが入っているわ」

「ふーん、高位が入る部屋ね。あの部屋にそんな名前がついてるんだ」

「ベランジェ卿はねぇ、鷲の間に入りたくて、部屋替えを希望してるんだけど断られてるの」

「へー、悪いねぇ、取っちゃって。……ん? 寮ってさ、高学年になると自分の屋敷から通うんでしょ? あんな狭い部屋よりも屋敷のほうがいいよね?」

 エルク以外の人間は、顔を見合わせ、ベランジェの仲間は視線をそらした。

「……ああ、ごめんごめん、こりゃ、おじ……僕の配慮が足りなかったね。六男じゃ居心地悪いんだね、きっと」

「……貴様は殺す。必ずな」

 低い声で言ってベランジェが足音高く食堂を出ていった。


「……エルク、言い過ぎじゃない? あおり過ぎよ、明日は本気で殺しに来るわよ」

「ああ、いいんだよ、あれくらいで。闘技場を使わせてもらって大勢見物のお客さんを入れるんだ。本気でやってもらわないと、盛り上がらなくてみんなに悪いでしょ?」

「でもあれじゃ、油断させて逆転を狙えないわ。最初から本気で来るわよ」

「それでいいんだよ。『油断した』なんて言い訳できないくらいの、本気を折ることが目的だからね」

「……本気を折る?」

「うん、二度と僕にちょっかい出さないように心を折る。それくらいじゃないと、陰で悪さを企まれると面倒だからね」

「エルク、悪い顔してる」

「えー、こんなに純真な僕にひどいよぉー。ゲルトお兄ちゃん、レーデルお姉ちゃんが意地悪するぅー」

 全員が肩を落として大きくため息をついた。


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