パルム12
エルクは席に戻ると一覧の続きを書き始めた。
……いちいち手で書くのは面倒だな。水魔法でインクの粒子を文字の形に吹き付けたらどうだ?
「君、一年生の君。ちょっといいかな」
小声がかけられたのでエルクは目を上げて相手を見た。
「はい、なんでしょう?」
目の前に立っていたのは、金髪に青い目、人の良さそうな優しげな面立ちの青年で、首に銅色の布を巻いている六年生だった。
「気をつけたほうがいいよ。リュックとギヨームはあまり評判の良くない連中の仲間なんだ。……仕返しが怖くて誰も逆らわない。言うことを聞かないやつは、決闘に引きずり込むんだ。それもパーティ戦の。一緒に戦おうってやつに脅しをかけるから、一対多戦になる。見た所、君は入学したばかりのようだから、仕返しに気をつけたほうがいい」
六年生は一気にまくし立てた。
「……ご忠告感謝します。僕はエルク、一年に入学したばかりです」
「エルク? エルク……ベルグン冒険者の、エルク? じゃあ君は十歳かい?」
「ええ、十歳ですが……」
「僕はゲルト、ゲルト・ベルグンだ。父からの連絡にあった……あ、エルク殿下」
「殿下はおやめください。ベルグン伯爵のご子息ですね」
エルクは立ち上がって会釈をした。
「……君、いえ、あなたはエルク・ノルフェなのでしょう?」
「いいえ、僕は家名を名乗れません。どうぞエルクと呼び捨てで」
エルクに座っていいかとゲルトが聞いてきた。机の上を片付けて席を勧め、聞いてみた。
「いいのですか? 僕と一緒にいるとゲルトさんも巻き添えになるのでは?」
「ゲルト、でいい。まあ、巻き添えになるだろうね。でもエルクにはいろいろ聞きたいことがあるし。この寮では上級生だからね。なんとかなるさ」
「……全寮制では? 八年までいるのでしょう?」
「まあ、寮生にはなってるけど、五年生くらいから部屋や家を借りたり、屋敷から通うようになるね。だから寮で寝泊まりする上級生はほぼいないんだ」
「……さっき決闘と言ってましたよね。決闘って習慣があるの?」
「ああ、あいつらね。あるよ、決闘。軽いものは訓練場で、場合によっては闘技場で行われる。街なかで決闘が始まることもあるね。……あいつらは訓練場で、他の学生の前でやるのが常套手段だ」
「……見せしめにして、見てる学生も逆らえないようにするって事か。ほんと幼稚だね」
「……幼稚か。くく、冷静だねエルクは。相当に強いってのは、ベルグンからの話しだけでは信じられなかったが、自信家なのかな」
エルクはにっこり笑った。
「まあね、僕に勝てる相手はそういないからね。ふーん、決闘ねぇ。……細かくちょっかい出されて手間を取らされるのも嫌だな。緑は奴隷だって件もあるし、一回潰しておくか」
「おいおい、穏やかじゃないな。見くびらないほうがいいぞ。あいつらの後ろには公爵家の四男と侯爵家の三男がいるんだ。面倒な相手だ」
「……公爵家と侯爵家……でも四男と三男……予備の予備たちか。はは、お笑いだね」
「……さ、三男はつらいんだ……」
「あれ? ゲルトは伯爵を継ぐんでしょ?」
「……それだ。何がどうなったのか、さっぱりわからんが、そういう事になったと連絡が……。いや僕のことじゃない。エルク、あいつらは決闘では負け無しなんだ」
「ふーん、決闘で生き残ってきたのか」
「生き残って……いや、学生の決闘では相手を殺したらいろいろ不都合だからな。教授たちが審判に入って死者は出ない」
「死者が出ない決闘? それって決闘なの? ずいぶんぬるいこと」
「……」
「で、どっちに申し込む権利があるの? ゲルトはさっきの見てたんでしょ」
「両方だな。殴って蹴りつけられたエルクが被害者で、申し込むことも出来るが、怪我をしたとあちらからも申し込める。決闘は申し込んだ方が不利だ。決闘の方法は申し込まれた側が決める」
「ふーん、それがどうして不利になるのかな」
「……あいつらは四人での戦いを申し込んでくる。入学したてのエルク側は二人だからな。人数が少ない方が不利だ」
「二人?」
「エルクと僕」
「……ありがとう。そう言ってもらえるだけで感謝するよ。でもね、たかが学生四人だから、助力は必要ないよ」
「いや、あいつらは六年生がリーダーだ。四対一では勝ち目がない」
にっこり笑ってエルクは会釈した。
「ゲルト・ベルグン卿、ご心配痛み入る。……でもね、まあ、心配しなくても大丈夫だから。そろそろ準備の確認しに部屋にもどるよ。またね、ゲルト」
「ああ、気をつけろよ……都合の良いときでいいのでベルグンの事を話してくれないか?」
「ええ、いいですよ」
エルクは席を立ってゲルトに手を振りながら談話室を出た。
談話室の前でラドと出会い、寝具の運び込みがまだなので、今夜は屋敷に戻ったほうが良いと謝られた。
「完璧じゃなくても寝れればいいんだけどね」
「そうは参りません。……どうしても追加で準備が必要かと。今夜はお屋敷にお戻りください」
ラドの不自然な説明にうなずいて、大きな声で返事をした。
「じゃあしかたないねぇ。今夜は屋敷に戻るか」
屋敷に戻る馬車の中で、ラドの説明を聞いた。
「エルク様のお部屋は高位の貴族か王族用のようです。兵を潜ませる隠し部屋、隠し通路がありました。どこにつながっているか確認するまでお待ちいただいたほうがよいでしょう」
「そう、どこにつながってるのかな。逃走用かな。……そうそう、面倒だけど学生を調べさせてくれる? 公爵家の四男と侯爵家の三男。邪魔になりそうなんだ」
「かしこまりました」
それから三日間は専門校の図書館で過ごした。夜間も。
図書館を流れる魔力に同調した魔力を身にまとう実験をした。
専門校は聞いた通り警戒が厳重だったが、エルクには苦にならなかった。夜間に忍び込み、禁書庫まで入ったが警報などは鳴らなかった。翌日、専門校の様子に注意していたが、忍び込んだことが露見したような動きはなかった。
禁書庫で魔法陣と魔石に関する興味深い情報が走査できた。千年程前までは魔石についての研究が行われていた形跡があった。
具体的な研究成果は記されていなかったが、魔力鉱と魔石を使い、魔力の凝縮を行っていたと読み取れた。魔力の豊富な魔力鉱鉱山に研究施設らしきものがあったようだった。
鉱山の分布図の一部と思われるものもあり、ラドとラウノに確認してみると魔王国と聖ポルカセス国の鉱山らしかった。
……これで学院の図書館に忍び込めるなら、飛び級しなくてもいいかな。
翌日は学院に通学した。
魔王国中央情報局は試行錯誤で進めているが、公安部と活動部隊を合わせたエルク部隊が編成されて、今日のエルク当番がついてきた。アザレアたちとは色合いの異なる明るい略装と濃紺のベレー帽を着用している。
事務室で進級試験のことを尋ねると、教授たちの会議が紛糾していると聞かされた。「一度も講義を取らない者に進級試験を行えない」と強固に言い張る教授がいる、とのことだった。
「じゃあ、そのセンセイの講義を取ればいいんでしょうか?」
「はい、そうしてもらえれば納得してくれることと思います」
「どのような講義なのでしょう?」
「風魔法の講義です。……風魔法での攻撃は難しいので、講義を取る学生が特に少ないのです……」
職員が風魔法の教授について教えてくれた。風魔法には威力のある攻撃が少なく不人気なので頑固になってしまったらしい。
……おかしいな。風魔法は教本に忠実なら攻撃力抜群で、応用も豊富なのになあ。
ニノ鐘に訓練場で一年、二年、三年までの合同でその講義が行われるというので出席してみることにした。見学した時は一年生の講義室での暗唱だったから、威力の確認にも興味がわいた。
訓練場の土塁に囲まれた的の前に学生たちが並び、風魔法を発動していた。三年生の青い布を付けた学生の魔法は、丸太についている的の板が揺れる程度の威力だった。
二年生の中にレーデルがいた。レーデルの風魔法の威力は三年生よりも高く、的の板が割れていた。
職員が教授にエルクを示して話をしている間に、エルクに気づいたレーデルが手を振ってきた。振り返すエルクの前に教授が立った。
「おまえがエルクか。進級試験を受けたいなどとふざけたことを。よし、あの的に空気弾を撃ってみろ」
エルクは短杖を取り出して、的の板に向かって空気弾を撃ち出した。的の板は真ん中で二つに割れて落ちた。
「ふむ、威力はあるな。五連弾!」
板が割れた丸太が、五発の空気弾で上から削れて短くなった。
周りの学生が息を呑んだ。
「なんであんなに威力が」
「丸太が削れるなんて……」
「詠唱が速い!」
三年生からも驚嘆する声が上がった。
「よし、みろ! あれが本来の風魔法だ! エルク、学生たちの空気弾を見ていたろう。お前のと何が違う?」
「……魔力を込める瞬間をどこに置くか、かな。最初から最後まで均等に込めるのではなく、その込め方に違いがある」
「……その通りだ。だがそれには詠唱の熟達と自分の魔力を熟知する訓練が不可欠だ。……だが、実際にうまくいかせるのが難しい。訓練あるのみだ」
……まあ、魔力もだけど、呪文のどこが威力で、速度なのかがわからないからだろうね。それと風、空気は物質であると理解してないからだな。難しいわけだ。
「エルク、他にできることは?」
「うーん、僕は風魔法が一番応用がきくと思ってるよ。例えば相手を殺さずに無力化するのも、肉片に刻むことも出来る」
そう言うとエルクはレーデルをちらりと見て、短くなった丸太の隣を狙い空気弾を放った。
丸太の上から下まで十数発の空気弾が当たり、小刻みに揺れる。
「このくらいで、相手は失神するかな。相手を殺すなら風の刃だね」
同じ丸太に薄く平たい空気弾を放つ。的の板に交差する傷が刻まれた。
「肉片にするなら旋風かな」
丸太の根本から旋風が起こり、うねる空気の渦が丸太を削った。
「まあ、これが人の体なら肉片になるね」
丸太は上から下まで削られ細くなっていた。
「さらにさらに、火魔法と合わせるとこうなる」
すぐ隣の丸太にまた旋風が起こり、短杖から打ち出された十数発火の玉が吸い込まれ火炎旋風になった。旋風が収まると丸太は消し炭のようになって崩れ落ちた。
教授を含め職員も学生も呆気にとられていた。
「火の旋風……」
「風の刃、旋風で削るなんて……」
「……わかった。エルクの進級試験を認める。だが、こんな応用ができるなら……何年生にすればいい……」
教授から職員に何事か話され、職員はエルクに大きくうなずいて事務室に戻っていった。
「よし、今見たエルクの風魔法が、お前たちが到達すべき場所だ。だが……正直に言おう。俺でも出来ん。俺も訓練しなおす。各自この後は自主訓練だ。魔力切れに注意しろよ!」
教授自ら的に向かい、初歩の空気弾から練習を始めた。
レーデルがエルクのそばに寄ってきた。
「……意味ありげに私を見たってことは、あの夜、あの男たちに使ったのね、空気弾」
「ご明察。殺してしまうとジョエルのことが聞き出せなかったからね。……レーデルも風魔法取ってるんだね」
「ええ、全ての魔法の講義を取ってるわ。……ねえ、さっき魔力を込める瞬間の事を言ってたけど……。ちょっと耳を貸して」
レーデルが屈んでエルクの耳元で囁いた。
「エルク、あなた、太古語がわかるんでしょ?」
「……太古語?」
「とぼけてもだめ。呪文が太古語なのは知ってるわ。エルフの母から聞いてる」
「……」
「エルフでも太古語がわかる者はごく少ない。もう人間は忘れてしまった。元々自分たちの言葉じゃないから。……でも調べたくても太古語の基本がわかる資料がないのよ、図書館にも。太古語がわかれば魔法をもっと使いこなせるのに」
……困ったな。敵になるかもしれないレーデルに教えるのは危険か。
エルクは素知らぬ顔をしてレーデルに答えた。
「僕も師匠から少し教えてもらっただけだよ」
「師匠? 誰かしら? ……太古語の事を知ってるなら教えを受けたい」
「僕も本名は知らないんだ。しばらく世間で勉強してこいって放り出されて、連絡するすべもない」
「……そう、残念ね。……あ、こうしよう! うんうん、そう、それがいい! 私エルクに弟子入りするわ!」
「はい?」
「教授も出来ない、あんなすごい魔法! 風魔法に火魔法を加える! 師匠、よろしくお願いします」
……レーデルに師匠と言われると、一気に年寄りになった気がする! そりゃそうなんだけど、いやだなぁ。
「やめて、師匠呼ばわりしないで。レーデルの方が年上でしょ?」
「そうだけど、師匠からどうしても教わりたいの。いいでしょ、師匠」
「……やめて。お願いだから、エルクで。……この帽子あげるから勘弁して。……エルクって呼んで」
にこにこ笑うレーデルに赤白橡のベレー帽を渡した。記章はついていない。
「あ、これって。エルクと同じ帽子。でも色が違うのね」
「ああ、色には意味があってね。僕と同じ色の物はあげられないから。レーデルに似合いそうな高貴な色にしたんだ」
「ありがとう、嬉しい。……どう、似合う?」
「うん、似合うよ。とっても綺麗だ」
レーデルは頬を赤らめ、いつまでも帽子に触れていた。




