ベルグン38
翌日、朝食を済ませて書斎にいるとラドが入ってきた。
「……エルク様、お話があります、よろしいでしょうか?」
「ああ、いいよ。もう執事の芝居はいいんじゃない? そっちに移るから座って」
執務机の前にある応接ソファに腰掛けさせた。
「昨日の件かな。あれで、ジュストさんの依頼は終了になるよね」
「……はい、その件は依頼完了となります、しかし……」
「うん?」
「……昨日、私を治療していただいてから……」
ラドミールはエルクを見て言いよどんでいたが、決心したようにうなずいて話しだした。
「私は魔族です。私たちの一族は、……魔王国の出です。……魔王様を崇拝する一族の出なのです」
「……魔王を崇拝……。場合によっては一族もろとも滅ぼされかねない告白だね。いや、茶化すつもりじゃない。大変な決断だと理解している」
「はい。我らは……我が一族は、魔王城の守備を任された一族でした。ですが、魔王様が勇者に討たれるのを防げませんでした。目の前で魔王様を討たれ、先祖は一族を引き連れ魔王国を出奔しました。勇者に復讐するためです」
一族は勇者を追いかけたが、忽然とその足取りが消えた。目標を見失い大陸中を探したが見つからなかった。
探せなかったのは聖教会が治める国、魔族が入り込みにくい聖ポルカセス国だけだった。探しあぐねるうちに魔王が復活。ふたたび勇者に討伐された。だが、その勇者は自分たちが探す者とは別人だった。
それからの一族は表に出ずに魔王と魔王国のために国外で活動するものになった。
「我々は自分たちを『影』と呼んでいます」
……クラレンスの報告にあった者たちか。
「エルク様は……魔王……ルキフェ陛下なのでしょうか?」
……魔力譲渡が原因か。
「いや、ルキフェじゃないよ」
「……アザレアさんに、『ガランのブレスでも傷つかない』とおっしゃいました。魔王様の騎乗竜、ガラン様のことなのではないですか? それと……エルク様の治療を受けてから、エルク様に暗い影が重なるのです。あれは……もしや……」
「……うん、ルキフェだね。ラドミール、僕はね、僕は魔王なんだ。魔王ルキフェからすべてを受け継いだ魔王エルクなんだ」
「やはり、やはり……」
ラドミールは静かに涙を流した。
「ラド、僕が王家の後継者って設定は間違いじゃなかったんだ。でも、ルキフェが承認した後継者ではあるけど、魔王国で戴冠したわけではない。魔王国で僕の存在を知っている者は限られてる。ガランたち竜族、魔族のクラレンス、エルフのブリアレンかな」
「あとはアザレアさんたちですか?」
「そうだね。ああ、そうだった。ルキフェは前回も勇者に討たれたけど、存在が消滅したわけじゃないよ。僕が、障害となる『狂乱』を取り除けばすぐにでも復活できる」
「……エルク陛下、我らの存在意義は魔王ルキフェ陛下にお仕えすること。そう育てられました。ジュスト様の依頼は終了いたしました。結果をジュスト商会に報告して終了です」
ラドミールは立ち上がり、エルクの前にひざまずいた。
「ですが、私たちには、新しい任務ができました。本来の任務です。魔王エルク陛下、心より忠誠をお誓いいたします」
深く頭を下げた。
「ラドミールよ。私、魔王エルクは、そなたの忠誠を受け入れよう。魔王国のために励んでほしい」
「はっ!」
「で、ラド。かしこまるのはもういいよ。座って」
エルクは執務室に置いてあるベルを鳴らしてメイドを呼んだ。
「お茶をお願いします。それとアザレア、ラウノ、オディーを呼んで。後で入室してもらうから近くで待機するように伝えてね。ラド、ヴィエラも呼んだほうがいいかな?」
「はい、お願いします」
「ではヴィエラもね」
「さて、ラド。君の任務と、ルキフェと僕の希望が合っているか話そう」
「はい。我々『影』の目的は、先ほど申しました通り魔王ルキフェ陛下にお仕えすること。魔王討伐軍に関する情報収集と妨害を目的としています。幾つかの部隊が私と同じように活動しております」
……こりゃシロ丸の御加護にしても都合が良すぎるなぁ。次に起きる悪いことはなんだろ? まっ、踏み潰すけどね。
「わかった。ルキフェと僕の望みは魔王国の国民が幸せに暮らすことだ。もちろん魔王国を離れた者たちもだ。そのためには、『狂乱』の謎を解くのが先決だ。ルキフェは自分が狂乱すると、皆を不幸にすると復活出来ないでいる。ラドたちの情報はそれに役立つかもしれない」
「……はい。『狂乱』に関しては不明ですが、謎を解くために『影』の力を結集できるかと思います」
「ラド、指揮系統はどうなっているの?」
「我らを指揮するのは一族の長老たちです。私は急ぎエルク様のことを報告します」
「族長はいないの?」
「魔王国を出奔して以来空位です。血統では私も継承者の一人ですが、隠れ住んで活動しているため空位となっています」
「その隠れ住んでいるところは人里離れている? 聞いたわけはこうだ。ラドが僕に関することを報告し、長老たちの許可と協力を得なければいけないだろう。でも信じてもらえるかは疑問だ。何か確証を示さないといけない」
「はい」
……人里離れたところであれば、黒竜ガランを呼び寄せて確証とすることが出来るかもしれない。
「隠れ里は南の海近く、小国連邦の山間にあります。ベルグンからであれば、移動に要する日数は急いで一月ほどです」
「うーん、そこは『影』の人たちだけが住んでるの?」
「はい。別な場所に交易のための街を作っていますが、長老たちは人目を避けて隠れ里に住んでいます」
「竜が飛んできたら、どう思われる?」
「!」
「黒竜ガランを見れば確証になるかな?」
「はい! 黒竜ガラン様は魔王様の騎乗竜と伝わっています。竜族に騎乗できるのは魔王様と、竜族が自ら乗ることを許した者だけと聞いています。確証になるでしょう」
……詳細は詰めないといけないか。一緒に行く必要もあるかな。
「アザレアたちを呼ぼう。彼らに『影』のことを話すが、いいかな?」
「はい、エルク陛下のお心のままに」
アザレアたちとヴィエラを呼び入れた。
「あ! せっかく入ってもらったけど、応接室に移動しよ。ここじゃ椅子が足りないね」
応接室に全員が腰掛けたところでエルクが自分について話し始めた。
「ヴィエラ、改めて自己紹介しよう。僕は魔王エルク。魔王ルキフェの後継者だ」
「エルク様!」
アザレアたちが慌てた。
「大丈夫だよ、アザレア。ラドミールたちは僕ら側だ。ルキフェの助けになろうと魔王国を出た魔族なんだ」
「はい、アザレアさん。我々は勇者に復讐しようと国を出た部族の者です。今までは魔王討伐軍の妨害を目的としてきましたが、今後は魔王エルク陛下の命に従います。ヴィエラ、エルク陛下は本当に王族の後継者だったんだ。それも我らの王の」
「……」
ヴィエラはラドミールを見て大きく目を見開き、エルクに視線を移すと静かに涙を流した。立ち上がり、エルクの前にひざまずいた。
「……魔王エルク陛下。エルク陛下に忠誠を誓います。この生命、いかようにもお使いください」
あわてて膝をつこうとしたアザレアたちを止め、ヴィエラを立ち上がらせた。
「アザレア、ラウノ、オディー、君たちの気持ちは嬉しいが待ってくれ。ラドミール、ヴィエラ、君たちの忠誠を受け入れるよ。でもね、それを表に出すのは……ルキフェの望みを叶えてからにしたい。ここじゃなく、魔王国の人たちの笑顔に囲まれてね」
……あの子を笑顔にしてからじゃないと、忠誠を受ける資格はないよね。ラドミールの忠誠は受けちゃったけど。
お互いの素性を打ち明け合った後に、これからのことを話し合った。
「目的地はフラゼッタ王国の王都、パルムだ。そこで情報を探ろうと思う」
「かしこまりました、エルク様」
「ラド、これからも執事役?」
「そうですね、それがよろしいかと思います」
「ベルグンにいる間はそれでいいかな。その後の設定はもう少し考えよう。では、パルムに行く準備をしよう。数日中にはベルグンを出発しよう」
昼食を取っていると、伯爵からの使いの者が来た。今日これから出向いてくるとの先触れだった。
エルクが応接室に入ると伯爵が立ち上がった。伯爵は目の下にくまを作り、しぼんでいた。
「エルク様、この度は大変ありがとうございました」
「どうぞ、座りください。お疲れのようですね」
「……エグモントとフリッツは幽閉し、余罪をヨルゲンに追求させています。魔術師ギルドのマルニクスは拘束し、王都の魔術師ギルドに使いを出しました……」
「そう」
「ホルガーから……報告を受けました。人が魔物になるなど信じられません」
「実際起こったからね。周りの人間を疑わないといけないなんてね。聖教会は?」
「この街の聖教会には下位の司祭と助祭しかいません。警戒はしますが、特に報告は行わないでおこうと思います」
「まあ、それがいいだろうねぇ」
「何から、何までお手数をおかけして、ありがとうございました」
「そうそう、昨日、冒険者のみんなを呼んどいて領主からのお言葉もなかったよね? できれば彼らに報いてほしいかな」
「はい、了解いたしました。ほうびを与えることにします」
「あ、なら子供が生まれる人もいるし金銭がいいかもね。太っ腹なとこ見せてね」
「かしこまりました。エルク様のご恩にもお返ししたいと思います。私で出来ることはございますでしょうか?」
……お、渡りに船だね。
「ひとつお願いできないかと思ってたことがあるんだ。『学院』ってとこの入学に、推薦状を書いてもらえないかな?」
「『学院』、フラゼッタ王国王都の『王立学院』でしょうか?」
「うん、その『王立学院』で勉強してみたくてね」
「エルク様がですか。……わかりました。後ほどお届けいたします」
「ありがとう、お願いね。それがもらえたらフラゼッタ王国に向かう予定なんだ」
その日のうちに伯爵から推薦状が届けられた。
それから数日は、旅の準備に費やした。ゴドたちやダーガたちと訓練し、大宴会も何度かした。知り合った人たちへの挨拶にも回った。
東門から旅立つ時は、伯爵やゴドたちの他にも多くの見物人に見送られた。
「……ほんとにあいつは何者だったんだ?」
「……そうね、不思議な子。でも……きっとフラゼッタ王国から噂が聞こえてくるわよ……エルクだもの」
……ゴド、オルガ、聞こえてるんですけど。ありがとね。




