ベルグン32
三日目の昼前にベルグンの街に戻った。門には冒険者用の入り口があり、冒険者証を見せて簡単に通してもらえた。
冒険者ギルドでブリッタのところに行った。
「おかえりなさい、エルクさん」
「ただいまブリッタさん。討伐した魔物があるんだけど、量が多いんだ。イェルドさんのところで出したほうがいいと思うけど」
「はい。では裏の倉庫でお願いしいます。イェルドは狂鹿の解体で商業ギルドの倉庫にいますが、ハンスが留守を預かってます」
「わかった、ありがとう」
裏の倉庫でハンスが見守る中獲物を出した。角ウサギ、四つ目タヌキ、灰色狼、狂猪、狂熊、狂穴熊を合わせて八十五匹ほど。
「くっ、毎度のことながらエルクさんの獲物は数が多いですねぇ。倉庫には入りますが、解体には日数をいただきます。……今回は大きさが普通で、矢傷、刀傷……首に傷はないですね」
「うん、うちの木証三人だけで倒したからね。ねえ、解体に時間がかかるなら魔石の集計も遅くなる? できれば木証から鉄証昇格の条件を満たしているか、早く知りたいんだけど」
「三人分の条件ならこれで十分だと思いますが、俺では判断できないです。集計してブリッタさんとロッテさんに報告します。食堂でお待ち下さい」
「うん。よろしくね!」
食堂に四人でいるとロッテがやって来た。
「こんにちはエルクさん」
「やあ、こんにちはロッテ。紹介がまだだったね。うちのパーティ『大鹿の角』だよ」
四人を紹介してロッテに席に座ってもらった。
「エルクさん、領主様の館に行く日が決まりました。三日後です。朝にギルドに集まってギルドの馬車で向かいます」
「三日後ね。わかりました。あ、僕はうちの馬車で行っていい?」
「はい、構いません。それからノルフェ王国冒険者ギルト本部から状況の説明に呼ばれています」
「……状況の説明? 魔物が出た、討伐した。それ以外になにか説明しなくてはいけないことがあるの?」
「……エルクさんの魔法が信じられないようなのです。聞いたこともない魔法だと」
「ふーん……」
「ギルド長がご一緒します。出発は四日後です」
「いかないよ」
「はい?」
「いかないって言ったんだよ、ロッテ。冒険者の奥の手を教えろ、って話でしょ? そんなの冒険者が『はいわかりました』って教えるもんなの? こっちの命に関わるから他の人が教えても僕は教えないよ。教えないって言いに行くだけなら無駄でしょ?」
「……」
「ごめんね。ロッテは伝えてくれただけだね。僕は行くつもりがないって返事しといて。説得を命令されたら、ロッテやギルド長の説得はお断り。『ノルフェ王国冒険者ギルト本部の一番偉いやつが、自分で出向いてこい』ってエルクが言い張っている、そう言ってやって。ロッテは間に挟まれないでね」
「はい、わかりました」
ロッテの口の端が笑いをこらえるようにピクピク動いた。
「で、では、木証から鉄証昇格の件ですが、解体はまだですが条件を満たしています。明日の昼、ギルド訓練場で木証初心者講習会があるので受けてください。その後で鉄証への昇格試験を行います。エルクさんは鉄証を飛ばして昇格していますので、鉄証が受ける初心者講習会が未受講です。明後日の昼に行われる講習会に参加してください」
「明日が木証、明後日が僕の鉄証、その次の日が領主館か。慌ただしい事だ」
「無理であれば、次の講習会でもいいのですが、日取りが決まっていませんので、だいぶ先になるかもしれません」
「みんなは大丈夫かな?」
三人がうなずくのを見て続けた。
「じゃその日程で参加します」
「はい。それともう一件あります。魔術師ギルドから問い合わせがありましたが、パーティのホームを教えても構いませんか?」
「教えなかったの?」
「パーティのホームはリーダーの許可がないと教えられない規則になってます」
「そう。あ、ダーガもそんなこと言ってたな。教えてもいいよ。あとゴドとダーガにも教えていいよ。そうだ、『嵐の岩戸』と『海風』のホームを教えてもらえって言われてるな。あとでうちの押しかけ執事か、使いの者をよこすから教えてね」
「わかりました。ではこれで要件はすべて済みました。…………個人的な興味なのですが……どうしてエルクさんはそう強気になれるのでしょう?」
「ん? ……そうか。うーんとね。……僕は覚悟を持って生きるってある人に誓ったんだ。理不尽に立ち塞がるもの、そのすべてを叩き潰すってね」
「……そうですか、わかりました」
ギルドを出て屋敷に戻り、ラドたちに帰還の報告と明日以降の予定を伝えた。夕食までは錬成魔法実験室でいろいろ制作してみた。みんなは休憩後訓練をしていた。
「ラド、動きはどう?」
「皆焦れています。十歳の子供相手になぜアイテムパックを取り上げられないのかと」
「そう。今夜、明日の夜、明後日の夜で動きがあるといいんだけどね。今夜からこっそりお邪魔してみよう。いい話が聞けるといいな」
「はい、今夜なのですが……」
翌日、アザレアたちの初心者講習会と鉄証昇格試験を見学した。
昇格試験は、エルクのパーティということで、ダーガが試験相手を務めてくれた。アザレアとオディーは魔法を併用し、いい所までいったが、ダーガには勝てなかった。
ラウノは足止めと魔法の連射でダーガを苦しめ、もう一手というところで負けた。勝てなかったが三人の昇格は問題ないと判断され昇格を認められた。
三人に口座を作らせて、小金貨を五枚入れさせた。
ベルグンに来た時に、それぞれに当座の資金を渡したが、口座の分は自由に使うよう指示した。先日の討伐分は三等分して入れておくようにブリッタにお願いした。
屋敷に戻り、アザレアたちに今日の感想を聞き、今後の訓練について相談した。
エルクと三人だけで魔法の訓練を始めようとした時、ラウノが他の二人と顔を見合わせ、うなずいてためらいがちにエルクに声をかけた。
「エルク、様。お話があります」
「なんだい?」
「エルク様から魔力譲渡を受けてから気になっていることがあります。……その、魔力譲渡を受ける前までは見えなかったのですが……。受けてからは、ふとした拍子にエルク様に重なるように大きな暗い影が見えることがあるのです」
「暗い影?」
「はい、私たち三人共見えるのです」
アザレアがエルクの頭の上を見て言った。
「エルク様に、害をなすものではないかと最初は思ったのです。その影を見ていると恐怖が湧いてきたのです。ですが……」
「悲しみも感じるのです」
「温かみも感じるのです」
三人が息せき切って言い立てた。
「……この暗い影はもしや……」
「……うん、たぶんそうだろう。ルキフェだ。僕の魔力はルキフェから受け継いだものだからね。それを君たちに渡した。予想すべきだったな。譲渡する相手は選ぶ必要があるか」
「ですが……なんというか……なんと表現してよいか……。ルキフェ様は力と恐怖で我々を支配すると教わったのですが……。この感情は……あ、愛されているのではないかと」
「ああ、愛だろうな。ルキフェは魔王国のみんなを自分のことよりも気にかけている。愛と呼んで構わないんだろうな」
三人は静かに涙を流したが、自分たちが泣いていることには気づいていないようだった。
翌日の鉄証初心者講習会は、ざわついた雰囲気だった。座学は受講する者も教える者も、一番後ろに座るエルクが気になり集中を欠いていた。前日に鉄証を取ったアザレアたちも受講を認められた。
訓練場での講義は、それぞれの得意とする攻撃や武器、魔法に対して個人的な助言が中心だった。誰もエルクには教えてくれなかった。
「さみしいなぁ、僕には教えてくれないの?」
エルクはぼやいた。
「うるせえ、こっちがエルクに教えてもらいたいくらいだ」
「そうよ、私を弟子にしてほしいわ」
教師役のゴドとオルガから大声が帰ってきた。
翌朝、冒険者ギルドで、エルク、ゴド、ダーガ、オルガ、ドニ、他三名の銀証狩人が集まった。
エルクの馬車にはダーガとオルガを乗せた。ギルドの馬車より乗り心地がいいから、女性に乗ってもらう。女性を誘った時に、ロッテはギルド長とエルクを見てすがるような目を向けてきた。
「ロッテ、できればこっちの馬車に乗ってほしいんだけど。僕は世間知らずだから、今日のことについていろいろ教えてよ。ベルグン伯に失礼があってはまずいでしょ?」
ギルド長から、教えるようにとエルクの馬車に乗る許可をもらった。
「……エルク、この紋章は……お家の紋章なの?」
馬車を見てロッテが聞いてきた。
「いいや、これってパーティ『大鹿の角』の印だよ。北にいる大鹿の角をあしらってるんだ」
「こんな形の角、見たことない。大鹿は……図鑑に載ってる魔王国にいる魔物……」
「図鑑にあったね。魔王国にしかいないの?」
「ええ、そう聞いてるわ」
「でも、どこにいるか、分布……詳しく研究した人はいないんでしょ? 図鑑の序文に生息地域は目撃場所であって、他の場所にいないとは限らないから注意するように書かれていたよ」
「……ええ、そうね」
ギルドの馬車と共に領主館に向かった。
前に見た正門ではなく、西門の手前で南に折れ、荷馬車などが出入りしている門から門衛に誰何されることもなく入った。
領主館は石と漆喰造りの三階建で、通用門らしきところから中に通された。
待ち受けていた者の案内でギルド長を先頭に、長い廊下を通り、あまり広くない階段を二階に行った。両開きの装飾された扉の前に武装した兵と書類を持った官吏が待っていた。
ギルド長と黙礼をかわし、書かれている名前を読み上げる。
「そろっていますね。外套と武器はこちらの机にお預けください」
皆、外套を脱いで机に置いた。ゴドのシャツはちょっと窮屈そうだが、継ぎや繕いのない清潔なものだ。いつも感じる体臭も今日はましで、ブーツも磨かれている。
オルガは自分の魅力をよく知っている。ドレスに近い華やかな粧いで、すれ違う者たちの注目を集めていた。オルガは短杖も机に置いた
ダーガも華やかだが、広い袖やスカートのようなものは、腕の動きや足さばきを悟らせないようにした物のようだった。
他の冒険者達も簡素だが清潔な装いだ。
エルクがマントを脱ぐと皆が注目した。
灰色と黒色の身体にしっかり密着した服に膝と肘に硬質な防具。物入れがついたベルトの右腰には長剣、左腰には宝石と象嵌の美麗なこしらえの短剣を帯剣している。いつも背負っているアイテムパックはない。
エルクはマントと一緒に長剣だけを鞘ごと机の上に置いた。
官吏がエルクに声をかけた。
「その短剣もこちらに置いてください」
「お断りします」
「え?」
「お断りしますといいました」
「ベルグン伯爵様の前では武装が許されておりません。その短剣をこちらに置いてください。」
「お断りします。武人の習いとして身に寸鉄も帯びないなど、我が師から許されていません」
「いえ、しかし、伯爵の御前に出るのです。武器を帯びることは許されません」
「そうですか。では、私はここで失礼して帰ることにいたします。オルガ、ダーガ、すみませんが帰りはギルドの馬車を使ってください。ギルド長、ロッテ、ここで失礼します」
「いやそれは……」
なんと言ったものか悩むギルド長を見て、エルクは踵を返した。
「ラド、戻るぞ」
「かしこまりました、エルク様」
「いや、お待ちを、お待ちを。お帰りになられては困ります……」
エルクは振り返り、止めようとする伯爵の官吏を頭から足までゆっくりと見て、ため息をついた。
「なぜ、武器を預けなければならないかはともかく、本当に武器をすべて預けるのでしょうか? 隠し持っている武器はどうします? 裸になりましょうか?」
「いえ、裸になってもらうなど……」
「武人は己の身体すべてが武器。爪で目をえぐり、脳まで指を入れれば相手を殺すことが出来ます。指を置いていきましょうか? 足で蹴れば相手を殺すことが出来ます。喉笛を噛みちぎればどうです? すべて置いていきますか?」
「い、いえ。これは形式的なものなので、置ける武器はお預けいただかないと」
官吏は慌てて言った。
「形式的、ですか。あなたは、僕のことを聞いたことがありますか? アイテムパック持ちの冒険者だと」
「え、ええ、はい。聞いたことがあります」
「では、アイテムパックの中に入れてある武器はどうしましょう? ここにすべて出すのであれば、この廊下では、いや、この館では狭すぎて置ききれませんね」
「……」
「ちょっと、意地悪が過ぎましたね、ごめんなさい。そうそう、僕の身分はどう聞いているのでしょう? 身分のある者ではないか? という噂は聞いていませんか?」
官吏はうなずいた。
「ラドミール、おまえは僕をどんな身分の者と言ったかな?」
「はい。エルク様はある国をお継ぎになるお方。無礼があってはなりません」
ギルド長たちが固まった。ゴドとオルガの会話が聞こえてきた。
「お貴族様どころか、お、王子様だったのか?」
「……まあ、エルクなら納得できるがな」
「……お、王族……。し、失礼いたしました、殿下」
「ああ、国元や他国に公式に認められたわけではないので、今はそのような身分ではありません。敬称は不要ですし、私を害そうとする政敵に知られては、伯爵にもご迷惑がかかります。このお話はこの場限りとしてください。この短剣ですが、師に『いずれ身分を証すもの、余人に渡してはならぬ』と厳命されていますのでお預けできません」
「わかりました。そのままで結構です。名簿にはございませんでしたが、そちらのラドミール様はエルク様の随員でございますか?」
「そうです」
「わかりました。では皆様、中へどうぞ」
ギルド長がエルクに自分の横に並ぶように呼び、二人を先頭に冒険者たちが中に入った。




