ベルグン31
翌朝は、留守の間に寸法直しの服を取りに行くよう手配して、アザレアたち三人とラド、ヴィエラと馬車でギルドに向かった。
馬車の中でエルクはラドに話しかけた。
「ラド、こちらの情報は、どこまで漏れてる? あっちは何をつかんでる?」
「現在、あちらはエルク様を獲物としか見ていません。こちらが何かを狙って動いているとは思っていないようです」
「……向こうに、ラドはいるの? 相手のラドはどう考えてる? 相手は常に自分の上をいく強者と考えないと足元をすくわれないかな?」
「……」
「最終的には力技でねじ伏せるけど、それは最後の策だよ」
「はい」
「できれば、相手の考えも情報として手に入れて、常に更新したいね。思わぬ伏兵がいないとも限らない」
「ええ、おっしゃる通りです。相手がオットーだからと油断していたと思います。もう一度関係者を確認してみます」
「手間かけさせてすまないね」
冒険者ギルドは朝の賑わいの中にあったが、エルクが入っていくと波が引くようにざわめきが消えていき、皆の注目がエルクに集まった。
「……フーゴの手を切り落としたらしいぞ……」
「いや、頭を切り落としたって聞いたぞ」
「フーゴが後ろから短剣で刺したらしい」
「黒蛇の毒が塗ってあったって」
「貴族で魔術師だし、手を出したら危ない。他のメンバーにも言っとけよ」
エルクはブリッタの列に並び、他のみんなは掲示板の討伐依頼を確認した。前に並んでいたものが順番を譲ろうとした。
「譲ってくれるのは嬉しいけれど、だめだよ。僕も順番を守ってちゃんと並びたいんだ。もしそれでも譲るなら僕はまた一番後ろに並び直すよ。さあさあ、ブリッタさんが困ってるから用事を、順番に、済まそうよ」
エルクの番になってブリッタが笑顔で挨拶してきた。
「今日はパーティが組めるのか聞きに来たんだけれど」
「はい、『大鹿の角』のパーティ編成は承認されました。特に証書などはありませんが、今後は何かあれば、リーダーのエルクさんに連絡が行きます。また、パーティメンバーが問題を起こせばリーダーに責任をとってもらうこともありますのでご注意ください」
「了解です。で、パーティで狩った魔石の分配は決まりがあるの?」
「いえ、ありません。各自が魔石を持ち込み、記録されます。……エルクさんが狩っても他の人の成果とすることは出来ますが、パーティ内での争いの原因となることが多いですね。ほとんどのパーティでは、とどめを刺した者の成果としてます」
「今日これから、二泊三日の予定で森に行ってみるんだ。届け出とかって必要?」
「いいえ。依頼を受ければ届け出が必要になりますが」
「そう、ありがとう。あ、魔術師ギルドから呼出状が二回来たんだけど、どちらも来いって時間を過ぎてから届いて、行けなかったんだよね。なにか聞いてます?」
「いえ、連絡先は聞いてきましたが、その後は何もないですね」
「そう、わかった。手間を取らせたね、ありがとう。またね」
「はい、また」
掲示板でみんなと合流するとオルガも待っていた。
「はーい、エルクちゃん。パーティ組んだのね。未来の花嫁としてはパーティ乗り換えたほうがいいかなぁ」
「オルガ、おはよう。それゴドに恨まれるからなしで。ちょっと聞きたいことがあって声をかけるように頼んだんだ。食堂で話せる?」
「いいわ」
オルガにみんなを紹介した。
「それでね、聞きたいことは魔術師ギルドのことなんだ。呼出状が二回来たけど呼び出し時間が過ぎてから届けられてね。そんないい加減なとこなの?」
「呼び出し時間を過ぎて? 事務長ね。そういう、こすっからいやつなのよ。遅刻をネチネチ責めるつもりなんだと思う」
「やっぱりか。ねえ、魔術師ギルドって一般人に命令できるくらいの権力があるの?」
「ないわ。ギルドに登録している魔術師にはある程度強気に出るけど、やめられたら困るから理由もなしに威張ることはないわ。礼儀も教養もあることになってるし」
「僕のこと、みんなが魔術師って呼ぶから身分詐称を突っ込むつもりかな。悪いけど自分から魔術師って名乗ったことないんだよねー」
「そうね、どうしたらなれるか聞いてくるくらいだものね。もしそこを突っ込まれたら私が証人になってあげるわ、未来の旦那様のためだもの」
「……ありがとう、オルガ」
「そうそう、ダーガが嘆いていたわよ。気にしなくてもいいけどね」
「エルクが剣を習いにこない」と嘆いているといって、オルガはギルドを出ていった。
……目まぐるしすぎてなぁ。いかないと悪いな。
東門から討伐に出発した。ラドとヴィエラは同行せず、四人で南の森に向かって歩いていった。
森に着き、人が入った跡を進んでいく。探知魔法には魔石を持ったものの反応がいくつかある。斥候はアザレアたち三人に任せ、エルクは最後尾を進んだ。
皆、狩人としての技量は高い。音を立てずに進み、エルクが枝を踏み折ったりすると、非難の目を向けられた。
……どうやら訓練が必要なのは僕かぁ。なんで音を立てずに歩けるかなあ。
魔力の流れを感じ、逆らわないよう、乱さないよう歩くといくらかましになった。
魔石の反応でエルクにはわかっていたが、魔物に近くまで寄られた。
角ウザギのようだ。先頭を行くオディーが気づき、みんなに合図する。使う合図は教えてもらった。アザレアとラウノも弓を構えたがオディーが矢をつがえ放ち、見事角ウサギの頭を射貫いた。
わずかな弓音と命中するかすかな音以外はしない。二の矢をつがえて辺りを警戒する。すぐに二匹目が現れ、アザレアが射る。
全部で五匹の角ウサギを射殺した。獲物はアイテムパックに入れる。
森の奥に進み、角ウサギ、四つ目タヌキを合わせて十二匹追加したところで、小休止をした。
「僕の方が、訓練が必要だね」
「経験がものをいいます。エルク様は訓練を始めたばかりの子供たちよりは静かに歩けています」
「ありがとう。獲物の取れ具合をどう思う?」
「この辺りは少ないですね。エルフである我々だから気がつきますが、気がつかずに通り過ぎてしまい、全く獲物がいないと判断してもおかしくないでしょう」
オディーの言葉に、もっと効率よく出来ないか考えた。
……三人とも狩人としての技量は申し分ない。ラウノが魔法を使うほどでもない。もっと大物でも大丈夫だろう。
探査魔法を広げると南東に大きな反応がある。灰色狼や狂鹿ほど大きくはないが、群れが三つほどいる。合わせて十五頭だ。
「このちょっと先が空地になっている。そこで実験をしたいんだ。南東に三つの群れがいる。魔法で空き地に呼び寄せられるか試してみるよ」
「……わかりました」
空き地に出て待機してもらうと、魔力の手を群れに伸ばすイメージで魔法を使う。
「上手くいった。三頭狂猪がくるよ。用意」
空き地の南側から猪が三頭、飛び出してきた。狂猪と呼ばれる魔物だ。二頭の額を矢が射貫く。残り一頭はラウノの氷魔法の氷柱が額を貫いた。三頭とも即死だった。アイテムパックに入れて声をかける。
「次五頭。来るよ」
五頭の狂猪が飛び出してくると、ラウノが氷魔法の氷塊で前足を地面につなぎとめ、残る二人が矢を射てゆく。アザレアの連射は素早く三頭を射止め、残りはオディーが射止めた。
「最後は七頭来るが、ラウノ、魔力はまだいけるか?」
「まだいけます」
「よし。来るぞ!」
七頭が飛び出してくると先ほどと同じ様にラウノが足止め、アザレアとオディーが射抜くコンビネーションですべて倒した。
アイテムパックに入れて各自の矢だけ取り出して手渡した。
「エルク様、狩人の我々より先にお気づきになるとは」
「ああ、魔法だよ。探知魔法って僕は呼んでるけど、魔力を使って周囲を探ってるんだ。それで見つけた群れにこちらに向かうように魔力を使う。誘導魔法かな」
「そのような魔法があるのですか。……知らない魔法がまだまだある。勉強したいところです」
ラウノがため息交じりにつぶやいた。
「ここは、わずかに血の匂いがする。移動して休憩しよう。西に同じような空き地がある。そこまで行こう」
その後も幾度かの休憩をはさみ、順調に狩りを続けた。
そろそろ魔力量が心配になってきたというラウノの言葉で、野営地を探すことにした。
エルフだけであれば木の枝に登りじっとしているそうだが、エルクとラウノがいるので平地に野営することにした。
背後に大きな岩がある空き地に野営することにした。丁寧に隠されているが幾度も野営に使われているらしい跡を見つけた。
野営地全体に見えない防壁を張る。空気や煙は外に出るようにして火をおこした。アザレアとオディーが両腕いっぱいの薪を集めてきた。なれた様子でエルクが出す鍋や皿、食材で夕食を作ってくれた。
……半日で、ラウノの魔力が切れかかった。魔力譲渡や魔力吸収ってできないかな。
食事するラウノを見て考えた。
……魔力が存在しそれが事象に影響するとしたら、魔力には実体が有るのではないか? 何らかの素粒子みたいなものが作用しているのでは?
野営地から少し離れたところにある低木を、魔力を意識して見てみた。
……侵入訓練の時のように、薄っすらと光が循環しているのを感じる。手をかざしてあの流れを吸いとれるかな。
全て吸い取ると枯れてしまう恐れがあったので、光が半分くらいになったところでやめた。
アザレアたちがこちらを見ていた。
「葉が枯れかかっている。エルク様いったい……」
次は吸い取った魔力を木に戻していく。少量ずつの流れにした。
「葉が元に戻った?」
……なんとかなりそうだ。人体実、いや臨床試験をしてみよう。
「ラウノ、ちょっと試したいことがあるんだ。協力してくれない?」
「はい、エルク様」
「不快かもしれないけど、ちょっと我慢してね。気分が悪くなったらすぐに言って」
ラウノの魔力を見てみる。先ほどの木よりももっと薄い光が循環している。同じ様に極々少量をラウノの流れに沿わせて流し込む。
「……これは! 温かい。魔力が増えてる?」
流し込みを中断した。
「魔力の具合は?」
「空になりそうだった魔力が少し戻ってます。温かいです。一体何をされたのですか?」
「僕の魔力をラウノに流してみたんだ。上手くいったみたいだね。次は流す速度を変えてみる。もし上手く行けは、戦闘中に補充できて、魔力切れを起こさないかも」
少し速くすると「熱いです」と返事があったので中断。
異なる性質の粒子が混じり合う時の摩擦熱かと思い、見えているラウノの魔力に近づけたものを流す。不快感がないようなので、次は一度に流してみる。
身体に影響がありそうなので、器を壊さず、あふれた魔力は自分に戻ってくるようイメージした。
「あ! 魔力がもとに戻りました!」
「できたかぁ。魔力切れ対策はなんとかなりそうだなぁ」
「エルク様一体何をされたのでしょう?」
「うん、魔力吸収と魔力譲渡の練習。ラウノありがとね。お陰で出来るようになった。普通のやり方と違うかもしれないけど」
「……魔力吸収と魔力譲渡?」
三人は顔を見合わせた。
「……そんなことが出来るのですか? 聞いたことがありません」
「え? 魔力をさっきの木や周りから集めて自分のものにして、ラウノに魔力を受け渡したけど、……普通できない?」
「普通はそんな事できません!」
三人はふるふると頭を横に振った。
「え、出来ないの? あ、魔力は見えないんだった? そうか、ガランのように魔力が見える能力が必要か?」
「……エルク様……それは……戦う相手から魔力を奪って自分や味方に魔力を授ける。む、無敵ではありませんか?」
「そーお? うーん。ね、ラウノ火の玉を僕に撃ってみて」
「え、あ、はい、いきます」
ラウノの火魔法で撃たれた火の玉が、エルクの手に当たってかき消えた。
「できちゃった。僕に、攻撃魔法は効かないってことか。ラウノ魔力返すね」
その夜は、エルフと魔族の魔法について教えてもらった。
二泊三日の討伐中に、いろいろと実験もした。
魔力の流れに合わせた可変式の防壁で、障害物を避けて森を駆け抜ける。
エルフの索敵知識を応用して、探知魔法で探知する対象をいろいろ試してみる。
魔力譲渡で三人の魔力切れを避ける練習もした。
充実した三日間だったとエルクは満足したが、三人は疲労困憊の様子だった。
……魔力を譲渡されると疲労がたまるようだ。譲渡するときには注意が必要だな。




