遭遇4
……これは、チャンスなのではないか?
野口明はもう、がんで病死している。断っても転生できるが、何に転生するのか、どんなところに転生するのかはわからない。
前世での意識や記憶はなくなるだろう。
微生物に転生するかもしれないし、あの嫌いな黒い悪魔に転生して、台所を這い回るかもしれない。
……もしこのまま、野口明の意識を持ったまま転生できたら、やり直しができるのはないか?
「魔族が幸せになるのを見たい?」
「見たい。あの子たちには辛い思いばかりをさせてきた」
魂のつながりは二人の距離を縮めたようだ。
「狂乱の原因を突き止めて解決しないとなぁ。魂たちの知識だけではわからないことも多いし。このティエラ世界の情報がもっと欲しい」
「狂乱や復活場所が必ず魔王城になるのは、私にかけられた魔法か呪いではないかと考えている。誰かが私の代わりに魔王として出現したら起きないのではないか」
「ふむふむ。確かになぜ繰り返すのか考えると誰かが仕向けている可能性もあるか。釈然としなかったのはそこか?」
「エルクさんに転生してもらって調べるしかないかな。エルクさんが記憶を持ったまま魔王として転生すれば私の力を使えて、調べるのに役に立つのではないか」
「おお、チートで魔王転生かぁ。あぁ!……あのう、ルキフェさん、ルキフェさん。魔王に転生って……私も……あの姿になるってこと?」
「うん? ……私の姿はイヤですか? そうですか」
「あ、ええっと、ごめん、あの姿がイヤとかじゃなくて……その、あの……そ、そう、ほら神々しすぎて目立ちすぎると思うんだ。誰かに話しをするにも、相手に泣き叫ばれたらそれどころじゃないし。魂たちもそうだったんでしょう?」
「そうか、確かに」
「ええ、ええ、そうです、そうです」
……ルキフェには悪いが、あの姿では自分の精神がガリガリ削られそうだ。街中を歩けないと思う。
「別の姿で転生したほうがいい。魔王の能力が持てればチート生活できるけど」
「能力が使える別の肉体を用意して転生する、か。私が別の肉体で復活するのは過去に失敗しているが、エルクさんを受肉させることはできると思う。でも実験してみるしかないねぇ」
「うーん、でも試すしかないでしょう。他にも現実世界にいてルキフェさんと連絡が取れるのかとか、どこで情報を得るか、魔王国に協力者はいないか。課題は多いな。……さっき魔法か呪いと言ってたけど、魔法ってあるの?」
グルーミングしているルキフェが答えた。
……猫の演技はまだ必要かな?
「ん? あるよー。エルクさんの世界は極端に魔力が薄いけど、ほとんどの世界で魔法が使える」
「ほほう、どうやって使うのかな? 私も使えるようになる?」
「もう使っているよ。コーヒーや空間を出しているのは魔法と同じ能力だ。魔法のない世界の魂なのにこれほど使えることに驚いたんだ」
「これ全部、私の魔法? おお、実感ないけど、すごい。でも、詠唱とかしなかったし、魔法陣とか描かなかったし。魔法って意外と簡単なのか?」
「……そう言われれば、勇者の仲間たちも魔族たちも、何かゴニョゴニョ言ったり身振りしたり、魔法が発動するまで時間がかかるな。あれが詠唱と魔法陣かな。エルクさんが能力を受け継いで受肉したら、多分今と同じ様に使えると思うよ」
「詠唱と魔法陣で魔法を使う世界で、無詠唱ならほんとにチートになるか」
「ちーと……って? さっきから使っているけど知らない言葉だ。どういう意味?」
「ズルをするってこと。ちょっと人聞きが悪い言葉……」
……そりゃあおおっぴらに言うことじゃなかった、反省。
「そ、それよりこれからの計画を立てよう。魔王復活までの時間って猶予はあるのかな?」
「この空間は時間の流れがほぼないから、ある程度は自由になるよ。復活しないようここにずっといることにしたことがある。現実世界の二百年が経ったころに、望まないのに復活してしまった。あの時ほど過ごしてないから大丈夫だと思う」
「……魔王狂乱の対策にタイムリミットがあると思っていたほうがいいか」
その後様々な項目を挙げて検討した。やはり現実世界の情報が少ないのでほとんどが要確認事項になったが、おおよその計画は立てた。受肉に関する実験も何度も行った。魂の入っていない身元不明死体が現実世界に何体も現れたろうけど。魂の入っていない体は限られた時間しか生きられない。準備が整ったら、私の魂を転移させるのだ。あれ? 転移? 異界転生じゃなくて異界転移? ま、どちらでもいい。
ルキフェを後ろ盾とした後継者、新しい魔王として転生することになった。
ある日突然現れた者を、後継者と認めてもらうことは難しいだろうが、自分がルキフェの姿になるのは勘弁してもらった。
代わりに立体映像を見せることにした。モデルが目の前にいるから細部まで同じにできた。
精神的耐性を上げる特訓だと思ってやったが、かなりの時間がかかった。
耐えるのに。
ルキフェの声を再現するのはもっと大変で、特訓ではなく試練だった。涙、鼻水、涎、失禁……。
さあ行こう。
ルキフェの記憶の中で見た、あの子の目が、脳裏を離れない。