ベルグン26
ジュスト商会を出て冒険者ギルドに戻った。
別れ際にイェルドがエルクとラドを見てため息をついた。
「俺には見えないところで、何かが起きてるんだろうな」
「鋭いね、イェルド。僕の師匠の本に、本当に賢い人はそもそも危ないところに近づかないって言葉があったよ」
「……そうだな、うん、そうだな。さあ、俺にはボス狂鹿が待ってる! エルクのおかげでしばらくはまた忙しい! じゃあな」
そう言って馬車用の入り口から入っていくイェルドを見送り、ラドに言った。
「報告を済ませたら、会議だね。どこか適当な所はあるかな? ヴィエラもいた方がいいかな」
「はい、職人街にございます。ヴィエラにも使いを出しておきます」
入ってブリッタの所まで行く間、ずっと注目され続けた。
「ブリッタさん、狂鹿は収めてきたよ。これが預かり証の控え。正式なものはイェルドさんが出すって」
「おかえりなさい、エルクさん。ロッテさんからお話があるのでテーブルでお待ち下さい」
「はーい」
テーブルで待っているとロッテが書類の束を抱えてやって来た。
「おかえりなさい、エルク。あなたのおかげで大忙しよ、まったく」
「どうしたの?」
「はぁー。狂鹿よ、狂鹿。商業ギルドや人員、場所、段取り……。仕事を増やしてくれてありがとう」
「……じゃあ、討伐しないで街に呼んだ方が良かったね……冗談だけど」
「ごめんなさい。エルクには感謝しているわ。さてと、まずはこれ」
書類をめくって一枚取り出すと内容をエルクに告げた。
「ギルド長から、ベルグン伯爵に呼ばれることになるから、準備をしておくようにと」
「ベルグン伯爵? 準備ってなに?」
「エルクは言葉遣いや礼儀は大丈夫だと思うけど、服ね。普段着ではまずいわ。たぶん、謁見に使う部屋に呼ばれて、いろいろ事情聴取に近い質問をされるわね。お褒めの言葉をかける事になったら、お披露目のために夜会に呼ばれるかもしれない。あなた、エルクの執事だったわね。失礼のない服装がいるわ」
「承りました。早速用意いたします」
「事情聴取の時は、この格好でもいいでしょ?」
「いいえ、華美な服はいらないけど、それなりの服がいるわ。兵士ならお仕着せや制服でしょうけど。夜会は夜会服。まあ冒険者に制服や正装はないけれどもね」
ロッテはさらに書類をめくった。
「次は、王都に行ってもらうことになるかもしれません。冒険者ギルドノルフェ王国本部ね。まだ、確定じゃないけど心づもりはしておいてね。それと、魔術師ギルドからも問い合わせが来ています。宿に呼出状が届くと思うわ」
「王都に魔術師ギルド? なぜまた。面倒だな」
「顔と名前を売れば銀証が近くなるわよ。エルクは昇格が早すぎるって横やりが入ってるから、ギルド長も苦慮中だけど。最後は、狂鹿の精算ね。解体が済まないと詳細が出ないけど……金額が大きすぎるのよ。現金では一度には無理な金額になる、口座上の金額にするしかないのよ」
「銀証欲しいと思ってないけど。狂鹿はまあ、そうだよね。討伐報酬なら金額が確定するの早いでしょ?」
「それでも、灰色狼全部より高額になる。こちらで決済が早くなるように何とかするわ」
「ありがとう」
「他にも、講師を頼めとか、商業ギルドに呼べとか……まあ、無視してるから、エルクも無視していいわ。これで全部ね。あ、お礼。……エルクありがとう、狂鹿討伐はもちろんだけど、見習いや鉄証に解体って仕事ができたの。みんなが感謝してるわ。じゃあ、これで。さて、イェルドに……」
慌ただしくロッテが退席したので、ラドに隣りに座ってもらった。
「服?」
「貴族に面会する際には、自分の爵位に合わせた服装を求められます。エルク様は未だ継承されておりませんが、それに準じた服装が求められます。普段着はいけません。服を仕立てるのに時間がかかりますので、手配を早めにいたします」
「ただの冒険者に? わかった。それなりの店でオーダー品か。服屋を選んでアポ取っといてくれる?」
「……おーだ……あぽ……ですか? 申し訳ありませんその言葉は存じません」
「あ、ああ、えっと、注文服だろうから服屋に予約を入れておいてってこと。あとゴドたちのような冒険者が領主に呼ばれたらどんな服を着るのか調べてほしいかな」
「かしこまりました。心当たりがございます。馬車が必要になりますので、そちらも手配しておきます」
「馬車? 格式が高い店ってこと? 面倒だな。……ん? 昨日が狂鹿で、その前がラドが来た日、なんか忘れてる。……あ、ブーツだ。受け取って帰らないと」
「羽」で履き心地の微調整を行い、完成品の受け取りはまた二日後になった。
武器工房「蛇の牙」は職人街の奥まった場所にあるそれなりに賑わっている店だった。料理用に革や木工の刃物も扱い、男女の別なくいろいろな職業の客が出入りしていた。
ラドは店員にうなずいて、店の奥、工房に続く通路にある階段を登っていった。扉の並んだ廊下を行き、一番奥の部屋に入った。
大きめのテーブルと六人分の椅子がある部屋で、奥の窓際にエルクを案内した。横木の角度を変えて光量を変えられるようになっていてそう暗くはない。
「ここは、私に協力してくれる店です。店員も全員私の知り合いです」
「……あやしいねぇ。密偵専門の傭兵かと思ってたんだけど」
「ジュスト様も傭兵と思ってらっしゃいます。……ちょっと大きめの傭兵団です」
「……ふーん」
「この部屋にも情報が漏れないよう仕掛けをしていますので、安心して話しができます」
「そう、じゃあ、目的のすり合わせからいこうか。ジュストさんの目的は僕の護衛、裁定の場にオットーと愉快な仲間たちを引きずり出すこと、だったよね?」
「はい、その通りです」
「でも、ジュストさんが考えたようには領主の裁定は望めそうにない。カルミアの上と商人たちは潰そう。潰し方を考えよう」
「はい。先ほどの男たちの上は、オットーの上と同一です。商人たちも名前が上がっていました」
「で、上にたどると街の一番上まで行き着くんだね。ラドが服の話題に乗り気ってことは」
「はい、一番上です。ですが、身内を裁けそうにはありません」
「……ねえ、羊皮紙数枚とペンとインクない? 図解したいかな」
「ただいまご用意いたします」
「ああ、このくらいの大きさの薄い板二枚と……下で釘を使ってないかな?」
「使っています。何本くらいでしょう?」
「ええとやってみせるね」
エルクはパックから羊皮紙を取り出すと小さく切り始めた。
「これに、要件を書いて釘で板に止めるんだ。人名や事件、組織なんかをね」
「わかりました。釘は多数ご用意いたします」
ラドに協力してもらって人物相関図を作った。途中でヴィエラが来たので手伝ってもらった。
「で、これが関係する人たちね」
「……はい。こうしてみると特定の人間に集まっているのがわかりますね」
「うん。で、次は、僕たちの行動を考えてみよう。新しい板をここに並べて。ここに同じように張っていく。やること、やれること。出来ないことでも関係なく思いついたことすべてね。どんなのが出ても拒否や反対してはだめ。できるだけ多く出す事が重要なんだ。僕はまずこれね」
エルクは板の左隅に書いたカードを止めた。書かれていた言葉は「皆殺し」だった。
「「ぐ……」」
「一番簡単にきれいになるよね。否定しちゃだめね。思いついたことを書き出して」
「事態の動きが早すぎるなぁ。あと二、三日ぐらいか」
「お知り合いがいらっしゃるまで、ですか」
「うん、その知り合いにはね、覚えてほしいと思ってることがあるんだ」
エルクはそう言ってラドとヴィエラを交互に見た。
「……私たちのことですか?」
「そう。……密偵をやっていればわかるでしょ? 物事を判断するには様々な知識やそのものに関する要素を知ることが必要だと。知ることは力なんだ」
「はい、よくわかります。誰に、何をさせ、どうやって、どんな目的を達成すればいいのか」
「そこから、次はどうすればいいか。何を目標にすべきか。終わりのない戦いをしなければいけない」
「じゃ、とりあえずはいいかな? 後は夕食を食べながら考えよう」
「「はい」」
「では、この板は僕がアイテムパックに入れておくね。僕しか取り出せないから漏れることはないよ。それと予算なんだけど、ジュストさんからの依頼は告発と僕の護衛だから、設定を変更したら足りなくない?」
「なんとか、回せるようにしてあります」
「うーん、狂鹿の分が入れば少しは楽なんだけどなぁ。明日、ギルドから下ろして、いくらか提供するよ。いや、そうだ、今は使われていない古い金貨や宝石があるけどお金に換える、つてはない? 一度に大量に話題になるくらい市場に流せば、僕が貴族の後継者らしいってことの裏付けにもなるかな?」
「つてはありますが、そこまでしていただかなくても大丈夫だと思います」
「いや、こういう作戦は金がものを言う、そういうこともあるでしょう?」
「……ええ、わかりました。準備をさせておきます」
「宵の窓辺」に戻っての夕食では、ラドとヴィエラも一緒に食べてもらった。「命令」と言ったらしぶしぶの演技後、座ってくれた。ラドに魔道具を使ってもらい続きを話した。
「やっぱりねぇ、こっちに被害のないように叩かないとな。オットーはもう利用価値ないから切られるでしょ。昼間の彼らが言ってたオジキ、モーリッツって使えそうかな?」
「使えそうです。カルミアに恨みがありそうでしたので協力させることが出来るかもしれません」
「うん。……話は変わるけど、家は用意できないかな?」
「『蛇の牙』をお使いになって結構です」
「うん、使わせてもらうよ。売ってるものも見てみたいしね。でも、そうじゃない方がいいかな。まだ、必要条件はまとまってないけど、夜遊びに出かけるのにはここは人目がありすぎてね。こっそり出かけて帰ってくるのに、そう神経を使わなくてよいとこがいいな」
「……エルク様、あまりのめりこまなければ、お止めはしません。十歳で歓楽街に出入りするのは、褒められたことではありませんが、皆無ではございません」
……ねえ、ヴィエラ、何にのめりこむって? って聞くのはセクハラか。
「別に夜遊びっていってもねぇ。どちらかと言うと訓練かな? 気配を消すとか、忍び込むとか、盗むとか、暗殺とかの。数日で人も増えるから、訓練所にもしたいかな。講義や会議、訓練したり、装備を保管したり」
「……でしたら、貴族を継ぐエルク様にふさわしいお住いですね。門と塀に囲まれ、ある程度の敷地、庭での武術訓練、大量の物資搬入や人の出入りがあってもおかしくない場所がよろしいでしょうか。……心当たりがありますので、少し席を外して指示を出してきます」
「そうしてもらえると助かるよ。……本で読んでいろんな術の知識はあるけど、実践が伴ってないからなぁ。人を殺したことはまだないんだよ」
ニコニコ笑いながら食事するエルクたちを見れば、物騒な話題とは思われなかった。
「……エルク様、あなたは一体、何者なのですか?」
戻ってきたラドが聞いてきた。
「難しい問いだねぇ。何者なんだろうね? 十歳の子供。魔術師に拾われた孤児で弟子。銅証の冒険者。貴族の跡継ぎらしい。……もし……知ったら敵同士になるかもね。今は、共通の目的に向かう味方、でいいと思う。じゃないと動けなくなる」
「……味方……」




