ベルグン22
ゴドたちが戻ってきたので、馬車でゆっくりと来た道を引き返した。
「で、狂鹿は残ってた?」
「……いや。蹄の跡だけが、ものすごい数あった。だが戦闘の跡はない。俺は年を取りすぎたのかね。そろそろ引退してギルドに職を見つけたくなったよ。『流浪の果て』で雇ってくれないかな」
「何言ってんのよ。秋にはもう一人子供が生まれるんでしょ。稼がないとだめなんでしょ?」
「だからだよ。落ち着いた生活をしないとなぁ」
帰り道はゴドの愚痴と、オルガの教えて攻撃、ダーガの私を忘れるな攻撃で、行きや魔物討伐よりも疲れた。同乗した狩人たちは寝たふりを決め込んでいた。
日が沈む前に、冒険者ギルドに帰り着いた。ギルドは人が多く、ざわついていた。エルクたちが入るとざわめきは一層大きくなった。
「ゴドだ。狂鹿を討伐したってさ」
「二百もいたそうだぞ」
「ホントか、偵察に行ったのは八人だそ。二百を倒せるか」
「真夜中に出て、一日だぞ。ほとんど逃げられたんじゃないのか」
「残りを討伐するのに駆り出されそうだな」
「ああ、準備したんだ、そうでないと困る」
ラドが、茶色のスカート姿の若い女性を後ろに従えて、エルクたちを待っていた。
「エルク様、お帰りなさいませ。皆様、お帰りなさいませ。ご無事な姿を見て安心いたしました」
「ラドさん、ただいま」
「エルク様、どうぞ、ラドとお呼びください」
「はぁ。ラド、でいい?」
「はい、エルク様。これはヴィエラです。エルク様のメイドを務めます」
「エルク様、ヴィエラでございます」
「エルクだよ、よろしくね。はぁ、メイドまでか」
入り口で待っていた職員に連れられて、二階に上がり一番奥の部屋に通された。
大きなテーブルと椅子があり会議をする部屋らしい。ラドもついてきて職員と何事か話して、ヴィエラと出ていった。
座って待っていると、今朝階段で指示を出していた白髪の男性がロッテと一緒に入ってきた。今朝見たときよりも顔色が悪く、目の下に隈ができていた。
「ゴド、ご苦労だった。ドニから報告は受けたが詳しく聞こう」
「ああ、南に四時間ほど行った盆地でドニたちが狂鹿を発見。数は二百六十三頭。隘路で十頭、盆地で残りを討伐。一頭も残っていない」
「ドニの報告と同じだな。死体をそのままにしては問題がある。死体処理の部隊を編成しよう」
話の途中で、ラドとヴィエラが入ってきて、エールを給仕したが、エルク以外は気に留めなかった。ラドとヴィエラはそのままエルクの背後に控えた。
「いや、それには及ばない。全部持って帰ってきた」
「……どうやって?」
「エルク、説明してやってくれ」
「……あの人、だれ?」
隣に座っているダーガに聞いた。
「あ、あの方はギルド長です。ギルド長のホルガー様です」
「ふーん、そうなの。ふーん、偉い人なんだろうねぇ」
エルクは立ち上がると右手を胸に左手を脇に広げ、優雅に一礼した。
「ただいまご紹介に預かりました、銅証冒険者のエルクと申します。以後お見知りおきを」
ホルガーが、エルクとその後ろに立つ二人の見知らぬ人間に気がつき、慌てて立ち上がった。
「冒険者ギルド、ギルド長を務めます、ホルガーです」
つられて挨拶をしたホルガーは、にっこり笑うエルク見て呆然としていた。
「ギルド長、どうぞお席に」
そう言ってアイテムパックを背中からテーブルの上に置いた。
「これは、アイテムパック。この中に二百六十三頭の狂鹿を入れて運んできた。全部出せと言われてもこの部屋からあふれるしね。ああ、焼け焦げた頭だけなら一つ出せるかなぁ」
ドンッと音を立て、テーブルに狂鹿の頭を出した。毛と肉の焦げる匂いが部屋に充満した。
「頭一つでこの大きさだからねぇ。イェルドさんのとこにも入り切らないよ」
「これは、狂鹿なのか? 大きすぎないか?」
「ギルド長、俺が見てきた狂鹿の三倍以上あるんだ。こんなのが二百以上。南の集落が襲われたのだとしたら、全滅していてもおかしくない。生き残りを探しに行く必要がある」
「これが、二百……。ベルグン伯の方で情報収集の部隊を出しているが、追加を出してもらう。……これが、ベルグンの街まで来ていたら」
「ああ、酷いことになっていたろう。馬車を飛ばして四時間の距離だ。この前の灰色狼といい、何かが起こってるのかもしれない」
「うむ、ベルグン伯領全体と王都にも知らせを出そう。冒険者ギルドの各支部にも警報を出しておく。私はベルグン伯のところへ行く、ロッテ、後を頼む」
そう言い置き、ギルド長は急ぎ足で、部屋を出ていった。
ロッテがこちらを見て目を見開いていた。
「エルク、あなた貴族だったの……あ、いえ、貴族でいらしたんですか」
「ロッテさん、貴族じゃないですよ。ラドとヴィエラは押しかけ執事とメイドさん。僕のことを自分の主人の子といって聞かないんだ」
「エルク様、あなた様は確かにお世継ぎでございます」
「ね。それよりロッテさん、狂鹿をどう処理しようか? イェルドさんのところにも入らないと思うよ。他に倉庫があればだけど」
「……まずは討伐数の確認。あとは解体ですが、ギルドの職員だけでは……手配しないと。……魔石と毛皮と肉……角……市場が暴落しかね……商業ギルドにれんらく……」
「ロッテさん、討伐数の確認から一つずついきましょう。パックに入れておけば鮮度は落ちないから。ただ訓練場じゃなければ全部を出して数えられないし、今日はもう時間もないでしょ?」
「そ、そうね。明日の朝、また集合でいいかしら?」
ゴドたちも了承し、解散となった。
階段を降りていく途中で、冒険者たちから声がかかった。
「討伐に何人必要だ、ゴド!」
「あ、ああ、みんな聞いてくれ。狂鹿はすべて討伐された。必要なのは後処理だけだ」
「だが、二百以上だろ、一日で討伐できるわけないだろう! 被害が出てからでは遅いんだぞ!」
「……昨日、訓練場でエルクが魔法を使うのを見た者はいないか? あそこに居合わせた者は?」
何人かの手が挙がる。
「見た者なら納得するだろう。エルクが一人ですべて討伐した」
「……エルクってだれだ?」
「あれかぁ。あれで二百以上もか。あれならありえるか」
「一人でって。ふざけてんのか、ゴド!」
「俺たちは、寝ずにでかけて行って疲れてるんだ。さっき手を上げたやつ、みんなに説明してやってくれ。頼む。俺たちは帰る」
「まておい」
「よし説明してやるぞ。昨日訓練場で何があったか、エルクとは誰か、狂鹿を倒せるのかをな。だからゴドたちは帰してやれ」
冒険者ギルドを出て、明日の集合を約束して解散した。
宿に戻り、ヴィエラの部屋をお願いするとラドの部屋から離れたところしか空いていなかった。明日にはエルクの隣が出立するので空いたら替えてくれることになった。
食堂と部屋の前で二人とお約束の小芝居をして、部屋で一人になれた。
宝物庫にクラレンスからの報告書が入っていた。
魔王国内の魔物に特に異常なことは起きていない。
また、魔族についての報告もあった。
魔王国ではドワーフが中心となって魔力鉱を産出し、各国に輸出。そのために魔族の商人が外と行き来し、他の国で暮らすものもいる。魔王が倒された時に魔王国から出奔した部族も幾つかあったらしい。
両件とも、調査は続行すると結んでいた。
ノックがあったので報告書をしまい、出てみるとヴィエラが盆にコップを載せて立っていた。
「宿から新鮮な牛乳を分けていただきました。温めてありますのよくお休みになれると思います」
「ああ、ありがとう。テーブルの上に置いて」
コップをテーブルの上に置いた後でヴィエラが聞いてきた。
「エルク様、汚れ物などありましたら洗濯をしておきます」
「ああ、洗濯ね。魔法で汚れを落としてるから、大丈夫だよ。ありがとう。……ねぇ、ヴィエラ」
「はい、なんでしょう?」
「ベルグンに来てから、僕にちょっかいを出してきそうなチンピラやスリなんかの排除、ありがとう。指示が出ているかもしれないけど、ラドとの作戦があるから、もう排除しなくていいからね」
「はい、そう指示されております。……お気づきとは思いませんでした」
「いやー。美人さんは気になるからねぇー。じゃあおやすみ」
ヴィエラは黒髪、緑の眼でかなりの美人だ。地味な服装で、ラドと同じく人目を引かず、周りに溶け込む術を知っているのだろう。
「ゆっくりとおやすみくださいませ」




