ベルグン20
工房や商店、市場など街なかを散策して「宵の窓辺」に戻った。風呂を済ませ、着替えて食堂にいった。
「ハイディ、エールをもらえる?」
「はい、夕食はすぐにお持ちしますか?」
「うーん、いや、なにか簡単なものをもらってからにするよ」
「では、羊肉の串焼きが今夜のおすすめです」
「うん、それで。夕食は声をかけるよ」
羊肉を頬張りながら、今日のオルガとのことを思い返した。
……魔術師の資格か。オルガの弟子になれば資格が取れるかな。いや資格よりも狂乱の魔法について学べるかな。
食堂の入り口に御者が来ているのに気がついた。店内を見回しているので、立ち上がって手を挙げると、こちらに近づいてきた。
「こんばんは、どうぞ」
「こんばんは、エルクさん、では失礼します」
「飲み物は何にします? この羊肉も美味しいですよ」
「では、エルクさんと同じもので」
ハイディに注文して、フラゼッタ王国への旅の用意などについて質問した。
「いえ、私はジュスト様とご一緒しません。その件についてお話があるのです」
ハイディが飲み物と料理を置いて席を離れると、御者は懐からエルクにだけ見えるように、こぶし大で灰色の石を少しだけ覗かせた。
「これは、周りに声が聞こえないようにする魔道具です。使ってもよろしいでしょうか?」
「ええ、かまわないよ。面白い道具だね」
「少し内密のお話なので」
御者は何度か握る方向を変えて石を握り、懐にしまった。
「作動させました。私はジュストさんについていかないと申し上げましたが、新たな仕事を依頼されました。この件をエルクさんにお話する許可を得ています」
「そう」
「私はオットーを罪人として捕らえさせ、商会から追放できるよう証拠を集める仕事を依頼されて御者をしていました。商会から追放は出来ましたが、罪人として捕まえられませんでした。ジュスト様はきっかけとなったエルク様がオットーに付け狙われるのではと心配して、私にエルクさんの護衛を依頼されました」
「……オットーってそれほど危険なの?」
「いえ、本人はそれほどでもありません。アイテムパックを狙わせたやり方はオットーらしくないミスですが。裏の組織とつながってジュスト商会の利益を吸い上げていました。どうやら領主の近くまでつながっているようです」
「……で、僕はまだ餌として使いようがあるから、釣りを続けたいと?」
「はい。申し遅れました、私はラドミールと申します。ラドとお呼びください」
「うん。ラド、この間の六人も一緒? ああ、でもあの六人で全部とは限らないか」
「はい、必要なだけの人間を使いますので」
「そう。で、僕は餌として十分ってことか」
エルクはラドを見つめてエールを飲み干し、ハイディにおかわりを頼んだ。
「へぇ、こんな時は魔力の流れで聞こえるようにも出来るんだ。便利だねぇ」
ラドが軽くうなずいた。
「どんな結果が欲しいのかな?」
「オットーを捕まえることです」
「それならラド一人でも十分なんじゃないの?」
「はい。オットーの裏組織とのつながりを領主に報告すれば、ジュスト様の当初のご依頼は果たせます。ですが、エルク様を護衛するという依頼は果たせません。その上を捕まえないことにはエルク様を狙うでしょう」
「捕まえるねぇ」
「……罪人として領主が裁定出来るようにすることを、ジュスト様は望まれました」
……甘くない? 実はその領主が一番悪いってことない? ここの法律をわかってないからなぁ。どんな罪を犯しているのか。殺人、詐欺、強奪、贈賄、人身売買……。
「あ、ここには、この街には奴隷っているの?」
「はい、借金の払えないものや犯罪者は奴隷にされる罰があります。……さらわれて売られてくる者もいます」
「殺人、詐欺、強奪は違法?」
「違法です」
「贈賄、奴隷売買は?」
「違法ではありません」
「裁判って誰がするの?」
「領主、領主に任命された代官、領国軍、領都警備隊などが裁判を行います」
「で、公平に機能してるの?」
「……いえ、力のあるものは裁かれません」
「だよねぇ。ねえ、その組織って改心して、いい人間になる可能性はあるの?」
「……いえ、ないでしょう。やっていることが目を背けたくなるようなことです。お互いに監視し合っています。仕事を拒否したり、組織を抜けたりすることは、裏切りとして仲間に処分されるでしょう」
「犯罪者の主な罰はどんなもの?」
「殺人、詐欺は街なかに晒した後死刑、盗みであれば奴隷が基本です。利益を考えて死刑が奴隷の罰になることは多いです」
「領主家は……二人の息子、どちらに後を継がせるかでもめているところです。裏の組織がそこに入り込んでいます」
「後継者争いか。息子は二人だけ?」
「フラゼッタ王国の学院にいっている三男がいますが、この街には長男と次男がいます」
「領主って伯爵だったよね」
……ジュストさんから教えてもらったのは、ほとんどの国が貴族制で、王、公爵、侯爵、辺境伯、伯爵、子爵、男爵、騎士。貴族じゃないけどその土地で影響力を持つ郷士が支配階級。農民は領主の持ち物。職人、商人がその下だったなぁ。伯爵ってあんまり上じゃないよね。
「ねぇ、ジュストさんは別の国の商人だよね。ジュストさんにとってベルグン伯爵はそんなに大事なの?」
「……ノルフェ王国を通る魔力鉱貿易路は重要です。砂漠と荒れ地を越えてフラゼッタ王国にいくものよりずっと大きな利益が出ます。魔力鉱を取り扱うジュスト様にとってベルグン伯爵領の安定は必要なことなのです」
「なるほど。……これから言うことの認識が違ってたらそう言ってくれない?」
「はい」
「ベルグンを通る貿易路が安定すればジュストさんの目的は果たせる。さて、ベルグン伯爵は所詮は『伯爵』。王族とは違って継承派閥と言っても、たかだか数人が争うような小さな継承問題。領国軍も巡検合わせていても、百名前後。その他、もろもろ役人が百名。裏の組織や犯罪にかかわる者が千名ぐらいかな?」
「……そうですね、そのぐらいかと」
「でだ。規模が小さすぎだね。領主なんていなくなっても、王都から次が来て安定すればいいんじゃないの? と、しがらみのない人間は考える」
ラドがなにか言いたそうにしたが、手を上げて止める。
「その裏組織を潰したら、任せられる手下がいなくなって終了にならない?」
「……そうですね。裏の組織カルミアが潰れれば……」
「カルミアっていうんだ。数十人、いや主要な者は数人かな。それにいなくなってもらえば貿易路を乱すのがいなくなる……はっきり言ってジュストさんの利益を取られなければそれでいい。でも、ラドはジュストさんの命令の範囲でしか動けないと。ふむふむ」
「……私は、少し、ジュスト様に雇われた期間が長すぎたかもしれません。大きな商人は体面が綺麗でなければ受け入れられません。それに慣れてしまったのかもしれません」
「オットーがやってることが普通の商人なんだね」
「ええ、そうとも言えるでしょう」
「じゃ、カルミアを潰そう」
「で、餌になるとして、僕の利益は?」
「私どもが護衛をいたします。費用はジュスト様が負担します」
「でも、訓練場を覗いていてわかったでしょ? 僕は護衛なしでも困らない。それが利益として釣り合いが取れてると思う?」
「いいえ、思いません。ジュスト様は取れているとお考えですが、私はそう思っていません。裏の組織の財産を手に入れられる可能性は非常に高いです」
「……お金ね。取らぬなんとかだし、田舎の組織だから財産ってほどじゃないでしょ? だめだね。そんな不確かなものでは足りない」
「……ベルグン上層部、ベルグン伯とのつながりではいかがでしょう?」
「たかが地方の領主とのつながりを、ありがたがれ、と?」
「……お金、裏の組織、大商人、貴族とのつながり、どれもお気に」
「ラド、ラド。僕の欲しい物、わかってるんでしょ?」
ラドは目を閉じてつぶやいた。
「……それほど自惚れが強いとは思ってはいませんでしたが……私でしょうか?」
エルクはにっこり笑って、フォークに差した羊肉を頬張った。飲み込んでエールで口をすすぎ、ラドに笑いかけた。
「おつりがくるよ」
「ラド、僕の欲しいのは、君のノウハ……、密偵としての知識だよ。その分の報酬は払うよ。まあ、お互い出会ってまだわずかだ。信頼や信用なんて言葉が出てくるほど一緒に過ごしてない」
「……はい」
……ラドミールの魔力はクラレンスの魔力によく似ているんだよね。もしかしたら?
「……ラド、いや、ラドミール。これはぶしつけな質問かもしれないけど……魔族なの?」
ラドミールが、エールを飲み干してエルクに眼をすえた。
「……ええ、魔族です。指摘されたのは、エルクさんが初めてです」
「魔族は虐げられてる? 嫌な目にあってる? 差別されてる?」
「……いいえ。ただ……嫌う方もいます。ほとんどの魔族は人間と同じ生活をしています。……あの方が復活された時はひどい……」
最後の言葉は、エルクでなければ聞こえなかった。
「今、私がこの場で承諾しても、全幅の信頼を受けられないと思います。お返事は猶予をください」
「……密偵なのに正直だね。いや、まあ、そんな方法もあるか。でも間違ってない? 密偵に全幅の信頼をおくなんて。ふふ、考慮してもらえるだけでもありがたいよ」
「……エルクさんは十歳とお伺いしましたが、一体どんな経験を……」
「ん? さぁ、どんな経験かねぇ……。で、段取りは?」
「エルクさんがベルグンをお立ちになるまでは、私がご一緒させていただきます。部下はカルミアを探り、上層部を洗い出しています」
「……まだるっこしいね」
「……」
「で、僕はなるべく派手に動いて、彼らが食指を動かすのを待つと。ラドと僕の関係はどんな設定?」
「常に一緒にいてもおかしくない関係、エルクさんの執事では? 実はエルクさんは、ある国の貴族の御曹司、実家からのお目付け役、では? 本当のご身分がそうではないかとお見受けしているのですが」
「ふーん。……孤児で森の魔術師に拾われ育てられたんだけどね」
……実は政敵から逃れるために預けられた異国の王族の子、帰還を望む者がラドを寄越した、ならつじつまは合うか? 魔王国から来てくれる人にも使える設定かな。
「それでいくかなぁ」
「はい」
「ラド、ジュストさんの御者と僕の執事が同一人物ってのは、おかしくない?」
「はい、おかしいですね。ご安心を。この食堂では御者ですが……」
そう言ってラドは両手で顔を覆った。
「……こちらがエルク様の執事です」
両手をどけると、別人がいた。
「別人……声も? いや、似ているが別人……」
「はい、声の出し方、眼の開き方、視線の向け方、口の開け方などで、別人になります。御者と執事は全く違う人間として存在しているのです」
「凄い、面白いねぇ。やっぱりおつりがくるよ」
「ありがとうございます」
「で、僕は高貴な出であることに確信がなくて、ラドを迷惑に思い、それでもつきまとう執事ってことで」
「はい、かしこまりました」
「ああ、そうそう、ラドたちと出会う前に知り合った人が、ベルグンに来るんだ。一緒に旅をする予定でいるんだよ」
「はい」
「……面白いことになりそうだ」
御者に戻ったラドは食堂を出ていった。
しばらくして、上等な仕立ての服を着て、執事のラドとして戻って来た。食堂の入り口でハイディと話しをして、エルクの席に案内された。
エルクは改めて挨拶をして、席についてもらった。
「ハイディ、こちらの新しいお客さんに飲み物をお願い。エールでいいかな」
「いいえ、エルク坊ちゃまと同席してお酒などいただけません。水をお願いします」
「そう言わずに。ハイディ、エールね。それと美味しい料理をお願いね」
ハイディは先程の御者とは別人として、やや改まった受け答えをしていた。「宵の窓辺」の支配人と話すように。
ハイディにリリーを呼んでもらった。
「リリーさん、こっちはラドさん、僕の師匠の知人なんだ。部屋を取りたいんだけど」
「エルク坊ちゃま、どうぞラドとお呼びください。リリーさん、私はエルク坊ちゃまの執事です。使用人が泊まる部屋で坊ちゃまのお部屋に近いところをお願いします」
「ラドさん、『坊ちゃま』はやめてよ。それに執事じゃないし、使用人でもないからね。僕の部屋に近いところをお願いします」
「かしこまりました。エルク様の隣が空いておりますのでそちらをご用意いたします」
「お願いしますね」
リリーは、詳しく聞きたそうにエルクとラドを見比べ、受付に向かっていった。
「『坊ちゃま』はやりすぎ。では、よろしくね」
「はい、よろしくお願いいたします、エルク様」
食事を終えて、部屋に戻った。
ラドが鍵を開けようとしたり、「お着替えを」などと言い出したりの小芝居の後、ベッドに横になりガランに念話を送った。
『ガラン、今大丈夫?』
『はい、エルク様、大丈夫です』
『クラレンスに伝えて。魔王国以外に住む魔族について調べて、報告書を出すようにと』
『かしこまりました』




