ベルグン18
朝食を済ませて、ジュスト商会に行った。
「おはよう、マイヤ」
「あら、おはよう、エルク。まあきれいな服着て、やっぱりいいとこの子だね、よく似合うよ」
「ありがとう。ヘリはいないの?」
「ああ、オッシが楽器店にいくからトピと一緒についていったの。あの子にも新しい楽器を買ってあげたいからね。いつまでもお古じゃ上手くならないのよ」
「そうか、これ、旅の時のお礼だよ。ヘリにもあるんだけど、どうしようかな?」
「おや、そんな気を使わなくてもいいのに。あたしらこそ命を救ってもらったお礼をしなきゃいけないのに」
「ううん、それは美味しい料理といろいろ教えてもらったことで十分」
「そんなもんで返せるようなもんじゃないよ。エルク、ヘリには直接渡してやってくるかねぇ。そのほうが喜ぶから。あたしもその時にもらうよ」
「わかった。出発する日は決まったの?」
「ああ、四日後の朝になったよ」
「そうかー。じゃあそれまでなるべく顔を出すようにするよ」
「ああ、そうしてくれるとヘリが喜ぶよ」
「じゃあ、また来るねー」
ジュストには特に用事がなかったので商館を出てギルドに向かう。後ろから、御者が追いついてきて横に並んで歩く。
「エルクさん」
エルクは振り返らずにうなずいて返事をした。
「あの者の足取りはつかめました。この街の裏とのつながり、その上もわかりました」
「うん」
「今夜、お宿にお邪魔したいのですが、よろしいでしょうか」
「ああ、かまわないよ」
「はい、では」
そう言うと離れていった。
朝食は済ませたが、匂いに誘われて、屋台のソーセージを食べる。隣の屋台が茹でたじゃがいもを鉄板で焼いているので、これも食べてみる。塩とハーブだけだが、ホクホクして美味しい。
昨日の講習で使った訓練場は自由に使えるのか聞きたくて、冒険者ギルドに来たが、ブリッタの姿は見えなかった。二階の小部屋にいるのが、探知魔法で確認できる。他の職員に聞いてみると場所を使うのは無料、的や消耗品の道具などは有料だった。訓練場にいる職員に払えばいいとのこと。
魔法は派手すぎて人目につくところで訓練できないが、昨日のダーガの動きが再現できないか練習したかった。
……ダーガに習えるなら歓迎だが、パーティには加われないな。臨時で魔物討伐を一緒にってのはどうだろう?
掲示板には目新しいものはなかった。朝のうちに目ぼしいものは誰かが受けてしまうのだろう。目立つところに冒険者への連絡事項が貼られていた。東の街道で、通常より巨大な灰色狼の群が討伐されたが、他にも異常な魔物の目撃報告があり、各々十分注意するようにという内容だった。
掲示板を見て、食堂の方に向かう。
……常時探知魔法は便利だけれど、あまりにも周りがわかりすぎるのはちょっとつまらないか。出力を下げて悪意の判別程度にしようかな。
食堂のテーブルにゴドとダーガ、昨日の豪華美人が座って話をしていた。薄めたエールを買って近寄っていくと、こちらを向いて座っていた豪華美人が気づいた。
「あら、昨日のキレイなボク! こっち来て座りなさいよ」
ゴドとダーガが同時に振り向いて声が揃った。
「「エルク!」」
にっこり笑って、近づいた。
「おはよう。お邪魔じゃない?」
「いや、いいぞ。エルク、それ銅証か? まあエルクなら当然か。昇格試験も受けられたんだな。試験官は誰だった?」
ゴドの言葉にダーガが手を挙げる。
「私だ。ゴドの弟子なのか?」
「いいや、俺の弟子になんかなってもらえるか。師匠より強い弟子なんて聞いたことない」
「だが、教わったと聞いたぞ」
「ねえ」
「簡単な初歩の初歩。それだけで、俺はエルクに一撃も入れられなかった」
「じゃあ、私が教えてもいいか。剣士志望ならうちに入ってもらって、教えてみたい」
「ねえ」
「うーん、ダーガより強いぞ」
「ねえ」
「それはわかってる。だが、エルクは技術を知らない。覚えれば、望んでいる剣士で名を成せるだろう」
「二人とも黙れ」
低くて冷えるような声が豪華美人さんから響いた。ゴドとダーガが固まって目だけで豪華美人を見た。
「……ちょっと話がおかしくない? ボク、君はエルクなの?」
エルクがコクコクとうなずく。
「五十頭の灰色狼を一瞬で倒したエルクなの?」
エルクが横にフルフルと顔を振る。
「エルクじゃないの?」
「……いえ、エルクですが、ボクが倒したのは五十じゃなくて、三十……」
豪華美人が額に手をやり、しかめっ面をする。しかめっ面も当然美しい。
「まず、あなたがゴドの言ってた、ジュスト商隊で灰色狼を倒したエルクなのよね?」
「はい」
「で、ダーガが言っていた、見習い登録から三日で銅証になった剣士志望のエルクなのよね?」
「いいえ」
「……」
「ごめん、剣士志望ってとこだけちがう」
「ゴドの話だと灰色狼は魔法で倒したのよね?」
「うん、魔法だよ」
「えっ! エルクって魔術師なの? 剣士志望じゃないの? あ、それであれか」
「ああ、それでか」
ゴドが腕組みをしてうなずいた。ダーガは肩を落とした。
「変だと思ったよ、魔法は使ってもいいが威力に気をつけろ、って条件は」
「魔法が使えなければ、灰色狼の話は信用できないとして失格にするつもりだったんだな、ギルド長のヤロー」
「……エルクは魔法が使えて剣が使えて、剣士希望じゃなくて魔術師なのね」
エルクは右手を上げて豪華美人に尋ねた。
「……あのー、一つ教えてもらいことが」
「はい、なに?」
「魔術師って、『今日から僕は魔術師』って言えば魔術師なの?」
「……正式には違うわね。魔術師の弟子になって、推薦してもらって魔術師ギルドの試験に通れば『魔術師』を名乗れるの。冒険者と同じく、この資格証を身につけて初めてそう名乗れるのよ」
そう言って胸元から小粒の魔石がついたペンダントを冒険者の銀証の上に出して見せてくれた。
「でも魔法で戦えるだけの自称『魔術師』も大抵はとがめられないわ。公の場では名乗れないけどね」
「もう一つ……。間違えていたらごめんなさい。あなたは『嵐の岩戸』のオルガさんですか?」
「あら、そうよ、オルガよ。……はぁ、名乗ってなかったわね。ゴド、紹介して」
「ああ、すまん、うっかりしていた。エルク、こいつはうちの魔術師のオルガ。オルガ、エルクだ。命を助けられた。ジャンもな。エルクには俺でも勝てんし、オルガ以上に魔法を使うぞ」
「よろしく、オルガさん」
「オルガでいいわ。エルクちゃん、よろしくね」
「剣士志望じゃない……魔術師……あの剣で……」
ダーガがつぶやいて、眼が泳いでいる。
オルガはちらりとダーガを見て首を振った。
「エルクちゃん、エルクちゃん。灰色狼はどうやって倒したの? なんて魔法? ゴドの話はよくわからなくて。おねーさんに教えてくれる?」
「いいよ、オルガの魔法を教えてくれたらね」
「……そ、そうよね。人に教えることじゃないわ。でも、でも、知りたーい! ちょっとでいいから、ね、ね」
「うーん、どうしようかなぁ。一晩お付き合いしてくれたら、考えなくもないなぁ」
「「エルク!」」
ダーガとゴドの声がそろった。オルガは真っ赤になった。
「……い、いいわ」
「「オルガ!」」
「ごめんなさい。冗談がすぎたね。狼を倒した魔法に名前があるのか、は知らないんだ。光のごく小さな矢を後ろから頭に打ち込み、頭の中で破裂させて脳を焼く、って感じかな」
「……なにそれ。そんな魔法聞いたこともない……。光の矢……火魔法では……無理? 光魔法なんて伝説よ。どんな詠唱なら可能なの? ほんとに、そういう魔法なの?……でも火の玉を圧縮して……」
「こうなったら、しばらくオルガは帰ってこない」
ゴドが頭をふってエルクを見ていった。
「ゴド、エルクはお前のパーティに入れるのか?」
「入ってほしいんだがな。正直なところ、俺たちがエルクについていけるか、わからん」
「なに!」
「本人を目の前にしてなんだが……。エルクは底がしれん。普通の子供じゃない」
「ゴド、それひどくない?」
「すまん、だが、それが正直な気持ちだ。入ってもらっても俺たちじゃおまえの邪魔になるだけだ」
「……そうなのか」
ダーガが考え込んだ目でエルクを見つめた。
……凛とした美人さんに見つめられると照れるね。
「ダーガ、剣は習いたいけど、パーティに入ることは出来ないよ。よその国にも勉強に行きたいんだ。ごめんね」
「いや、いいんだ。わかった。剣は都合がいい時に教えよう。……うちの者たちから聞いたんだが、昨日、人気の服屋にとんでもない美少女の魔術師が買い物に来たらしい。だが、その美少女は実は美少年だって。街の噂にもなってるらしい。おまえだろ?」
「……昨日服は買いに行ったなぁ」
「エルクなら、うちの連中も大歓迎だろうな」
「ほら、やっぱりダーガは女の子好きじゃないの」
いつの間にかオルガが復活していた。
「エルク、私の魔法を見せるから、君の魔法も見せてくれない? できれば狼を倒したやつ」
「おい、オルガ。手の内は見せないものじゃなかったのか」
「そうなんだけど、エルクの魔法を見せてもらえるなら、私の魔法も見せるわ、興味ない?」
「興味あるよ。どうも師匠の魔法は偏ってるらしいし、他の人の魔法は見たことないから」
オルガに魔法を見せることになったが、先ほどからこちらの話に聞き耳を立てている冒険者たちもついて来そうだ。
……かまわないけどね。
「あの子が灰色狼三十を倒したのか」
「ダーガを破って、見習い登録から三日で銅証って言ってたぞ。なんなんだ、あの子?」
「ああ、オルガさんはいつでも美しいなぁ」
「うんうん、見ているだけで幸せだ」
見物人を大勢引き連れて訓練場に来た。土壁の前に、費用はオルガ持ちで、木の杭に打ち付けられた的を二十本、用意してもらった。
「じゃ、私からね」
オルガは短杖を構え素早く詠唱すると火の玉を撃った。
ガンッ! ガンッ! ガガガガガガッ!
火の玉が飛ぶ速度は矢よりも早く、正確に的の真ん中に当たって的が爆発した。連続して撃ち、全部の的に当てて爆発させる。連射速度が速いので普通の者がかわすのは難しいだろう。
「これだけを使って魔物も倒せる、火魔法使いが最も頻繁に使う基本魔法ね。一番練習していて、自在に使いこなせれば、切り札にもなる。まあ魔力が続けばだけど」
「じゃあ次は、僕ね」
右手を顔の前にかざして詠唱のふりをする。右手を振り下ろして光の矢を撃つ。オルガが爆発させた的のすぐ下に光の筋が当たり「パチンッ!」と音を立てた。
「……初めて見る魔法だわ。爆発の威力は弱いわね」
新しい的を用意してもらっている間にオルガに解説した。
「この威力でも、急所から入って頭の中で爆発するんだ。直接脳を焼いて即死かな」
「……でも今のじゃあ狼の正面に当たることになるわね。ゴド、後ろから首筋に当たったのよね?」
「ああ、それも何匹も、同時に同じ場所にな」
オルガが、流し目で見てくる。
「エルクちゃーん。同じのを見せてほしいわ」
エルクはオルガを見返してニコリと笑った。
「的全部に撃つから見逃さないでね」
再び、詠唱のふりをして光の矢を飛ばす。エルクから真っ直ぐに的に向かう。
パンッ! パンッ! パパパパパパッ!
すべての的に当たる。
「オオー!」
見物人から声が上がる。
「さっきより速度を落としたから、見やすかったでしょ? 次はどうやって首の後に当てたかだけど、見物してるだけじゃ退屈でしょ。皆さん、的を後ろに向けるの手伝ってくれない?」
見物人の手を借り、的を後ろ向きにした。
「速度は見えるくらいにするね。いきまーす!」
再び詠唱のふりをして右手を振り下ろす。エルクから光の矢が飛び、それぞれ複雑に軌道を変えて後ろ向きの的に回り込み、連続した打撃音を上げる。
パンッ! パンッ! パパパパパパッ!
「なんだ、あれ!」
「……なに、今の? 光が曲がった?」
「すご。あれって、隠れてるやつにも攻撃できるってことか!」
オルガは真剣な顔で的を見つめてつぶやいた。
「速度も、軌道も、当てる位置も自由にできる……。エルク、威力も?」
エルクは再びニコリと笑うと右手をかざした。
……うーん、一度言ってみたかったセリフがあるんだよね。
「薙ぎ払え!」
詠唱のふりの後、その言葉と同時に、複雑な軌道を描いた光の矢が、左端の的から順番に当たる。
ドンッ! ドンッ! ドドドドドドッーンッ!
当たった的から上に向かって炎を上げて爆発し、右に向かう。衝撃が見物人をよろめかせた。
炎が消えると、的も木の杭も燃え尽き、地面には熱を放ち赤く溶けた筋状の跡だけが残された。
ゴド、ダーガ、見物人も言葉を無くし、唖然と溶けた跡を見ていた。
……やりすぎたかね。ま、やってしまったものは仕方がない。
「どう?」
オルガに問うと、黙って溶けた跡まで行った。
「エルク!」
オルガが呼ぶので横に立つと小声で聞かれた。
「……無詠唱だね」
……見抜かれてしまった。なんとなく予感はしてた、仕方がない。
「わかった?」
「詠唱はきちんとした呪文で……おまけに杖も使っていない」
「へー、そうなんだ。そういうの知らなくてね、勉強したいんだよねぇ」
オルガがエルクの顔を覗き込んだ。
「面白いなぁ。面白いよ、エルク」
「そお? お気に召してもらえてうれしいよ」
「エルク、惚れたよ! 結婚しよー!」
オルガがエルクに抱きついた。
オルガの大声に、全員が声をそろえた。
「「「ええっー!」」」
ゴドもダーガも見学者も巻き込んで、大騒ぎになった。




