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旧)黒きエルク  作者: ヘアズイヤー
継承する者
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遭遇3


 エルクが生きた世界でも人々は苦しんでいた。戦争が、病気が、偏見と差別、理不尽があった。思い出したかのように寄付などしたが、自分から積極的に何かをしたことはない。

 妻は突然の事故、自分のがんがわかった時には末期だったので、生きることをあきらめてしまった。


 誰かのために、本気で何かをしたいと思ったことなどなかった。



「すべてがルキフェさんのせいなのかどうか釈然としない……。どうすれば繰り返しを断ち切れるのでしょう? 私が協力できることは何でしょう?」


 コーヒーをカップに注ぎルキフェと向き合った。


「ずっと解決方法を探してきました。いつからか行き交う魂を呼び止め記憶を覗くことができるようになりました。いい方法はないかと多くの記憶を覗き、他の世界の言葉や知識を知りました。狂乱しない方法、魔族を幸せにする方法。しかし、復活する場所は必ず魔王城で、復活と同時に狂乱した。自分だけでは止められないのです」


「そこで他の魂に助けを求めたと」

「ええ。しかし、魔王であることを告げるとすべてまともに聞いてもらえませんでした。最初は話をするどころか、皆さん私の姿を見ただけで泣き叫び拒否されました。そこであらかじめ覗いた記憶を基に、受け入れてもらいやすい姿になって話しました」

「それがシロ丸か」

「はい。ですが今度は協力してほしいと頼むと別の問題が起こりました。ほとんどの魂に天国に行くための試練と思われて逃げられました」


 ……ここから逃げることってできるのか。


「話を聞いてくれそうな方もいましたが、暗い欲望を満たせると、ほくそ笑む方でした。エルクさんからはそんな欲望を感じとれません。その方に、いっそ魔王を押し付けようかとも思いましたが、誰かを代わりにして不幸にする。魔族を幸せにもできない。なんの解決にもならないことはわかっていたので、できませんでした。ここまで話しを聞いていただけて、記憶をお見せしたのはエルクさんが初めてです」

 ルキフェはコーヒーを一口舐めほろ苦く笑ったように見えた。


 ……シロ丸の姿が私に合わせた姿なら、本当はどんな姿をしているのだろう? 気になる。見るだけで泣き叫んでしまうという魔王の本当の姿だ。イケメンの優男はよくあるけど泣き叫ぶ感じじゃない。映画なら燃える大きな眼だったり、兜の中は闇だったり。具体的なその姿には興味がある。



……見たいような見たくないような。夜に一人でおトイレいけなくなりそうな。あ、死んでるから関係ないか。



「もしも、もしもですが、今、本当のお姿を見せてもらったら、立ち直れないほどの傷を魂に負うとか、マイナスになることがあるのでしょうか?」

「多くの魂が精神に傷を負った状態になりました。いくつかの癒しで、ここでのことを消去しました。その後、輪廻転生を追えるだけ追った限りでは、影響が見られないようです。絶対に影響がないとは断言できませんが」

 そう言うとうつむいてしまった猫のルキフェをしばらく見つめた。


 ……本当の姿を見てしまったことでPTSDにならないといいな。



 ……見せてもらった記憶も嘘のようには思えない。こちらに対する悪意を感じられなかった。もしあれが作り物としたら相当なスキルが必要じゃないか。



 ……協力を断るのは簡単だ。知ったことではないと輪廻転生すれば良さそうだ。新しい生を生きていけるらしいし。



 ……でもどうだろう、本当にそれでいいのか? いままでと全く違う知識を得られるのなら、本のネタになるのなら思い切ってみるか、どうするか。どちらにしても本当の姿を見ないでこれ以上は話を続けられないか。


「……では、ルキフェさんの本当のお姿を見せてください。あ、いきなりドーンと見せられたら多分耐えられないので、ゆっくりと変身するとかでお願いします」

「…………そうですね。偽った姿では納得してはもらえないでしょうね。ではゆっくりと……」


 ルキフェの体から黒い靄のようなものが立ち上り始めた。黒い靄は瘴気と言われる物か、見るだけで鳥肌が立ち、体中から汗が吹き出してきた。

 靄はルキフェを包んだままゆっくりと大きさを増し、周りは光が吸い取られたように暗くなってきた。

 ルキフェの体も黒くなり見上げるほどに膨らんだ。


 頭部には複数の目ができ、巨大なデコボコした角や触手が生える。背中から粘液の滴る薄い翼のようなものが大きく広がり、体中には小さな突起物があり、細かく蠢く。

 ひときわ大きな対の眼は赤く、紅く、黒く、暗く、光り、尽きせぬ渇望と殺意が放たれる。


 テラテラとぬめり脈動を繰り返す触手と角、体。血と体液と内蔵の匂いが漂う。動くたびに湿ったヌチャヌチャとした音がする。

 逃げ出したくとも逃げ出せない。恐怖にソファの肘掛けを両手で握りしめたまま動けない。

 その姿のあまりのおぞましさに肉体のない精神体のはずがカタカタと震えが止まらない。涙、鼻水、涎、失禁、射精、脱糞した。

 殺される、喰われる、死んでしまう、終わらない痛みが来る、という恐怖に押し潰される。



 最悪なのはその姿に魅せられた自分がいること。

 蛆の蠢きに目が離せず見つめてしまうような、暗い快感がある。

 そんな自分の心に更に恐怖する。目を閉じることも、顔を背けることも手で覆うこともできない。まとう瘴気が、黒い後光に見えてくる。



 ああ、でも、これほどまでに圧倒的な恐怖の存在なのに、生きることに疲れ、哀しみに絶望した瞳のシロ丸がその体と重なる。

 その瞳に深い叡智と絶望と助けを求める願いが見える。


 記憶を見るために魂がつながったせいか、シロ丸の感情が入ってくる。哀憐を感じる。自分を貪ろうとする存在と自分とを同一視してしまう。同情してしまう。




 ルキフェは元の白い猫に戻っていた。目を背け、うつむいたままでいる。


 自分の体を見下ろすと失禁も脱糞などの跡はない。清々しい風を感じ、涼しげな鳥の声が聞こえる。


「……ああ……、すごい。これほどとは……」

 なんとか声を出したが、かすれていた。ピクリと動いたルキフェは顔を上げこちらを向いた。


「エルクさん、体は汚れる前の状態に設定し直しましたが、なぜかエルクさんの涙を止められません」

 そう言われて顔を触ってみると涙が流れていた。

 ゴシゴシと顔をこすった後で、冷たい水を、と声に出さずに望むと手の中に水滴のついたガラスのコップが現れた。

 中身を一気に飲み干し大きく息を吐いて、ルキフェを見つめて言った。


「あのお姿を見た人間は、多くが狂うでしょう。私はよくも狂わなかったものです。いや、狂ったのかな。本当に神を見たら同じ様に狂うのか。私の世界では魔王は神の使いが堕ちたもの、とされてることが多い。だがそれはある宗教内だけ。別の宗教では悪神が行いを変えて、善き神になる……」

 早口で独り言のようにしゃべるエルクを、ルキフェは見つめた。

 その目を見つめ返した。


 心は決まっていた。


「私にできることなら協力します」

「……ありがとうございます」

 ルキフェは驚いたようにそう言って頭を下げた。しっぽが左右に勢いよく振られていた。


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