ベルグン17
食堂には数組の客がいた。
依頼を終えたらしき冒険者がエールを飲んでいる。給仕はおらず、注文カウンターで注文して支払い、飲み物、食べ物を受け取り、終わったら下げ口に持っていくようだ。
飲み物は、エール以外には水か、水で薄めたエールしかない。
エールと茹でた豚肉を持って、隅のテーブルに座った。エールも豚肉も量が多くまずくはないが、「宵の窓辺」とは比べようもない。
しばらくもしゃもしゃ食べ、ちびちびエールを飲んでいるとダーガがやってきた。
知り合いが多いらしくあちらこちらから声をかけられている。エールを受け取って周りを見回し、こちらに近づいてきた。
「エルク」
呼びかけて向かいの席に座った。
「早速だが、ゴドに剣を習っているってのは、ゴドのパーティってことなのか?」
「いいえ、僕はどこのパーティにも入っていないよ。ゴドが剣を教えてくれたのは旅で一緒になり、夕食後の腹ごなしです」
「……では、全くの素人に負けたわけか」
「ああ、でもダーガは本気じゃなかったでしょ?」
「それはお前も同じだろう? 汗一つかかず、息も乱れなかった」
「まあね」
ダーガは身を乗りだして出してきた。
「どうだろう? うちは女性だけの『海風』っていう銀証パーティなんだ。参加資格は女性だけなんだが、お前なら女の子みたいだし他の者も認めるだろう。私のところで剣を習う気はないか? 剣士を目指すなら技術を教わったほうがいいし、うちに来ればホームに住めて宿代も、食事代もかからん。洗濯も心配いらん。それに討伐の荷運びも私がする、だから」
「うーん。魅力的なお話だねぇ」
……こんな美人なおねーさんが焦った顔で誘ってくれるのはうれしい。さっきの試合で技術不足はよくわかったしね。「女の子みたいだから」か。女の子に変装するのはいい手かもしれない。
こちらに近づいてくる女性がいる。ダーガの後ろから、声をかけてきた。
「あらぁー? ダーガ、可愛い子連れてるじゃない。またパーティに恋人入れるの? ん? んん? ……男の子? あなたが連れてるから女の子だと思ったのに。男の子よねぇ?」
ダーガはかけられた声に、大きくため息をつくと振り返りもせずに言った。
「いい加減にしろ、お前のせいで男嫌いって噂が立ってんだ」
「あら、いいじゃない? 男嫌いで女の子好きはほんとでしょ?」
「私は男が嫌いじゃない。周りの男が好みじゃないだけだ。エルクのようないい男がいれば結婚も……」
ダーガをからかっている女性は栗色の髪、少し変わった緑の眼、ふっくらした唇。茶系の貫頭衣にズボン、膝までのブーツ。腰に締めたベルトの正面に魔石か宝石がついた棒を差し、両腰に短剣、跳ね上げたローブには刺繍で装飾がされている。
……魔術師かな、凄いスタイルの豪華な美女だ。
「でも、この子ホントにきれいな顔ねぇ。ねえねえ、ボク、いかついダーガよりおねーさんの方が優しくしてあげるわよ」
「誰がいかつい! かまうな。大事な話をしてるんだ、あっちに行ってろ」
「冷たのねぇ。ボク、向こうでお話しない? おねーさんと二人で」
「この色気と言葉にだまされるなよ。こいつは武闘派で、身持ちが硬い。言い寄る男に笑顔で短剣を刺すのが好きときた」
「もうー。せっかく楽しくからかってるのに。しかたない、また今度飲もうね」
そう言うと離れていった。ダーガが頭を抑えてぼそっとつぶやいた。
「本性はいいやつなんだが……」
……確かに、ダーガはからかうと面白そうだ。
「さっきの話は前向きに検討します、でもいい?」
「ああ、会ったばかりなのに、急な話をしてしまってすまない。だが、今後エルクにはパーティ加入の誘いが殺到するだろう。取られると悔しいからな」
「……殺到か。うーん、まあなんとかなるさ」
その後、剣技についての話を聞いているところにブリッタがやってきた。
「ダーガさん、試験官ありがとうございました。エルクくん、銅証を作るので向こうまでお願いします」
「はーい。ダーガ、ありがと、またね。あ、返事は次に会ったときにね」
「ああ、うちのパーティのホームは受付で教えてもらってくれ。ブリッタ、エルクにならホームを教えていいから、たのむ」
「はい、わかりました。失礼します、ダーガさん。では、あちらに」
二階の小部屋に入るとブリッタが笑顔で服を褒めてくれた。
「綺麗でお洒落なシャツ……でもあのお店にあったかしら」
「ああ、教えてもらった男性向けに行ったら、隣に案内されて買ったんだよ。魔術師風の服って言ったら……着せかえ人形にされた……」
「ふふ、エルクくんならあそこに行けばそうされますね。常連さんたちでしょ? それがあの店の人気の秘密でもあるんです。……え、まって、その服で講習と模擬試合を? 汚れなかった?」
「大丈夫、僕も汚したくなかったから、注意してたよ」
「そうね、大丈夫みたいね。コホン、では手続きを始めましょう」
用意されていた魔道具の黒い厚板に手を置いたが、結果は変わらない。ため息をついたブリッタが手動で銅証の銅証を作ってくれた。
「魔力は五十にと、ロッテから指示を受けてます。これでエルクくんは銅証です。もう『くん』はまずいわね。これからは改めます」
ブリッタから赤みの強い銅色の証を受け取り、木証を返却した。
「エルクさん、これで口座が開けます。口座の維持費に一年で小銀貨五枚かかるけど、灰色狼の代金も入るから作っておくことをお勧めします。どこの国の冒険者ギルドでも出し入れ可能です。ただし、全部のギルドに入出金が反映されるのは十日から十五日程かかりますのでご注意を。口座を作るこの街では入金がその場で反映します」
……それって全銀協手順? 大規模なシステムで管理する案件だよね。端末は高性能WS? 魔法だろうけど、どんな魔法なんだ。
「作るよ。灰色狼の金もそこにお願いね」
「はい了解しました。ではこちらの羊皮紙に記入していただいて、預けるお金をお願いします。灰色狼の預り証は入金と交換になりますので、もうしばらくお持ちください」
「はーい。あ、そうそう。これ、これまでのお礼です。ありがとうございます」
パックから巾着袋を取り出してブリッタに渡した。
「まあ! これを? これってあのお店の巾着袋。ずっと欲しかったけど人気でなかなか手に入らなくて、もらってもいいの?」
「もちろん。じゃあ口座にはこれだけ入れてください」
宿にあと十日ほど泊まることにしたので、その分を除いてブリッタに渡した。
宿に戻ると服が届いていた。受付にいた支配人に延泊の件を話した。
「はい、大丈夫です。では十日ですね」
「お願いします。飲食代の精算もお願いします。それと今の時期は宿が一杯になることはあるの?」
「いえ、この時期は満室になることは滅多にございません」
「そう。確定じゃないけど、知り合いが来るかもしれません。決まったら相談しますね」
「かしこまりました。エルク様。銅証昇格おめでとうございます」
「ああ、銅証か。ありがとう」
「しかしながら、一昨日冒険者登録をして今日には銅証、感服いたしました」
「ははは」
夕食時にリリーとハイディに巾着袋を贈った。リリーは銅証昇格祝に追加で料理を出してくれた。




