ベルグン16
日の出とともに起き出し、日の入りとともに寝る。この街に限らず、明かりを得るのに金がかかるのでそういう生活になる。
豆と干し肉を使ったシチューと柔らかいパンの朝食をとっていると、鐘の音が聞こえてきた。一昨日から聞こえていたが、特に気にしてなかった。
……時間を教える鐘だろうか。領主館の方から聞こえてくるな。
「ねえ、ハイディ、さっきの鐘の音はなに?」
「鐘の音? ああ、時の鐘ですね。領主様にお使えする方たちに時間を知らせる鐘です。日の出と昼、日の入り前に鳴らしています」
「じゃあ、昼って鐘が鳴ったら昼?」
「ええ、そうです」
「そうか、アバウトに昼頃に、とかじゃあ約束が出来ないか」
「あば……? 昼にと約束したら、鐘が昼になりますね」
「ありがとう、ハイディ」
買い物のために宿を出ると、もう街は人で活気づいている。
昨日ブリッタが教えてくれたあたりの店を覗きながら歩いた。ガラス窓はどの店にもない。広い通りに面した店は何を売っているのか表からはわからなかった。
細めの道沿いには布や衣服を吊るして売っている店が並ぶ。さらに奥には、日よけのある露天の市場のようになっていて、最奥は地面の布に置いただけの露店と続く。値段帯に合わせた売り方のようだ。何本か通りを見て回ったが同じようなものだ。
南に行くと木製品の通り、その先は金属製品だった。
服屋の通りに戻り、品物を見ていくと多くが中古らしかった。表通りに近い店で、ブリッタの言っていたお店の隣に入ってみる。
男性向けらしいが、どの服も大きく、種類が少ない。
……隣の女性向けのほうが店は大きいから、種類も多いだろうか。
男性経営者か店員らしき人に聞いてみた。
「こんにちは。僕が着れる大きさの服ってありますか?」
「いらっしゃいませ。はい、いくつかございます。失礼ですが、ご予算はいかほどでしょう? こちらのシャツなどは大銀貨一枚ほどになりますが、ご予算に合いますでしょうか?」
……こっちを木証と見て確認してきたね。でも、おまえには無理だから出ていけって言われるよりは感じがいいね。
「うーん、今日は一通りそろえて、小金貨数枚と思っているんだけど」
……ホッとした顔をしないところも好感度が上がるね。
「かしこまりました。では、こちらへどうぞ」
店の奥に通され、並んでいる服は中古を仕立て直したものらしい。
……清潔だが新品はないのだろうか。
「あいすいません。お客様に合う大きさはこちらの仕立て直しになってしまいます」
「そう、新品はないのかな?」
「ええ、育ち盛りの方は直ぐに着れなくなってしまいますので、大きいものを買って紐などで調節する方が多ございます。それで、体に合わせたものとなると中古が多くなります」
「ああ、そうか。大きいのを買って寸法直しか」
「お客様、こういっては失礼ですが、お顔が大変お美しいので、女性向けですが隣の店のものがお似合いかもしれません。隣も私どもの店ですので、品物をご覧になってみませんか?」
……複雑だけど、美しいって設定だしなぁ。女の子に変装して諜報活動もありかな。あ、そうだ魔術師ってどんな格好をしてるんだろ?
「僕は木証の冒険者だけど、魔法で獲物を倒してるんです。でも田舎の出なのでものを知りません。魔術師ってどんな格好するものか知ってますか?」
「おや、これは失礼いたしました。剣を佩いてらっしゃるので剣士の方なのかと思いました。魔術師の服装ですね。ではなおさら隣の方がいいでしょう。こちらは動きやすさと『たくましさ』を気にする男性の方向けですので」
隣の店に案内されて、「着せかえ人形」になった。
店には、娘さんを連れて買い物に来ている、裕福そうな奥様のお客が数組いた。
「女の子かしら、凛々しいから男の子?」
「それにしても、きれいなお顔ねぇ」
などと女性たちが注目する中、男性店員が女性店員に説明してくれた。
「魔術師の方は、布地をたっぷり使い、緩やかな袖口で動きを見えにくくするのを好まれると聞いています。もちろん動きやすく素早く身をかわせる必要はあります。それとマントは袖付きでフードの付いたローブ。魔法陣が装飾されたものを着てらっしゃいますね。当店では魔法陣装飾は特注となってしまいますが」
「どんなのがいいかおまかせしますので見繕ってください」
「かしこまりました」
店員が服を選んでいる間、女性客たちに視線を移すと興味津々でこちらを見ている。目のあった娘さんたちは顔を赤らめながらも爛々とした目をしていた。
「では、こちらをお召ください」
試着の仕切りで着せてもらい、店の真ん中にある磨いた金属の前で自分の姿を確認してみる。
「あら、それもよくお似合いだけれども、こちらのレースの付いたシャツのほうがよろしくない?」
「いえいえ、こちらのドレープが入った物のお色がお顔を引き立てて、お似合いだと思うわ」
奥様方が参戦してきた。
キャーキャー歓声をあげる女性たちが選ぶあれこれを着替えることになった。
可愛らしいフリルと刺繍の、襟の大きいなワンピースを着たときは大騒ぎになり、購入を決めなければ女性たちの収まりがつかなくなった。
派手にならない程度で、数着決めた。前開きでトグルで止めているシャツや明るめでゆったりしたズボン、ローブに下着まで、結構な買い物になった。靴屋を教えてもらったのでブーツはそちらで購入することにし、スリッパのような部屋履きがあったので購入した。
刺繍がされた小物を入れる巾着袋が目についたので、ブリッタへのお礼に買った。もちろん見繕ってくれた女性陣や縁のあった女性たちの分も。
新しい衣服に着替え、巾着袋以外は宿に届けてもらうことになった。パックはあんまり見せないほうが余計な面倒事に巻き込まれなさそうだ。女性陣の笑顔を受けながら店を出た。
屋台を食べ歩いてお腹を満たし、冒険者ギルドの訓練場に向かった。
工房が並んでいる通りを抜けて広い運動場のようなところに出た。平屋の建物が数棟立っている。
冒険者ギルドの看板がある一番手前の建物まで行くとマント姿で木証を下げた子供が数人いた。子供といってもエルクが一番年下のようだ。
素振りや模擬試合などの訓練をしている運動場の方を眺めていると、声がかかった。
「木証の初心者講習に出る者は中に入って座って待て」
いつの間にか男性が書類を持って平屋の戸口に立っていた。言われるまま中に入るとベンチが数脚あり、演壇の方を向いて座るようだ。受講者はエルク以外に七名。一番年上は髭の男で、後はエルクよりちょっと年上、女の子が四人いる。
先ほど声をかけた男性が入ってきた。書類を見て、名を読み上げ出欠をとる。
「よし、全員だな。これから初心者講習会を始める。まずは座って講義を聞け。その次は運動能力を見て、訓練のやり方を教える。最後に模擬試合をして終了だ。最後までいないと木証は無効。登録費用は返さないし、冒険者ギルドのリストに載って次に再登録するときは費用が高額になる。いいな」
男性は受講者を見回して続けた。
「それとな、この講義は真剣にやれ。真剣にやらないものから死んでいく。おまえたちが死なないためにやるんだ。真剣にやれ」
男性は冒険者としての心得や注意点を話していった。
「おまえら木証が一番注意しなければならないものがある。人間だ。おまえたちを食い物しようとするものは多い。魔物も危険だが、甘い言葉で寄ってくるものや獲物を奪い取ろうとする人間が一番危険だ。いつも自分の身を守ることに注意を払え。……だが、いざとなったらわずかばかりの金などくれてやれ。自分を守れ。いいな」
受講者の顔を見渡した後で付け加えた。
「パーティに入れてやると言われて木証を取ったやつもいるだろう。そのパーティの奴らは本当に信頼できるやつらか? 信用できるやつらか? 食い物にされてないか? 十分用心しろ。死んだら終わりなんだ」
……いい人らしい。
座学の後は運動場に出る。講義した男性以外にも数人の男女が一緒に出てきた。
「よし、この訓練場を取り囲むように木杭が打たれているな。その外側を二周走ってもらうぞ。後ろから魔物役のものが追いかける。背中を叩かれたらお前は魔物に襲われたことになる。追いつかれるな。よし走れ!」
一斉に走り出した。
力の限り走り出す者もいたが、エルクは後ろを確認しながら集団に速度を合わせて走った。
魔物役が走り出した。
エルクは先日ゴドたちが灰色狼の前を走ったように魔物役との距離を測りながら走る。半周回ったところで、先頭を切って走っていた者に追いつき、追い越した。
一周回ったところで遅れたものが背中を叩かれ宣言された。
「お前は魔物に襲われ、傷を負った! だが足を止めるな! 最後まで走らなければ待っているのは死だ!」
最後まで追いつかれなかったのはエルクと二人の女の子だけだった。その二人も汗まみれで荒い息をしていたが、エルクは汗もかかず呼吸も乱れてはいなかった。
……買ったばかりの服で走らされるとは思わなかった。汗でドロドロになるのはカンベンかな。
走りながら、浄化と乾燥の魔法を使っていた。
「よーし! 走れなくなった者も、真っ直ぐこっちに集まれ!」
集団になって木剣や棒などが並べてある棚のとこまで行き、水がめと柄杓を示された。
「水分は十分にとれよ。のどが渇けば体力が落ちると思え」
七人が先を争って水を飲むが、エルクは最後に水を飲んだ。
「いいか、冒険者にとっていちばん大事なのは体力だ。生きて帰ってくるためにも絶対必要だ。朝晩走る訓練をしろ。空いた時間があれば走れ。魔法を使う者も最後は体力だ。パーティが全滅する時、最後に残るのは魔術師だ。なぶり殺しにされるぞ。いいな、体力をつけろ!」
それから木剣や円盾、棒を使った練習方法、弓の扱いと一通りやり方を教わった。
「弓は特に練習が必要だ。自分が得意とする武器以外も使いこなせるように練習しろ。死ぬ確率を少しでも減らせ」
「攻撃魔法が使えるものはあちらの土壁にある木の的に向かって魔法を撃て。支援魔法が使えるものはこの女性職員に魔法をかけろ」
女の子二人が魔法を使うようだ。
一人は女性職員に向かって詠唱し防壁の魔法を使った。横に立っている男性職員が木剣で打つと二合で防壁は消え失せたようだった。
「うーん、もっと強度が必要ね。素早く出せれば役にはたつわ。訓練しなさいね」
女性職員の批評を受け肩を落としていた。
もう一人の女の子が長く詠唱し、的に火の玉を放った。火の玉はゆっくり飛んで的を外して奥の土壁をちょっと焦がした。
「なかなかいいけど、威力と速度、それと命中精度を鍛えないとだめね。練習あるのみよ」
女の子は肩で息をしながら、うなずいた。
エルクは魔力をごくごく僅かに抑え、ゴニョゴニョと詠唱の真似事をして、小さな火の玉を的に放った。
バチンッ!
と音がして木の的が割れた。
「いいわね。威力も十分。連続して撃っても魔力切れを起こさないように訓練してね」
「はい」
「では、二列に並べ。エルクお前はこっちの一番前に並べ。それとお前はこっちの列の一番前だ」
並ぶ順番を告げられ、隣の列と向き合うようにさせられた。
エルクと向かい合ったのは、一番年上の髭男だった。
「よし、今向かい合っているのが模擬試合の相手だ。魔法の使用は禁止。良しと言われるまで木剣と盾で打ち合え。大怪我しても治癒魔法をかけてやる」
順番に三組が試合をしていった。途中で講師たちから、助言が飛ぶが、どの試合も木剣や棒を振り回すだけで、体力が続かず早々に終わってしまった。
「最後の試合だ。気を入れていけよ、はじめ!」
開始の声が掛かると、髭男が大声を上げて大上段に木剣をエルクめがけて振り下ろしてきた。エルクは円盾でそらし、くるりと一回転した。
その後も力任せに振るわれる木剣をそらし、かわす。
「エルク、攻撃しろ。かわすだけでは相手を倒せないぞ」
「くそっ、なぜ当たらん!」
髭の男が声を荒げて、再び大上段から打ち下ろしてきた。エルクは円盾で正面から受け止めた。その瞬間に木剣を突きだし、鳩尾に当て素早く剣を引く。髭男は「グッ」と声を上げて膝をついた。
「それまで!」
「いいか、できるだけ訓練しろ。なんでもいい。生き延びることに必死になれ。生きてさえいれば逆転もできる。逃げ出すのも戦法のひとつだ。逃げて生き延びれば勝ちだ。死んだらそれまでだ。いいな! ではこれで初心者講習会を終了する」
個人個人への評価と助言の後、そう言って講習会は終了した。
「エルク! お前は引き続き鉄証昇格試験を行う! 武器を得意なものに変えてその場で待て! 他の者は帰ってもいいが、参考になるから試験の見学を認めるぞ」
「あいつ、鉄証昇格試験だって。俺より小さい子供なのに」
「試験受ける条件って魔石の採集とかあったよね。もう集めたの?」
講習に出たものから疑問の声が上がった。
「エルク、この銅証剣士の冒険者ダーガを相手にして模擬試合を行う。勝てば合格だ。負ければ次回までまた条件をこなして再挑戦だ。魔法の使用は許可するが、大怪我をさせたら失格だ。威力調整に集中しろ」
銅証剣士の冒険者と紹介されたのは女性剣士。長身と長い手足を革防具に包んで右手に木剣、左手は無手。
……両手剣の使い手なのかな。
頭には革兜、覗いている髪は栗色、眼は青。痩身だが出るところは出て、凛とした美人だ。
エルクは先ほどと同じ右手に木剣、左手には円盾。
向き合い、剣を立てて一礼する。三人のギルド職員が審判についた。
「はじめ!」の合図で、右手で持った木剣を下段脇構えにしたまま、ダーガがするすると滑るように間合いを詰め、切り上げてくる。エルクが一歩引いてかわすと、切り上げた剣先が軌道を変えて下がったエルクを追いかけてきた。木剣で払い、盾でいなすが、剣先がどこまでも追いかけてくる。
腕をしなるように使い、こちらの予測と、見た目の軌道、速度が微妙にずれて、かわしづらい。足運びに技術があるのだろう、間合いを取れない。虚を混ぜはじめ、エルクの動きが誘導される。
エルクの盾と剣が弾かれ正面にスキができた。
薙ぎの一撃をエルクが下がってかわすと、ダーガはそのまま身体を回転させ、完全に回りきらないうちに剣先が異常な速度で迫る。さらに素早く後ろに飛んだエルクの顔の前を剣先が行き過ぎる。
「うわー。剣を左に持ち替えてかぁー。すごいねー、おねーさん!」
連続して後ろに飛んで距離を開けるとエルクが感嘆の声を上げ、にっこり微笑んだ。
ダーガはにやりと笑うと剣を両手持ちにした。
「避けられるとは思わなかったよ」
再び間合いを詰めて振るうダーガの剣速が上がった。
いなし、かわし、打ち払うがまた動きを誘導される。
横薙ぎをかわすと返す剣が膝を狙ってくる。
エルクは速度を上げて剣の動きに合わせてダーガの横に並んだ。向き直る瞬間を狙い、ダーガの顔の前で小さな火の玉を破裂させる。
目を閉じた一瞬に、ダーガの小手と胴に連撃を入れて飛び退った。ダーガは木剣を取り落し、荒い息で手首を押さえた。
「それまで!」
「おお!」
「すごい、途中から全然見えなかった!」
「両方とも速すぎる! あれが銅証かぁー」
見物人から驚きの声が上がる。
ダーガが審判たちを呼び、何事か話していた。
……なんか、こういう時に聞き耳立ててるのってザンネンな気がする。他を聞こうとすれば薄れるな。なんでも聞こえればいいてもんじゃないからこれも練習が必要だな。
話がまとまって、審判とダーガが近寄ってくる。
「エルクの勝ちとする」
「これであの子鉄証?」
「エルク、済まなかった。実は嘘をついていた。このダーガは銅証ではなく銀証剣士だ。ダーガの推挙もあり、エルクを銅証と認める」
「ええ! 銀証剣士! それをあの子が負かしたのか!」
「くぅー、銅証、銀証ってあんなに強いんだ。とおいなぁー」
「見習いから、鉄証を飛ばして銅証? なんなんだ、あの子!」
審判の言葉に見物人が驚嘆の言葉をあげた。
「エルク、受付に言っとくので、銅証を受け取って帰ってくれ。みんなどうだった? 勉強になっただろう? お前らも訓練あるのみだ、頑張れよ。以上、解散だ」
興奮しながら訓練場を出ていく木証たちに続こうとしたところで、ダーガが声をかけてきた。
「エルク、お前は凄いな」
「いえいえ、あの剣速、足さばき、ダーガさんって強いですね」
「ダーガでいい。あの剣は誰に習った? 見たことのない動きだった」
「ああ、剣術として誰かに習ったことはないよ。何日か前に『嵐の岩戸』のゴドに、持ち方なんかは習ったけどね。速度には自信があるんだ」
「ふむ、そうか。銅証が出来るまで時間がかかる。少し話がしたいので、時間をくれないか」
「いいよ、受付に行ったあとで良ければ。ギルドの食堂でいい?」
「ああ、では後ほどまたな」
ダーガはそう言うと、審判役の職員たちの方に向かった。
冒険者ギルドに戻り、受付に行くとブリッタのところには列ができていた。人気者のようだ。空いてる窓口に行って昇格試験のこと、銅証のことを聞くと、ブリッタとロッテが担当で伝言しておくから食堂で待つように言われた。




