ベルグン12
「宵の窓辺」に戻ると受付のカウンターにはリリーに代わって、品の良さそうな中年の男性と若い女性が立っていた。
「おかえりなさいませ、エルク様ですね」
「はい、エルクです。ただいま」
男性はにっこり笑い鍵を女性に渡した。
「お部屋にご案内いたします。ハイディ、エルク様をご案内してください」
「はい、支配人。エルク様、こちらへどうぞ」
案内された部屋は、二階に上がって廊下を左に行った真ん中あたりの部屋だった。中は大きめのベッドに机と椅子、小さなロッカーがあった。机には作り付けのランプ、木の水差し、桶、コップが置いてある。
「こちらがエルク様のお部屋になります。夕食と朝食は下の食堂でお取りください。水場とトイレは庭に面した外になります。廊下突き当りの戸が外階段になっていて庭に出られます。ランプは魔力で明かりがつくようになっておりますが、魔力が不足するようであれば、受付で魔石をお求めください。その他の御用も受付までお願いします。」
伏し目がちに一気に説明をしてくれた。
「あの、ハイディさん、教えてほしいことがあるんだけど、いいかな?」
「はい、なんなりと」
「僕ね、田舎で育ったから、世間のことを知らないんだ。チップって習慣はあるの?」
「……ちっぷ……ですか? その言葉はわかりません。どういったものでしょうか?」
「ええと、心付け、かな。例えば食事をしたら、給仕のお礼にいくらか余計に払うとか、外出している間に部屋を掃除してもらうお礼に枕の下にいくらかお金を置くとか」
「いいえ、そのような習慣は聞いたことがありません。そのようなものをいただくと、その、お付き合いというか、夜のお誘いと受け取られるでしょう。……エルクさんからなら嬉しいですが」
ちょっと赤くなりながら答えてくれた。
「そうなんだ。聞いてよかった。知らずにしたら誤解されるとこだったよ。もう一つ、お風呂ってある? お湯を張った大きな桶につかって体を洗う場所のことだけど」
「はい、ございます。中庭の水場にございます。ただ当宿では女性との湯浴みはお断りしています」
……混浴禁止? ああ、そっちかな? 「英雄たちの集い」なら禁止じゃなさそうだ。
「受付で料金を払えばお湯を提供します」
「教えてくれてありがとう、ハイディさん」
「いいえ、どういたしまして。では他に御用がなければ失礼いたします。ごゆっくりお休みください」
そう言って部屋を出ていったが、部屋の外で大きなため息をついて「よしっ」と小声がしたのを聞き逃さなかった。
『ガラン、ガラン』
『はい、エルク様』
『今、大丈夫かな?』
『はい、大丈夫です』
『ノルフェ王国にあるベルグンの街に着いたよ。宵の窓辺って宿に滞在する。……灰色狼三十頭の群れに遭遇して倒したんだが、通常より大きく数も多く異常な魔物だそうだ。魔王が来ると魔物が暴れるという伝承があるらしい。僕が出現したせいかもしれない。魔王国内で異常なことが起きていないか調べさせるようクラレンスに伝えてくれ』
『了解いたしました』
『じゃあ、またね』
ガランに用件を伝えた後、魔王国から来る者を待つ間の行動計画を考える。
どうすれば魔王が狂乱しないように出来るか?
狂乱の魔法はどんなものか?
勇者についての情報はどこで得られる?
世界の国と政治情勢はどうなっているか?
各国の産業と輸出入はどうなっているか?
魔王討伐軍の編成と指揮系統は?
情報を得られる場所はどこか?
各国の教育はどうなっているか?
書籍の発行はどうなっているか? 購入できるのか?
図書館のようなものはあるか?
明日はベルグンでなにが購入できるのか調べよう。
着たきりの服も買いに行こう。
洗顔用具や筆記用具も購入しよう。
いろいろ考えているうちに日が傾いてきた。体を洗って、食事にしよう。




