ベルグン9
「ブリッタさん? ブリッタさん?」
「……ああ、エルクくん……マジックパック?」
「ええそうです」
「……大きい。これエルクくんが?」
「はい、僕が倒しました。……あのブリッタさん、あと二十八頭あるんですが、ここではのせきれませんよ?」
「に、にじゅ、二十八? ええっ! エルクくん、一体何頭倒したの?」
「ボスを入れて三十かな」
「……こ、これ一回しまって!」
「あ、はい」
エルクがカウンター上の灰色狼をパックにしまうと、あちらこちらから声が上がった。
「あんなにでかい灰色狼!」
「見たことねーぞ!」
「マジックパック! それよりマジックパックだ!」
ちょっと騒がしくなったのに気がついたブリッタが、エルクを引っ張ってカウンターの中に入り、扉から奥に連れて行った。
扉がいくつかある廊下を進み左側の大きな扉を開け、表通りの馬車の入口に続く外の通路に出た。更に奥に進むと屋根のかかった吹き抜けの作業場と荷降ろし場がある大きな倉庫まで連れてこられた。
ブリッタが倉庫の開かれた扉から中に入り大声で叫んだ。
「イェルド! イェルド!」
「……なんだ! ちょっと待て、今行く」
太くて低い男の声が答えると、仕切りの向こうから巨漢が手を布で拭きながら現れた。
剃り上げた頭に同じくきれいに剃られた顔、太った体、だが腕を見るとぶよぶよと太っているのではなく、硬い中身がみっちりと入っているような太り方だ。ゆったりとした袖なしの上下に革のエプロン、革の手袋、革のブーツ。服の汚れは血のようだ。
「ブリッタ、そこまで慌てるとは珍しいな」
「それどころじゃないの! この子が灰色狼を持ち込んだんだけど、大きいのよ! 受付カウンターからはみ出るくらい! 数もあるって!」
「まあ、落ち着け。……手ぶらのようだが、マジックパックか?」
エルクはうなずくとパックから先ほどの灰色狼を取り出した。
「ふむ、こりゃ大きいな!」
イェルドと呼ばれた男が狼にかがみ込み毛皮をなでた。
「上等だ。毛皮に傷はないし、死んだばかりのように温かい。こいつがいくつあるって?」
「全部で二十九頭。こいつは一番小さいやつで、もっと大きいのもある」
「……二十九? これで小さい……どれもまるまる一頭分が?」
答えたエルクをギロリとにらみ、ブリッタに言った。
「この小僧は、木証だな。見習いがなんでその数の灰色狼を持ってる? 倒したパーティの他のやつはどこだ? 荷馬車はどこに止めてる。三台か?」
「エルク一人よ」
「一人? 馬鹿いえ。いくらマジックパックでもそこまで入らんだろう?」
「入ってるよ、これに」
エルクはバックを示した。
「……入るのか。倒した連中はどこだ?」
「僕一人で倒したんだ。他には誰もいないよ」
「小僧、ウソつきはろくな目に合わんぞ」
にらむイェルドに、エルクは頭をふると狼を指して答えた。
「その狼の頭の後ろを見て。小さな傷があるでしょ?」
「ああ」
「覚えておいてね。他のも出すから」
エルクは最初の狼に並べて全部の灰色狼を出した。ボスはちょっと離れたところに。
「「……!」」
「ね、入ってたでしょ? 全部同じところに傷があるから見てみて。同じように倒したんだ」
固まったイェルドが復活し、狼たちの頭を確認していった。
「……確かにどれも同じ傷だ、他に傷がない……ぼうず、ほんとにお前一人でか」
「小僧」が「ぼうず」になった。ブリッタは口を手で抑え固まったままだ。
「ええ、そうです」
「……ハァーンス! ハァーンス! ちょっとこーい!」
突然の大音量にエルクとブリッタは耳を抑えた。
倉庫の奥から大声が響いてきた。
「はぁーい! いまいきまーす!」
イェルドと同じような格好をした長身で痩せた若い男が走ってきた。
「ハンス、呼ばれたらすぐ来い! この灰色狼を見ろ! 特別庫を開けろ。そこじゃないと収まらん。まだ温かいから、保存も慎重にしなきゃならん……」
一面の灰色狼をみてハンスも口を開けて固まった。
「ブリッタ、こいつは……ブリッタ、聞いてるのかブリッタ!」
耳を抑えて目を見開いているブリッタが再始動した。
「……これ……これ……」
そう言うといきなり走ってギルドの建物に戻っていった。
イェルドはそれを見送り、エルクに聞いてきた。
「これは、まるまるギルドに売るのか? それとも解体して部分ごとに売るのか?」
「解体してもらって部分ごとに売れって言われてるよ」
「ん、パーティの誰かから聞いたのか?」
「いや、僕はどこのパーティにも入ってない。ここまで一緒に来た『嵐の岩戸』のゴドが教えてくれた」
「ゴドからか。……あいつ……わざとやったな……あのクソ野郎が。解体費用がかかるが、こっちで解体するんだな?」
「うん、お願い」
「こいつぁ、いいぜ。こんな上物のまだ温かいやつを……」
そこにブリッタが先ほどの女性を伴って戻ってきた。
「……なにこれ! こんな数の灰色狼! おっきいし!」
……できる上司って感じが崩れてませんか?
「イェルド! どうしたのこれ!」
「俺じゃねえ。そこの、ぼうずだ。一人で倒して、一人で持ち込んだ」
「また、あなたなの? ひとりで倒したなんて、ウソつきはろくな目に……」
納得してもらうのに時間がかかりそうだと思ったイェルドが、エルクにパックに入れて倉庫に運ぶよう頼んできた。
特別庫は魔石を使って鮮度を保てる倉庫で、灰色狼はなんとか全部入った。
「これだけの解体には時間がかかる。三日、いや四日、もっとかかるかもしれん。終わったら連絡する。預り証を出しておくからブリッタに連絡先を教えておけよ」
「私も連絡するから。こんなの見習いのレベルじゃないわ。銀証でも一人じゃ無理よ。こんなときに限って留守にするんだからあのギルド長はもう!」
イェルドから預り証を受け取ると、プリプリ怒っている上司とブリッタと受付カウンターまで戻ってきた。カウンターの周りはざわついていた。みんながこちらを見ている。
ブリッタはカウンターの向こうに座ると大きくため息をついた。
「……それでエルクくん、連絡先はどこ?」
「ああ、この街での宿を決めてないんだ。どこかおすすめの宿を紹介してもらえる?」
「ギルドに登録している宿なら紹介できるわ。木証なら雑魚寝の安宿を薦めるんだけど……。他は食事付きだけどそれなりの値段がするわよ」
「安宿か、雑魚寝も嫌だけど、匂いがきつそう。僕の条件は、値段は高くても清潔な一人部屋、食事が美味しい所だと嬉しいかな」
「安宿が嫌なら、鉄証向け『英雄たちの集い』なんだけど。料理は、量が多くて人気みたい。清潔は……男性なら大丈夫でしょう。銅証向けの『宵の窓辺』はちょっと値は張るけど、貴族の執事だった人が支配人で、他より清潔で上品。料理は評判ね。」
「じゃあ『宵の窓辺』がいいかなぁ。二軒は離れてるの?」
「ここからなら『宵の窓辺』が近くて、その先を少し行ったところに『英雄たちの集い』があるの」
「どっちも行ってみるよ。決まったらまたくるね」
ブリッタに場所を教えてもらい、礼を言ってギルドを出た。
……「英雄たちの集い」はなんとなく汗臭そうな気がする。ジュストかゴドに教えてもらうのもいいか。




