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旧)黒きエルク  作者: ヘアズイヤー
継承する者
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遭遇2


「ルキフェさん、時間はあるのでしょうか? ゆっくりと腰を下ろし、飲み物を飲んでリラックスしてお話できませんか?」

「はい、時間は十分にあると思いますので座ってお話しましょう」


 ルキフェの言葉と同時に腰の高さの岩が二つ現れた。岩は大ぶりだが上部がゴツゴツしていて、座るとお尻が痛そうだ。

「用意してもらってなんですが、お尻が痛そうですね。もう少し明かりも欲しいですが」

「そうですか、他の人と座って話をしたことがないのでよくわからないのです。……エルクさんが思うものにしていいですよ」

「どうやってでしょう?」

「心で考えてみてください。思えば実現しますので」


 ……思うだけでいいのか。



 ……リラックスできるのどかな感じがいい。リゾートのような湖畔で、テラスになっている白い無垢材のウッドデッキ。ゆったりした革の対面式のソファとテーブルがある空間。紅茶かコーヒーか。猫が飲めるかな。猫舌かな、ソーサーがいいか。


 湖畔のウッドデッキが現れる。青い空に爽やかな風がそよいで、鳥の声もする。


 ルキフェは周りを見渡した。

「やはり。ここまで鮮明に実現できるとは素晴らしい。驚きです」

「お褒めに預かり光栄です。よくわかっていませんけれども」


 苦笑いしつつルキフェと差し向かいに腰をおろし、テーブルにある湯気を立てるコーヒーを勧めた。

「あ、猫にカフェインはよくないですね。別のものにしましょう」

「いえ、この猫の体は実体ではありません。コーヒーを飲んだことはないので興味があります。本当に飲めるわけではないのですが」

「精神だけなのですね。ではお話を伺いましょう」

 ソーサーから飲む姿を見ながらコーヒーを口に運んだ。香りも酸味の少ない味も熱さも好みだ。


「私が抱える問題とは、現実世界に受肉復活すると狂乱状態になること。狂乱し、無計画に暴力で侵略することだけを望んでしまいます。今エルクさんとお話している狂乱していない私の精神体も同時に存在し、魔王の行動を見ていることしかできないのです」


 ……湖面を見つめるルキフェの目にはどんな景色が見えているのだろう。


「魔王国の魔族たちは狂乱した私に影響され、大人も子供も、体が大きく変身して盲目的に従ってしまいます。魔王国から山脈と荒れ地を超え他国に侵攻します。なぜか私は魔王城の玉座についたままで魔王軍を先導できません。私の復活に合わせて勇者が現れます。勇者は必ず魔王城に入り込み、私を殺すのです」


「それを何千回も繰り返しました。復活するまでの期間を長くしても短くしても、必ず勇者に殺されます。勇者はすべて同じ人物ではありません。が、皆、聖剣を持ち、その聖剣だけが私を傷つけることができます。私が殺されるまでの間、侵攻する魔族たちは待ち構える人種軍に殺され続けます」

 ルキフェは背中の毛を逆立て、うつむいてしまった。


「……私が殺された後は国境の不毛地帯まで追撃され、故郷にたどり着けたものは苦しい生活を強いられます。再び狂乱する私が復活するまで……」


 ……魔王として復活し、狂乱し、勇者に殺され、この精神空間に戻る事を繰り返したのか。


「魔族の暮らしはここからおぼろげに知ることができます。ですが、現実世界に干渉できることはごく限られたことのみ。魔王の復活と狂乱、戦争、疫病、飢餓、食料の奪い合い……。ここからも、復活してからも、止められないのです。悪いのは私で、彼らにはなんの罪もないのに……」


 ……ルキフェの語ることは本当だろうか? 何が起きたのか見れないだろうか? 似せているだけだとしても、シロ丸が苦しむ姿は見たくない。


「……ルキフェさん、ひどくつらいお願いになってしまうかもしれませんが……。今のお話、映像で見せてもらえませんか?」

「えいぞう……ですか。やり方がわかりません」

「では、記憶を見せてもらうことはどうですか?」

「覗いたことはあるが、自分の記憶を見せたことはないです。魂をつなげれば、あるいは……」

「すみませんが、あなたの言葉を信じていいかわからないです。試してみましょう」


 ……正体が魔王でなければ、あごの下を掻いて安心させたいところだ。


「……いい記憶ではありませんが、エルクさんが望むのなら……」

「お願いします」


 ルキフェがテーブルの上をこちらに近づき、エルクの手に肉球を置いてきた。温かい。オッドアイを見つめていると、そっと何かが心に触る感じがした。

 病院の入院着を着て、ひどくやせこけた老人が見えた。


 ……背景からするとルキフェが見ている私か。今にも死にそうな顔、ああ、もう死んだのか。


 剣を構えた人間が見えてきた。顔はわからないが、光る剣を持ち、こちらを攻撃してくる。刺された! 異物がズルリと入ってくる感じと焼ける痛みが襲ってくる。


 ……全身を火で焼かれたらこうなるのか。息をするたびに胸が熱い……。


 痛みがなくなると、別の人間が現れ、再び光る剣を刺してくる。

 何人も何人も、次々現れ、刺し貫かれる。激痛と怨嗟と諦めと後悔が延々と続く。


「エルクさん! エルクさん! 大丈夫ですか?」

 遠くからルキフェの声が聞こえてきた。


「……こんな苦しみに……何回も、何千回も……こんな苦しみを……死んで終わらないなんて理不尽だ……」

 こぶしを強く握りしめ硬直して汗まみれになった体の緊張を緩めて、エルクは呟いた。

「こんな反動があるなんて、精神だけの存在をなめていたのか。慰めたいなんて軽い気持ちだったことを謝りたい」


 胸の奥に、軽薄な自分とこれほどの理不尽への強い憤りが湧き上がった。

「すみません……私が浅はかでした……」

「いえ、謝らないでください。少し休憩しましょう」

「……わがまま言いますが、苦しいのは一度で済ませたい……魔族の方たちについて見せてください……」

「大丈夫ですか?」

「大丈夫ではないでしょう……ですが見ずに済ませたくありません……お願いします」

「……」


 あまり鮮明ではないが魔族の人々の姿が見えてきた。傷つき、病み、飢え、争う人々。身を寄せ合い、抱きしめ合い、そして無表情になってゆく。


 こちらを見つめる子供の目が、なんの感情も浮かんでいない目が、心を刺す。


「……私さえ狂乱しなければ……」

 ルキフェの嘆きと焦燥が強く伝わってきた。


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