ベルグン7
馬車で来た道を歩いて引き返す。このあたりの建物は隣同士が隙間なく建っている。大きな商館が多いらしく、ジュスト商会と似た作りの建物が並んでいる。
交差する道を何本か渡り、門の広場に出た。広場は四角い形で馬車は東に向いた門から入り、北に向かう通りにジュスト商会があった。
広場に多くの屋台が出ていた。近くの屋台では直火で焼いたソーセージを売っていた。熱いソーセージを手のひらくらいのパンケーキで挟んで売ってくれるようだ。
ジュストが魔石を買取ってくれる時に、銀貨や銅貨も混ぜてくれていた。金貨でソーセージは屋台の人が困るだろう。
一つ買って冒険者ギルドの場所を聞くと、広場の反対側にある石造りの大きな建物だと教えてくれた。
熱いソーセージにかぶりつくと熱い肉汁がたれて口を焼いた。塩味が強めだが美味しい。肉汁の染みたパンケーキを一緒に食べると、熱さも塩味も和らぎ、とても美味い。夢中で食べて指をなめていると売り子のお姉さんがこっちを笑顔で見ていたので、美味しかったとにっこり笑って手をふる。
冒険者ギルドは馬車が出入りするであろう大きな入り口と、開け放した四枚の扉がある三階建の建物だった。
扉は広場からは三段の石段を登って入る。エルクは石段を登って中に入った。
扉の先は広い吹き抜けのホールになっていて、左に掲示板、右奥は食堂がある。中央の突き当りに高いカウンターと物の受け渡しをするような低いカウンターがあり、その隣にテーブルと椅子の組み合わせが四つ並んでいる。
ホールに人はあまりいなかった。高いカウンターに女性が一人で扉の方を向いて座っている。カウンター内の床が高くなっているのか、かなり高い位置に女性の顔がある。その女性の前に数人の列ができていたので、後ろに並んだ。
次はエルクの番というところで、一人の男が割り込んできた。
「どけ。なあ、このハイエナの依頼、俺たち『英雄の牙』が受けるぜ」
「僕が先に並んでいたんですけど」
髭面で背の高い、マント姿の男はこちらをチラッとみて受付の方を向く。
「だから、依頼達成は確実だからよ、だから」
「ねえ、汚くて、臭くて、不潔なおじさん。僕の方が先だって言ってるでしょ? 耳が聴こえないのかな」
男はまたこちらをチラッと見ると、いきなり裏拳で殴ってきた。身を少し引いてかわした。
「それって、敵対行為だね。いきなり子供に裏拳だもの。きれいなお姉さん、そうでしょ? 先に手を出したのはこのおじさんね」
エルクは前に立つ男の足を右から左に蹴った。足をすくわれた男は右側にきれいに倒れた。
マントを掴んで横にどけたが、頭を打ったようで、白目を剥いて動かない。
「息はあるよ、きれいなお姉さん。で、僕の番だね」
「え、ええ。ボクは、どんな御用かしら?」
「冒険者の登録をしたいので、お願いします」
「新規の登録ですね、説明は必要ですか? 必要よね。ちょっと待ってね」
そう言うと後ろを向いて、離れた席にいた男性職員を呼んで受付を交代してもらっていた。カウンターの下に男が倒れているので、処理するように伝えた。
「こちらにどうぞ」
エルクは女性に呼ばれ、テーブルに向かった。
「ここに座って、待っていてね」
倒れている男については何も言われなかった。
何かを引きずる音に目を向けると、片足ずつ足をつかまれた男が二人がかりで引きずられて、正面扉から外に放り出された。
……これが処理か。
「ようこそ、冒険者ギルドに。私はブリッタよ。ありがと、助かったわ。あのフーゴはいつもしつこいのよ。銅証だけど、腕も、評判も悪いの」
放り出された男はフーゴというらしい。
「さて、まずはギルドの説明ね……」
ブリッタの説明によるとギルドは各国にあって、一度どこかで冒険者登録をすればどこの国のギルドでも同じ待遇を得られる。鉄証から口座を作ってお金を預けられる。入金が反映されるには時間はかかるが、どこの国でも引き出せると説明してくれた。
冒険者には金証、銀証、銅証、鉄証の階級があるが、最初はそれ以下の木証、見習い階級。条件を満たせば階級を上げる試験が受けられる。戦闘力や技能と、魔石をギルドに売ることで条件が満たされる。鉄証階級と見習いには初心者講習会への参加が義務付けられていた。
見習いは、薬草の採取などで稼ぎながら、群れからはぐれた角ネズミや四足コウモリなどを狙う。無理しては命を落とすと注意もしてくれた。見習いはその街だけの登録で、別の街に移れば登録し直さないといけない。
冒険者の一般人への暴力は厳しく罰を与えられる。清掃や排泄物収集の奉仕活動から罰金、奴隷、死刑もある。その他のルールは掲示板横の鎖付図書を読んでおくこと、知らなかったは許されないことなどを説明してくれた。
「さっきのは?」
「大概は子供への教育ってごまかすわね。逆に一般人から暴力を振るわれたって訴えたら、笑いものよ」
依頼書と買取の説明が終わると質問がないか聞いてくれた。
「ギルド間の連絡ってどうやってするの? 階級証には情報が刻まれるの? 口座の本人確認はどうするの?」
「あら、鉄証、銅証になるための試験について聞いてくる人が多いんだけど。連絡は魔法よ。古代の魔術師ギルドの発明で世界にはいくつか魔法による連絡網があるの。大量の魔力が必要で、高額な費用を払える限られた組織にしか使えない。鉄証以上はよその街で身分を証明するにも使える。本人の魔力情報を登録するからそれで本人だと確認できるの」
「身分の証明ね。偽名で登録できる? 別人として登録し直す、重複とかは出来る?」
「中には身元を隠したい人もいるから偽名でも出来るわね。でも、偽名でも魔力情報はひとつ。名前を変えることは出来ても魔力情報は変えられない。犯罪の記録が魔力情報として登録されたら、ギルドで共有されて手配中の犯罪者は登録できないわね」
「そうなんだ」
……魔力情報の登録か。魔王ってばれる恐れがあるか? 鉄証にならなければ大丈夫か? ここまで来て登録しないのも変か。悩ましい。
「見習いの木証は魔力情報登録はできるけど口座は開けない。有効期限もあって見習いでいられるのは登録から一年間ね。鉄証になれないで一年過ぎたら、再登録で費用がかかるの。登録費用は四小銀貨です。それでは、登録しますか?」
「……はい、お願いします」
「この紙に書いてある項目をすべて埋めてね」
ブリッタはにっこり笑うと一枚の羊皮紙をこちらに押し出してきた。
エルクが書いている間に、厚みのある黒い板を持ってきた。
記入された羊皮紙を見て、ブリッタが言った。
「エルクくんね。え、十歳? 小柄だけど、十四か十五くらいかと思った。子供子供してないし。魔法、使える、か。……なに魔法?」
「……なに? なにってなに?」
「……ほら、火魔法とか水魔法とか」
「……あ、ああ、師匠からは、その魔法がなんて名前かは教えてもらってないよ。ただ魔力でああしろ、こうしろだけで……」
「そうなのね、うーん。あとで試験が必要かしらね。武器、使える、ね。はぁ。……まあ読み書きはできるし、語彙もあるし、いいか。……魔法ね。魔力はみんなにあるけど、魔法として使える人はごく一部だけなのよ。これは確認しないとね」
「うーん、使えることがわかるだけでいいの?」
「ええ、ちょっとでも使えれば、練習で伸ばせるしね。使えない人はどうやっても使えないのよ」
「じゃ、これは?」
エルクはそう言って右手の人差指に小さな火を灯した。
「あら、そう、使えるのね……って、ええっ! 今、今、詠唱しなかったよね! 無詠唱なんて、できる魔術師は博士級でもないと!」
……「ゴニョゴニョ」を忘れてました。うーんと。
「声に出さずに、口の中で唱えるのが師匠の特技で。伝授してもらってます」
……かぁー、苦しい。
「……そうなの? 私も魔法は使えないけど、そんな技術があるのね」
ブリッタが気を取り直すようにうなずきながら、何事か用紙に書いていった。
「で、では、これで冒険者登録の申込みは終了です。次は見習い証を作るわ。冒険者の登録費は作る費用込で四小銀貨よ」
「はい、ではこれを」
革袋から小銀貨を四枚取り出して渡した。
「この魔道具で、名前、年齢、階級、魔力量、魔力色なんかを刻むの。ではここに手のひらを置いて、光ったら登録する名前を言ってね」
……この魔道具で魔王ってバレないかな。探知魔法は切っとこう。
黒い厚板の上に手のひらを置いた。ブリッタが横の突起を押すと青い光が手を包みボウッと光の板が中に浮かんだ。ブリッタがうなずいたので名前を言った。
「エルク」
すると、手から何かが吸い出される感じがして、板の光が増した。
エルクが書いた羊皮紙とその板を見比べて確認するブリッタが息を呑んだ。
「え、ゼ、ゼロ歳?」
……あ、はい。生まれてから十日です。
「……魔力が……ゼロ? ……魔力色……空欄って。ちょ、ちょっと待っててね……」
ブリッタは羊皮紙と黒い厚板を持って、慌ててカウンター奥に入った。他の職員に見せて話し、奥の扉から出ていった。
……ごめんなさい。普通の人間じゃないんです。魔法と魔力は魔王譲り、体は多分ホムンクルスとかいうやつなんです。




