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旧)黒きエルク  作者: ヘアズイヤー
継承する者

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ベルグン5


 日が昇る前に目を覚ました。小声の会話や物音がしている。

 馬車や人影が見えるようになってきたので起き出し、寝床を片付けて小川まで顔を洗いに行った。

 探知魔法には危険そうなものの反応はない。一晩中発動させていたが、一晩何事もなかった。遠くまで探知したみたが、昨日の灰色狼たちのような群れもいなかった。


 日が昇ると、肉の入った粥と平たく焼いたパンをマイヤが用意してくれた。パンケーキと言っていいだろう。ハーブがきいていて美味しい。昼食もこのパンケーキを受け取って歩きながらか、小休止の時に食べるそうだ。


 出発前の雉撃ちに行く時には注意が必要だ。ここら辺りでと決められていて穴も掘れる様にしてくれているが、折った枝が挿してある他人のお土産に気をつけなければならない。


 野営地の片付けが済むと出発した。

 馬車の脇を早足で歩く。昨日少しジュストの馬車に乗せてもらったが、街道はデコボコでかなり乗り心地が悪い。何度か舌を噛みそうになった。歩くほうが楽だ。ヘリは歩いていなかったが、子供に馬車はキツイのではないだろうか。小休止の度に馬車に乗っている者は体を伸ばしていた。


 その日も野営をした。ジャンも歩いていたので狼肉ではなく干し肉になった。


 次の日の昼過ぎに麦畑らしきものが続いた先にある村に近づいていった。

 低い盛り土に木で作られた格子の柵が回され、見張り塔が一基建ててある。門には同じ格子の扉が付いていて、今は開かれ、門番であろう二人の男が槍を持って立っている。焦げ茶色のマントを着ているが下は防具をつけているようには見えなかった。


 ジュストの乗った馬車を先頭に門の所まで来ると一言二言門番と言葉を話して入っていった。村の中央は広場になっており、真ん中に焚き火台があった。四台の馬車はその焚き火台を囲むように止められた。

 村の家は木製の小屋が数十あるようで、ジュストと先頭の馬車に乗っていた頭の大きな小柄な男が、ゴドとともに急ぎ足で大きめの小屋に向かって行った。


 ゴドの仲間と村を見回っている途中でジュストに呼ばれた。

 呼ばれた小屋の中に入ると、木のテーブルを挟んでシワ深い中年の男とジュストが座っていた。ジュストの横に小柄な男が座り、ゴドはその後ろに立っていた。

 エルクが入ると中年の男が胡乱な目を向けてきた。なんとなくだが、こちらにいい感情を持っていないのがわかった。


「エルク、こちらはこの村の村長だ。灰色狼の群れの話をしたが、真剣に受け取ってくれん。村人と近隣に用心してもらう必要があるのに、だ」

「ジュストさん、真剣にと言われても、狼の一匹や二匹、森から出てくるのはいつものことだ。三十の群れなど聞いたことがない」

「ああ、信じないなら証拠を見せてやろう。エルクすまんが、灰色狼の群れを出して、村長にみせてくれないか?」


 事情はわかったが、問題がある。

「ジュストさん、出すのはいいけど、この小屋は狭すぎるよ。出したら溢れるだろうね」

「そうだな、ここは狭いな。村長、大きな納屋は空いてるか? 外で出してもいいが、大騒ぎになるぞ」

「……収穫前だから納屋は空いている。だが、大げさすぎるのではないか?」

「では、納屋に行こう」


 ジュストの合図で、小屋を出て村長を先頭に、納屋に歩いていった。

 納屋につくとエルクは、村長を見つめながら、灰色狼の群れを出した。

「ぐわっ、何だこの数!」

 村長は目を剥いて驚いた。

「驚くのは早いぞ、村長。群れのボスがまだだ。エルク」

「はい」

 そう返事をしてボスの巨体を群れの前に出した。


 ボスの死骸を見た村長はガタガタと震えだし、あわてて納屋から飛び出した。

「すまんな、エルク。もうしまってくれ」

 そう言うジュストの横で、小柄な男が目を見開いてエルクのパックを見つめていた。

 エルクがパックに入れて振り返ると、パックから目を離せないでいる男を、ジュストとゴドが無表情に見ていた。

「……エルク、ありがとう、さあ、野営の準備だ」

 そう言って男とゴドを連れてジュストが出ていった。


 ……ふーん、なんかあるんだろうな。あの男はあんまりいい感じがしないな。


 エルクはそう思いながら納屋から出た。


 その頭が大きい小柄な男がオットーという名前であることは、ゴドの仲間が教えてくれた。ジュストの商会の人間だが、ジュストがいない時には、ゴドたちを雇うことはないそうだ。


 村長の小屋に村に残っている者たちが集められた。しばらくして全員が足早に村を出ていった。

「ありゃ、畑に出ている連中に狼のことを知らせに行ったんだろうな。今夜はマイヤさんの踊りはなしかなぁ」

「ああ、かもしれん。まあ、この先の村に期待しようぜ」


 御者たちのそんな会話を聞きながら、マイヤの馬車に行くと三人の老婆と話していた。

 よく見ると老婆ではなく中年の女性で、白髪が多い髪と渋面で老婆と見間違えたようだ。ここまで集落はなかったから村としては東の端、魔物も出るのだから苦労が絶えないのだろう、皆暗い表情だ。


 ヘリは馬車の側面に張り出した木の板に雑貨を並べている。目が合ったので軽く手をふると、ヘリもためらいがちに振り返してくれた。


「本当よ、大きな狼が三十。うんと大きなボスも。ジュストさんが村長に話しているけど、みんなに注意するように言って」

「……三十も」

「……ばあちゃんから聞いたことがある。ばあちゃんのばあちゃんが言ってたって……。魔王が来ると魔物が暴れる……。魔王が来るんじゃないだろうね……」

「……どうしよう、うちのひと兵隊に取られたら……」

 マイヤが狼の件を伝えてくれたようだった。


 ……それより気になるのは、魔王が来ると魔物が暴れる……僕が来たからあの灰色狼たちが出たのか? いや群れを作るのならこっちに出現する前からか? 実験も影響しているのか?


 ヘリが考え込んでいるエルクを見ていった。

「だいじょうぶ。エルクがいるもの。灰色狼もエルクが一人でやっつけたし。エルクはきっと勇者よ」

「勇者!」

 みんながエルクを見た。

「あんた、勇者なのかい?」


 ……魔王です。ではなくて、どうしてそうなるのかな、ヘリちゃん?


「いいえ、僕は勇者じゃないですよ。ただの子供です」

「ただの子供は狼をみんなやっつけたりできないけどね。この子はエルク。勇者かどうかは知らないけど、大した魔術師だよ」

 マイヤの言葉を聞いておばさんたちがエルクに詰め寄った。

「勇者ならすぐ魔王をやっつけとくれ!」

「そうだよ、うちの人が取られる前に、お願いだよ!」

「ごめんなさい。僕は勇者ではありません。皆さんのご希望には……」

「そんなこと言わずに、頼むよ、このとおり」


 ……拝まれても、魔王です。


 ヘリはそんな様子を、目をキラキラさせてみていた。

「ゴ、ゴドのところにいかないといけないので失礼します」

 苦しい言い訳で脱出した。


 村に急ぎ足の人々が入ってきて広場に集まった。まだ、日は高いが村長からの連絡を受けたのだろう。あちこちで数人固まってヒソヒソ話をしている。


 しばらくして、村長が出てきた。村長の隣にジュストとゴドが立った。

「みんな、街道を東に二日のところで、ジュストさんの商隊が灰色狼の群れに襲われた。幸い群れはゴドたちが倒してくれたが、狼三十の群れだった」

 村人がザワザワと騒ぎ出したが、村長は更に続けた。

「他にもいるかもしれん。隣村には、知らせに行ってもらっているが、明日からは畑には必ず何人かで集まって行くように。それと森にはしばらくいくな。湿地の家にも知らせに行ってもらう」

「村長、三十だなんてそんな数の群れなんか聞いたことがない。信じられん。森に行くなとは困る」

 そうだ、そうだと村人から声が上がった。

 するとゴドが一歩前に出て言った。

「みんな。俺のことを知ってる者もいるな。冒険者銀証パーティ『嵐の岩戸』リーダー、ゴドだ。三十の群れは俺が見た。それも普通より体のでかい奴らだった。この群れは倒したが、他にもいるかもしれん」

「……俺はゴドを知ってる。うそをつくような男じゃない。おまえが言うことなら俺は信じる。畑に出る時は槍を持ってくぞ! 湿地に行くならひとりで行くなよ!」

 ゴドを見知っているものもいて、おかげで村人は信じてくれたようだ。何人かが慌てて村を出ていった。


 広場での夕食時、ジュストとマイヤ、オッシが話し込んでいた。

「……いいだろう、必要かもしれん」

 ジュストの言葉の後、マイヤの一家は馬車に入っていった。


 オッシたちは明るい衣装に着替えて出てきた。黒いマントをまといフードを深くかぶってうつむいているのはマイヤだろう。その手には身の丈を超える槍を持っている。

 焚き火の横に来るとトピが胸に吊るした太鼓で単調な拍子を取りだした。右手だけの拍子に左手の長い打棒の鋭い音が加わり複雑なリズムに変わってゆく。


 演奏するトピを遠巻きにして、厳しい顔をした村人たちが集まりだした。

 ヘリのタンバリンが加わり、リズムがさらに複雑になった。オッシのギターが物悲しい音を響かせる。

 ゆっくりと顔を上げたマイヤが低い声で歌いだす。


 闇が迫る

 だが、夜は明ける

 闇が君を覆う

 だが、夜は明ける

 闇がわたしたちみんなを押しつぶす

 だが、夜は明ける


 マイヤはくるくると回り始め、マントが傘のように広がる。首の留め金を外しマントを飛ばすと、下から体をピッタリと包む黒い革鎧姿が現れる。槍をまわし、突き、はらい、飛び上がり、勇壮なマイヤが闇を追い払う。


 闇が迫る

 だが、夜は明ける

 闇が君を覆う

 だが、夜は明ける

 闇がわたしたちみんなを押しつぶす

 だが、夜は明ける


 オッシ、トピ、ヘリ、マイヤの歌声が響く。いつのまにか村人も隊商の者たちも歌いだし、手拍子を取っていた。


 ドドンッという太鼓の音とともに曲が終わりマイヤが槍を突き出してピタリと止まる。

 大きな拍手とともにマイヤが一礼すると、オッシが軽快な曲を弾き、トピの太鼓が小気味いいリズムを刻む。クルクルとマイヤとヘリが回り、オッシが豊かな声で歌いだす。


 それから何曲か歌い踊り、日が傾くころまで続いた。村人たちの表情が和らいだようだ。村人に話しかけられるトピがオッシと一緒にニコニコしている。


 ……仏頂面でにらむだけじゃなくて、そんな表情もできるんじゃん。


 夕陽の中で輝く赤毛のマイヤは美しかった。上気した頬で眼を輝かせるヘリも素晴らしく可愛らしかった。


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