ベルグン3
ガタゴトと進む四台の馬車を三人の男たちが付いて歩く。
前に二人、後ろに一人のようだ。歩いているのは護衛する者らしい。
……ベルグンという街まで歩いて移動か。空を飛べば早いが、人と関わりを持つならこの先は徒歩旅行だ。この体なら体力は十分だ。
「ジュストさんはフラゼッタ王国の人なんですよね。ここはノルフェ王国ですが、国を超えて商売をするんですね」
「ああ、利益になればどこにでもいくよ」
「税がかかっても利益になるの?」
「昔は税がキツイこともあったが、今はそうでもない。上手くやれればね」
「ふーん。僕は物を買ったことがないんです。師匠がお金を持たせてくれたけど、どうすれば物が買えるのか知りたいです」
「そうか。物の買い方から教えてあげよう。エルクは人に会ったことがないんだったね。集落や村では物と物を交換している。ある程度人がいて店があればお金と物を交換する。どちらも買うってことだね。お金は通貨ともいうね。通貨があれば物をいっぱい運ばなくてもいいから、商売の中心は通貨になる。通貨は金、銀、銅貨でそれぞれ大、中、小硬貨があるが、中硬貨は、どれもほとんど使われない」
「ふむふむ、ああ、これが持たせてもらったお金です」
そう言ってエルクはパックから革の小袋を取り出した。宝物庫に入っていた硬貨をあらかじめいくらか入れておいた。
金貨と銀貨を取り出してジュストに渡した。
「……小金貨と小銀貨かな。でもこれは……かなり古い時代のものだな。彫られている意匠に見覚えがない。金と銀ではありそうだが……かなり大きな街の大商店でなければ使えないかもしれない。小さい街だと偽物扱いされるな。私もこれで支払われても受け取れない」
「そうですか……」
金がない、ということになった。他には宝石や装飾品もあるが、これも大きな街でなければ換金できないだろう。
「さっきの灰色狼はお金になる?」
ゴドも、焼いてはもったいないと言っていたから望みはありそうだ。
「毛皮も部位も売れるだろう。なにより魔石が売れる。私もいくらか運んでいるよ。需要のあるものだからね。あの数だ、しばらくの旅費には困らないだろう」
「そうなんだ。魔物を狩ればお金になるのか」
「ゴドたちには今回護衛を頼んだが、本来冒険者は魔物を狩り、魔石を集めるのが仕事だ。ゴドに教えてもらうといいよ」
「うん、わかった。じゃあ……」
エルクは硬貨をしまうと次の質問を始めた。
日が沈むかなり前に野営地に着いた。
小川を渡った先に森から離れた空き地があり、今夜はそこに野営する。かまどの跡がありよく利用されているようだ。他に野営しているものはいない。
ゴドたち徒歩の護衛が付近を見て回り、ジュストに合図する。
馬車を円陣に止め、ジュストとゴドが声を掛け合った後野営の準備が始まった。
「俺はエルクと用がある。見張りと準備は任せたぞ。エルク、ちょっと来てくれ」
ゴドに呼ばれてマイヤの馬車にいった。
マイヤは馬車から調理道具を下ろしていた。
「ジャンの様子はどうだ?」
ゴドが聞くとマイヤが馬車の方を向いた。
「眠ってるよ。熱も汗もなし。落ち着いている感じ」
エルクは馬車に入れてもらった。
マイヤの馬車は、生活できる家馬車だ。大人と子供の四人でも狭いだろうに、さらに家財道具や細々したものが大量にある。様々な匂いがこもっている。
実は彼らと出会った時から気になっていることがある。彼らは、臭かった。
何日も魔物を警戒しながら、野営してきたせいであろうが、体臭がきつい。
……さすがにマイヤは体を拭いているんだろうけど。男たちの髭は旅の長さかな。嗅覚が鋭くなっているので、近くに寄らないでほしい。
入ってすぐの所にベッドがありジャンが寝せられていた。
近づいて規則正しい寝息を立てるジャンの様子を確認し、ゴドとマイヤに小声で話しかけた。
「呼吸は落ち着いているし大丈夫だと思う。目を覚ましたらもう普通に行動できるよ。ただ血が足りないと思うから、二、三日は激しい運動はしないほうがいい」
ゴドもマイヤもホッとしたようだ。
「わかった、ありがとう。マイヤ、何か精の付くものが食べさせられるといいんだが」
「うーん、……あの狼があったら肉を食べさせられたんだけどねぇ」
「お、エルク、一頭譲ってくれないか。肉だけでいい、その代わりに解体は俺がやる。どうかな」
「いいよ。解体はやったことがないから見ていていい?」
「ああ、いい。マイヤ肉をさばいてくるから」
エルクが了承すると、三人で馬車を降り、ゴドは道具を取ってきた。ロープと布とナタのようなナイフだ。マイヤから鍋を借りて、二人で小川に向かった。後ろからマイヤが大声で話すのが聞こえた。
「トピ! トピ! 馬たちの世話は頼んだよ! 薪もいるよ! オッシ! ぼっとしてないで鍋運んどくれ」
「マイヤが、みんなの食事の支度をするの?」
「ああ、料理と馬の世話のために雇われているんだ。食い物は分けて他の馬車に積んでいるが、マイヤの料理は美味くてな、ジュストさんが気にいって雇える時はマイヤを選ぶ」
小川まで来るとゴドはエルクに止まるよう手で合図し、周りの様子をうかがった。危険なものがいないのは探知魔法でわかっていたが、言わなかった。納得がいったのかゴドが一つうなずいた。
「大丈夫そうだ。この辺りでいいか。狼を出してくれ」
小石の河原になっているところに狼を出した。小川は深いところもあり、そこかしこで虫を食べる魚か、水面に波紋が広がる。
ゴドが狼のあちこちを調べていった。
「傷がないな。エルク、どうやって仕留めたんだ?」
「うーんと、ここ。ほら、ここにちょっと傷があるでしょ」
エルクは狼の後頭部と背骨の付け根を示し、爪の先ほどの焼け跡を見せた。
「急所だな。だが、ここを焼いただけでは殺せまい」
「うん。熱い光の針をここに打ち込んで、脳の下の部分を一瞬で焼いたんだ」
「……全部の狼に一瞬でか……。大したもんだとは思っていたが、これ程とはな。そんな魔法聞いたこともない……」
「そうなの? 効率的だと思うけどな」
「……わかった。……あの場で血抜きができたら良かったんだが、仕方がないか」
「パックに入れとくと時間が立たないから血は固まってないと思うよ。川につけたらいいんじゃない?」
「血が固まってない? どれ」
ゴドは狼の首の下に鍋をあてがい、腰のナイフで切り裂いた。
「おお、ほんとだ。血が出るぞ。ちっ、こぼしちゃもったいない」
二人で後ろ足を持って持ち上げる。流れる血を鍋で受け止めた後、足にロープを結わえて狼を川に漬けた。
「ねえ、ゴド、ちょっと相談にのってくれない?」
「……護衛の件か?」
「うん、僕が護衛に加わったら迷惑じゃない? 護衛なんてしたことないし」
ゴドが髭の顎をぼりぼりかきながら答えた。
「そうだな。普通は経験を積んでないと受けられないんだが。エルクの魔法は役に立つ。今回はパーティに魔術師がいない。剣士が三人、槍が一人、狩人が一人。魔術師は都合がつかなくて同行できなかった。だからエルクがいてくれると助かる」
「よかった。護衛、受けようと思うんだけど。護衛って一人いくらとかでジュストと契約してるの?」
「いや、冒険者ギルドを通した仕事だ。経費込みで食事付き、全部でいくらという契約だ。ジュストはいくら出すと言った?」
「その話はまだ。受けるつもりはあると返事したけど、ゴドの話を聞いてからと思って保留中」
「ふふん、即答しないとは、本当に子供か? いくつなんだ?」
「正確にはわからない。拾って育ててくれた師匠は今年で十歳ぐらいだろうって」
「孤児だったのか? いいとこの子だと思ったんだが。さてそろそろいいかな。金の話は後でジュストにしといてやる。悪いようにはしない」
「ありがとう、ゴド」
川から狼を出してさばいていった。毛皮をはぐとゴドが手元を見せてくれた。
「心臓のところにある赤い石が魔石だ。刃を当てて傷をつけると品質が下がる。慎重に取り出すんだ」
ゴドは丁寧に腹を裂き内蔵を取り出すと、癒着するように心臓と一つになっている石を見せてくれた。魔力がこもった赤い石だ。
「……灰色狼にしては大きいな」
大きいとゴドが言うので鑑定する。中くらいの品質らしかった。小さく裂いた布に包んで手渡してくれたので聞いてみた。
「これでいくらぐらいになるの?」
「そうだな、小金貨一、二枚はするだろうな。魔力量は鑑定しないとわからないがな」
「ゴド、この魔石をゴドが買い取ってくれないかな。僕はお金を持っていないんだ」
「……うーん、だが俺も持ち合わせがな」
「いくらでもいいよ。全くないのは困るから、一泊の宿代、食事代ぐらいでいい」
「……それなら、ジュストさんに話して買い取ってもらうのがいいだろう」
「わかった、ありがとう」




