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旧)黒きエルク  作者: ヘアズイヤー
継承する者

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ベルグン1


 目の前には東西に湿地が広がっている。

 北は海に面し、南は大きな黒い森が迫っている。湿地と森の間を添うように乾いた土地があり街道らしきものがあった。森に隠れながらエルクは街道沿いを走っていた。


 ここはノルフェ王国。荒れ地からかなり西に来た所だ。アザレアたちと別れた場所で、高高度まで垂直に飛行し地形を確かめた。

 魔王国は大陸から北にキノコの「かさ」みたいに突き出した大きな半島だ。スカンジナビア半島みたいか。

 北西の海に向けて飛んで、海岸沿いを西に向かった。飛行中は光学迷彩のように隠蔽魔法を使った。


 ……見られてはいないと思う。探知する方法があるのかないのか、知らないというのは怖い。


 半島の付け根西側に北から南に伸びる長い絶壁があり、魔王国側が高くなっている。その断崖がノルフェ王国との国境だろう。海近くに崖を下るわずかな谷の切れ目があり、下りたところに防柵と砦らしきものが作られていた。

 崖と砦を飛んでかわし、しばらく海沿いを飛んだところに今いる。


 近くに街はなかったが、探知魔法に気になる反応があったので、空から降りて走っている。街道に複数人の人間と動物、その周りに三十ほどの魔物、灰色狼という魔物のようだ。普通の灰色狼とどう違うのかわからないが、商人が襲われているのかもしれない。


 馬車が見えた。四台ほどが灰色狼に追われている。馬車は前方の三台が幌付きで最後尾はロマワゴンと似た家のような馬車だった。

 四台を守るように三人の男が剣を抜いて走っている。その後ろを扇形に広がって灰色狼が追っている。灰色狼は体高が大人の胸のあたりまである。先頭の一頭の体高は人の背丈を超えている。ボスか。


「ダメ! 遅れたら置いていかれる! 遅れず付いて行って!」

 最後尾の馬車から女の大声が響いた。馬車が遅れ始めたようだ。

 灰色狼は慌てていない。遅れる馬車を狙うつもりらしい。

「馬を抑えろ! 走れなくなったら終わりだ!」

 馬たちがパニックで全速を出さないよう男の声がかかる。だが、追いつかれるのは時間の問題に見えた。


 走る男の一人がつまずいたのか派手に転んだ。

「ジャン! くっ!」

 ころんだ男に灰色狼が飛びついた。足首あたりに噛みつく。もう一頭が剣を持つ手に噛みついた。二頭でいたぶるように馬車の後を引きずっていく。


 エルクは森から飛び出し、叫んだ。

「手助けします!」

 男たちの顔が一瞬ゆるんだが、声の主が子供だと知ると表情が険しくなった。

「子供、馬車まで走れ!」

 男たちの一人がエルクに向かって叫んだ。ころんだジャンに声をかけた男だ。

「防御の魔法をかける!」

 エルクはそう叫ぶと、手をかざした。青い光がジャンを包み、灰色狼を弾き飛ばした。青い光は馬車と走る男たちも包んだ。

「その光の中なら、攻撃は届かないから、落ち着いて!」


 エルクがジャンの傍に駆け寄ると、灰色狼たちは一斉にエルクを目指した。うまく自分だけを目標にさせることができた。


 エルクは足を止めて追いつくのを待った。灰色狼の延髄に狙いを定め、細い光の矢を撃つ。命中すると灰色狼は声もあげずに倒れ込んだ。ボスの灰色狼は横に飛んでよけた。よけたボスを外れた光の矢が追尾する。

 上から光の矢が来るタイミングで低く横にかわし、地面に当たった。


「あれー。よけられちゃった。弾速が遅いかなぁ。まだまだ甘いな」

 ボスは鼻にしわを寄せ、大きな牙を見せて低くうなってエルクをにらんだ。


 ……大きいなぁ。僕なんかひとのみにされそうだ。ごめんね、生きるため仕方ないんだろうけど、こっちも魔王として従わせると面倒なことになるから。


 ゆっくりと歩いてボスに近づいた。

 真っすぐ飛びかかってくるボスをギリギリで横にかわす。熱い息が顔にかかり、ヒュと耳元で音がする。

 かわして飛び退り距離を取る。ボスは右に左にと不規則に動きながら、突っ込んでくる。先ほどと同じようにかわすと、ボスは予想していたのか、着地したところで体をひねり噛み付いてきた。


 ……ごめんね


 ボス灰色狼の脳髄に至近距離から光の矢を打ち込む。バシッと鈍い音がして大きな体が地に伏した。


 周りを探知して危険な魔物がいないことを確認した後で防御の魔法を解除した。手をかざす動作と防御に青い光を付けたのは、無詠唱を隠すためと魔法を使うアピールだ。


 男たちが剣を抜き荒い息をしたまま近寄ってきた。離れたところに馬車を止めて、何人かが下りてこちらに向かってくる。

「……全部……倒したのか?」

「ええ、倒してはいけなかった? さっきのひと大丈夫かな」

 エルクはジャンに近づいた。地面にしゃがみ込み手を抑えている。血が流れ出ている。左足はズボンが裂け、足首からも血が流れている。

「治癒魔法を使うよ。傷を見せて」

 ほうけた青い顔でこちらを見上げるジャンの抑えた手を無理にどけて、傷口に手をかざした。鑑定魔法が傷の具合を教えてくれたので、血管も神経も何もかも元に戻るように魔法をかける。足の傷も同じ様に傷口を塞いだ。手も足も裂けただけで骨は折れていなかった。


「……治癒魔法だと」

「灰色狼をどうやって倒したんだ? 光が飛んでくのが見えただけだぞ」

「青い光は何だったんだ?」

「いったい何者だ」

 集まってきた男たちが話している。治癒魔法はやりすぎだったかな。


「傷は塞ぎましたが、出血と痛みのショックで死ぬこともあります。しばらく馬車に乗せて安静にしておいたほうがいいですよ」

「うむ、わかった。……お前は何者だ? 治療師か? どうやって狼を倒した?」

 ジャンが転んだ時に声をかけた男が、大声で聞いてきた。

「……いきなりそれですか。助けたお礼じゃなくて」

 エルクがため息をつくと、男がはっとした。

「あ、いや、す、すまない。ジャンを助けてくれてありがとう。おかげで助かったよ」

「いえいえ、どういたしまして」

 荒っぽい見た目だけど悪い人じゃなさそうだ。大柄で筋肉質、濃茶の髪に鋭い灰色の眼で薄く髭伸ばしている。

「俺は銀証冒険者のゴドだ。怪我をしたやつはジャンだ」

「エルクといいます。冒険者ですか? 初めて聞きました。冒険者って職業があるんだね」


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