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旧)黒きエルク  作者: ヘアズイヤー
継承する者

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出現7


「皆さん朝食はお済みですか? 僕はまだなのでご一緒にどうですか? 大したものはなく鳥スープパン粥ですが。ああ、ガランさんたちには用意していたものでは足りないか。宝物庫に肉が入っているけど、なんの肉かはわからないしなぁ」

「エルク様、我らのことはお気遣いなく。先週食事をしたばかりです。竜族は一度食事をすると数ヶ月は食べません」

「そう、こっちは助かるけど、数ヶ月に一度の食事って味気ないね。食べる楽しみを知らないのはもったいないから、なんとかならないかな」


 手伝おうとしたアザレアに座っているように言うと、鍋敷きの板に載せた鍋をテーブルに置いた。人数分の器を取り出して粥をよそい、水を入れた木のカップと共に配る。スプーンとフォークをテーブルナプキンの上に置いて共に添えた。テーブルナプキンは浄化魔法を使った清潔な布切れだ。

「さて、いただきます」

 手を合わせて言ったエルクを、皆は不思議そうにみた。まあ食事前後の挨拶は日本独自と言われてる習慣だし、こっちにはないのか。


 三人は、食べだしたエルクと自分の前にあるフォークを見比べている。

「どうしたの? 毒は入っていないよ。同じ鍋から僕も食べてるから大丈夫」

「いえ、これは食事をする時に使う道具でしょうか? 使ったことがないので」

 クラレンスがフォークを手に取った。

「フォーク、使ったことない? 熱いものを食べる時に困らない? 宝物庫にはなかったけど作ってみたんだよね。食事の時ってどんな道具で食べてるの? 手掴み?」

「スプーンは使いますが、こちらは使ったことがありません肉などは手で食べます」

「手掴みかぁ。熱いものは食べないの? じゃあ、ものは試し。使ってみて。パンも用意しましょう」

 皿と固いパンと小ぶりのナイフを取り出して皆の前に置いた。


「さて、食べながら聞いてください。僕はルキフェから魔王を受け継ぎました。そのお話をしましょう」

 アザレア以外はこちらを見ている。

「これはあまり広めたくない話ですが、僕はこことは違う世界に生まれ、生涯を終えました。その世界には魔王はいません。勇者もいません。竜も、角の生えた人や耳が尖った人もいません。魔力や魔法はありません。まったく別の技術、文化、文明が発達しています。そんな世界で死んだ僕は、魂として魔王ルキフェに出会いました」

 エルクはルキフェとの邂逅をかいつまんで話した。


 三人と三頭に会うまでは、異世界からの転生者であることを話すべきか迷っていた。魔王エルクを信頼してもらうために正直に教えることにした。自分が相手を信頼しなければ、こちらを頼ってもらうことは難しいから。


「ルキフェが一番に望んでいることは魔王国の人々が幸せに暮らすこと。自分が禍のもととなり、不幸を撒き散らしたことに苦悩していました」

 エルクを真似てスプーンを使っていた三人の反応を見ていた。クラレンスは器に目を落としたまま食べる手を止めていた。

「魔王ルキフェの中に二人の魔王がいると考えてください。一人はとても理知的で慈愛の心を持った者。もう一人は狂乱し暴力的で残虐な者」

 ブリアレンとアザレアも食べるのを止めてエルクを見つめた。


「ルキフェは、魔王として魔王城に復活した瞬間に狂乱状態となり、そのまま周りを巻き込み、残虐に突撃することを求めました。そうなった魔王の中に理知的なルキフェも同時に存在していた。何千回も、見ているしかなかった」

「……魔王様は戦いを望んでいない、と言うことですか?」

 クラレンスはきつく目を閉じてエルクに聞いた。

 エルクはブリアレンとアザレアを一瞥するとうなずいて答えた。

「はい。今まで一度も望んだことはなかったそうです」

「そんな! あんなにも、あんなにも、みんな死んでしまったのに! 無駄だったと、すべて無意味だったと!」

 クラレンスはエルクに怒りの目を向けて叫んだ。

「……ルキフェの望みはその答えを見つけることです。自分ひとりが消滅して不幸が起きないなら、自分が消滅することにためらいはない。でも、もし別の魔王が生まれたら? 同じことが繰り返されないという確信が持てなかったのです。そこで僕が頼まれました」


 エルクはガランに視線を移して続けた。

「昨日、僕がここに現れたのは大きな賭だった。魔王としてこの世界に、魔王国の外に実際に現れてみないことには、狂乱するのかしないのか、その答えが得られない。試してみるしかなかった」

「もし狂乱されていたら……」

 ガランの問いににっこりとエルクは答えた。

「勇者に滅ぼされることを期待することになったでしょう。狂乱したら肉体が滅びる手立てを用意したけど、確実じゃなかった。でも賭けには勝ちました」


……狂乱したら滅びるのは残ったけどね。この爆弾は解除しないと。


 エルクは改めて皆を見渡し、立ち上がって頭を下げた。

「魔王が狂乱しないためにはどうしたらいいか。狂乱を止めればルキフェの望みを叶える

ことができると思います。そのために皆さんにご協力をお願いいたします」

「エ、エルク様、頭をお上げください!」

 ガランが吠えた。

「もちろん、今すぐ僕に従え、言われた通りに協力しろ、とは言いません。お互いを知る時間が必要でしょう」

 頭を上げて腰を下ろしたエルクにクラレンスが言った。

「……確かに、エルク様は魔王様の力をお持ちであることはわかりました。ガラン殿がここまで従うのがその証でしょう。……しかし、よく考える時間がいただければ幸いです」

「クラレンス!」

 ガランが吠えたが、手を上げて止めた。

「ガラン、いいんです。会ったばかりじゃ当然です」


 エルクは食事を再開した。

「食事を済ませましょう。アザレアさん、味はどう? 塩味だけだからなあ、野菜や胡椒なんかの香辛料があれば良かったんだけど」

「……美味しいです。こんなに骨から肉がするりと外れて、鳥の味がこんなに出ているスープは初めてです」

「お愛想でもそう言ってもらえるとうれしいなぁ。魔法で圧力釜の再現は今後も研究しようっと。シチューやチャーシューもいいね。皆さん普段はどんな物を食べてるの?」

 三人が顔を見合わせている間にガランが答えた。

「我ら竜族は魔物を食べます。家畜を食べると嫌な顔をされます。炎で炙るか丸呑みするか、人種が作るような料理は食べません」

「魔物って食べられるの? やっぱり魔物っているのね」

「私たち魔族はパンと肉などです。肉は焼くか煮るか、野菜はあまり食べません」

「我らは野菜も木の実も食べます。肉は焼くか煮るか」

クラレンスに続いてブリアレンが答えた。

「……あの、クラレンスさんは魔族ですか?」

「はい。魔族です」

「で、ブリアレンさんも魔族ですか? 魔族とはどんな人々なのかを知らないのです」

「いえ、私とアザレアはエルフ族です」

 やっぱりエルフかあ。

「……僕は、魔王国が何処にあるのかも、どんな人たちが住んでいて、どんな暮らしをしているのか、この世界のことを何も知りません。無知なものの言葉を聞いてもらえるとは思えません。この世界のことを知りたい……」


 三人の器が空になっていたので、お代わりを勧めてみたがもうよいようだった。取り出した鳥モモ肉はアザレアがきれいに骨だけにしていた。

「食後の飲物を出したいですが、白湯かな。お茶を飲む習慣はある?」

「……あります。薬草湯をよく飲んでいます」

「その薬草って持ってないですか?」

 アザレアが腰のあたりから小さな革袋を取り出し、中に入っていた乾燥させた葉を数枚もらった。アザレアに教えられながら小ぶりの鍋で煮出して、皆に配った。

「うん、ほのかないい香りだね。ミントティに近い爽やかな味だ」


「さて、僕の望みは、世界を知り魔王国の役に立つことです。まず、魔王国内ではどんな風に皆が暮らしているのか。これはもっとお互いを知ってからでもよいでしょう。いちばん重要なのは情報収集です。魔王国に情報組織はありますか?」

 クラレンスに問いかけた。

「……情報……組織ですか? 誰かが聞いてきたことや必要なことは各部族の長が集まった時に伝えられます」

 ……組織的に一元管理されてないのか。

「勇者が生まれたという情報はありませんか?」

「……勇者が生まれたかどうかは……わかりません。魔王国に侵入された時に存在がわかることもあったようですが……魔王様が倒されるまで勇者のことは誰も気づきません……」

 クラレンスが苦しそうに言った。


 ……狂乱に巻き込まれていたからわかりません、なんだろうな。言い訳しないのはいいけど、問題だな。


「では、勇者がどうやってこちらの情報を得ているかも知らないと?」

「……はい」

「魔王は魔王城で勇者に倒される……いつも必ず。それは魔王城が、魔王国が、魔王の死を教訓とはしない。警備がまったくなく、無警戒でいるのか……。それとも……誰か……が?」

「ぐっ」

 クラレンスが目を見開いた。それを見てエルクはニッコリ笑みを浮かべた。


「次はっと。狂乱は魔王国内だけなのか、魔王国から出掛けていた者も狂乱するのかわかっていますか?」

「魔族の商人で国外にいたものは狂乱しなかったようです」

「お、それはいい情報ですね。国外に支部を置けば狂乱時も対応可能か。ふんふん。魔族の商人は、人間の国に行っても差別されたり、すぐ殺されたりはしないのでしょうか?」

「見下されはしますが、角が目立たず人間と見分けがつかない者やエルフ族、ドワーフ族の者は殺されません」


 ……ドワーフもいるのか。エール作ってるかな。魔王国は敵視されてるだろうけど、人の交流があるってことは滅ぼそうとはしてないってことか? まあガランたち竜族もいるからおいそれと殲滅戦はできないってとこか。


「では、情報組織を作りましょう。……魔王国中央情報局、MCIA」

「……えむし……? 魔王国中央情報局ですか……どのようなものでしょう?」

「国家情報長官の直属で魔王に情報を提供する組織です。まあ、長の下に、情報を集める者、どの情報にどんな意味があるのか考える者、それをもとに行動を決める者、実際に行動を起こす者。そういうことができる能力の集まりというところでしょうか」

「中央情報局……。具体的になにをするのか……」

「一度に全部を作ることはできませんから、まずは僕のそばで情報を集める人が欲しいですね」


 ……クラレンスは能力があるなら、長官職? ブリアレンとアザレアを見た。エルフが森の人なら、得意なことは……狩り?


「色々なところにこっそり侵入し、人に紛れ話や書類から情報を得ること。場合によってはうそをついて人をだまし、後ろから忍び寄って暗殺することも必要になる。また、協力者を集めることも必要になるでしょう。僕が考えるこれらのことを学ぶ気持ちのある人、そんな人を選んで僕につけてください」


……いきなり組織を作るのは不可能だ。少しずつ人材を教育していこう。タイムリミットはあるが、急いては事を仕損じる、だね。


 三人はうつむいて黙って考え込んだ。


「ガラン、ホーロラとスランは連絡役でしたね。どの様にするのですか?」

「どちらかが交代でエルク様に付き、魔王国と行き来します」

「うーん、ホーロラとスランは他の人間から見えないよう透明になったりできるの?」

「……隠蔽魔法で見えないようにはなりますが、ずっとかけておくことはできません。エルク様のお考えのように一緒に行動することは難しいかと」

「だね。必要な時に呼ぶから来てもらおうかな。ガランに呼びかけたときのような遠い距離で話ができる方法はある?」

「念話でしょうか? 竜族は皆できますのでホーロラやスランと話してみてください」

『ハーイ! ……ホーロラは右前足を挙げて。スランは翼を広げて。ぶつからないようにね』

『『はい』』

 ホーロラは右前足を挙げ、スランはゆっくりと翼を広げた。

『ふたりともありがとう。もう下ろしていいよ。クラレンスさん、魔族は念話ができる?』

『できますが、竜族のように全員ができるわけではありません』


 クラレンスは念話から切り替えて言った。

「ブリアレンとアザレアはできます。ただ、あまり遠くになると難しいですし、魔力を多く使うので、日に何度もはできません。緊急のときだけ使います」

『そうなんだ、あまり使えないか。ブリアレンさん、できる距離はどのくらい?』

『一日歩く距離くらい……でしょうか』

『アザレアさんはどのくらいの距離?』

『……見えていれば届く程度です』

『そうかぁ、アザレアさんが背負っているのは弓ですか?』

『……はい』

「ほう、後で射るところを見せてもらえます?」

「……はい」

「今の念話でも魔力はかなり使う?」

 三人はうなずいた。

「伝言や手紙での方法を考えないとね。盗まれたり、裏切られたりした時に内容が知られないように暗号も必要になるねぇ。なんか考えるか」


 ……暗号を専門に考える部署も人も育てないといけないが、後回しかな。


「ここでは時間をどうかぞえるの? 一分、一秒ってどのくらい? 一時間は?一日は何時間? 月は? 一年って? 季節はある?」

 理由は理解していないが一年は三百六十日、一月は三十日、十二か月で一年、四季があり、今は春の半ば、今日は聖教会暦五五二五年五月十六日。聖教会は宿敵だが、人間と商売をするので相手に合わせる必要があって、各国共通の暦を使用しているのだという。


「魔王国の識字率はどうなってます? みんな文字の読み書きはできるの?」

 ブリアレンがクラレンスを見て答えてくれた。

「……識字率とは初めて聞く言葉ですが、エルフは、子供に読み書きと算術を村で教えます」

クラレンスがうなずいた。

「魔族も同じです」

「識字率って言葉は、読み書きできる人がどれくらいいるかって言葉だよ。魔王国は高そうだ。じゃあ、僕に連絡したい時は宝物庫に手紙を入れてください。僕からの連絡は当面ガランへの念話にします」


「この後、僕は世界を知るために人間の国を旅しようと思います。どこに行けばよいでしょう?」

 僕の問にクラレンスが答えた。

「魔王国は南にフラゼッタ王国、西の大裂け目でノルフェ王国に、大森林を挟んでギリス王国と接しています。どの国も国境に砦があり警戒されています。フラゼッタ王国は特に厳しく警戒しています。海沿いのノルフェ王国ならば魔王国の商人も向かうので入りやすいかと思います。エルク様は人間に見えますから、国境さえ超えれば旅をするのはそう難しくはないでしょう」

「では……ノルフェ王国を目指すことにしましょう。空を飛んでいけば国境を超えるのは簡単でしょう」

「空を飛べるのですか!」

 アザレアが驚いて声を上げた。

「昨日、魔法で飛んでみました。飛べないの?」

「……翼あるもの以外は飛べません。空を飛ぶ魔法があるなんて……風魔法でしょうか。聞いたことがありません」

「ガランたちも魔法で飛んでいるよね?」

 ガランが瞬きして頭を横に振った。

「我らは魔法で飛んでいません。幼竜の頃に練習し飛べるようになるのです」


 ……練習してか。種族的な魔法か? まず間違いなく魔法だろうが、魔法で飛んでる意識はないのだろう。話を聞いているアザレアの瞳が熱っぽくなった。飛ぶ魔法は憧れなのかな。


「僕だけ飛べるのかな。まあ魔法は、もっと学ばなくてはいけないね。では、次はノルフェ王国で連絡を取り合うことにしましょう」


 ……アザレアは話題が変わったことにがっかりしたかな。


「アザレアさん、弓を射てみてもらえますか?」


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