出現6
目が覚めるとまだ日が昇る前でまだ暗い。
一晩中有効にしていた探知魔法はなんの反応も示さなかった。昨日あれほど大騒ぎしたから、この辺りにいた生き物は逃げ出したのかもしれない。
起き出して、顔を洗って朝食にする。昨夜と同じ鳥スープパン粥を作る。
……ラー油が欲しい。
朝食の準備ができた頃には空が白んできた。
さて食べようとした時に、ガランともう二頭の竜が飛んでくるのを探知魔法が捕捉した。探知範囲を一キロほどにしていたのでもう頭の上だ。
見上げるとガランを先頭にその後ろに二頭が並んだ三角形の編隊飛行で、ゆっくりと旋回しながら降りてきた。竜たちの頭には、合わせて三人の人影が見える。鞍のようなもので騎乗しているようだ。
ガラン以外の二頭は羽が二枚で皮膜の羽、全身が濃い茶色でガランより二回りほど小さい。
大きく手を振って駆け出した。
十歳の子供ならば、知り合いの竜が飛んでくるのが見えたら笑顔で手を振って走り回るだろう。
今後情報収集をするなら子供らしく振る舞えた方が良さそうなので練習することにした。
……この世界の言葉には「私」と「僕」のように複数の一人称があるので使い分けてみよう。純真無垢な笑顔の子供には警戒を緩めるから、多分。
砂煙をたてないように気遣ってくれたのか風を巻き起こさずにフワリと降りてきた。
「おはよう、ガラン!」
「おはようございます、エルク様」
竜たちは首を伸ばして乗っていた三人を降ろした。三人とも厚手の黒いフード付きマントを体に巻きつけるように着ている。
ガランを中心に二頭の竜が並び、その前に三人が並んだ。
一人は壮年に見える長身の男性。黒い瞳、黒髪でこめかみに白いものがまじる。眉間に深いシワ、眉毛の上に二本短い角がある。蒼白で端正な顔だが冷たく感じる。
もう一人の男性も長身で先の男性より肩幅が狭い。灰色の長い髪を襟足ぐらいで縛り、髪色と同じ灰色の眼、眉間にシワを寄せているが年齢の見当はつかない。無表情でこちらを見ている。耳の上が尖っている。エルフだろうか。
最後の女性も同じ様に耳が尖っている。十七、八歳に見えるが鋭い目つきでこちらを睨んでいる。長い黒髪を、茶革でまとめている。色白で灰色の眼。少し厚めの赤い唇。すごく美しい。
……マントの左肩辺りが少し盛り上がっているのは弓を背負っているのかな。
三人とも年齢性別は違うが、かなり整った顔立ちでスラリとした体型である。
三人は、こちらをちらと見た後、穴だらけや溶けた岩、焼けた地面、ガランと戦ってできた大きな溝、竜の形が残る岩山などを見渡して目を見開いていた。
エルクは右手を胸に当て左手を低く横に出し、にっこり笑いて軽く会釈をした。
「皆さん、初めまして。エルクです。魔王ルキフェ様より魔王を受け継ぎました。以後、よろしくお見知り置きください。皆さんのお名前を教えて下さいませんか?」
角の男性が軽く会釈をした。
「クラレンスと申します」
エルフらしき男性はエルクを真っすぐ見つめていた。
「ブリアレンと申します」
最後の女性がエルクをにらんだ。
「……アザレア……です」
ガランが二頭の竜を紹介した。
「エルク様、こちらの者は連絡役としてお役立てください。右がスラン、左がホーロラです」
二頭の竜は臣下の礼を取った。
「「魔王エルク様、よろしくお願い申し上げます」」
竜たちの言葉を聞いてアザレアがピクリと眉を動かした。
「では皆さんこちらに。座ってお話しましょう。どうぞ」
エルクはテントの前に案内すると、十人は座れる凝った装飾のテーブルと四脚の椅子を取り出して、三人が自分と対面するように椅子を並べた。
「どうぞ、座ってください」
エルクと向かい合うようにクラレンスが座り、その横にブリアレン、アザレアの順で座った。その後ろに、ガランたち三頭の竜がスフィンクス座りをした。
「いきなり子供が魔王を受け継ぎました、と言っても良くわからないでしょう? ガランは僕の魔力が見えるようですが、みんなには僕の魔力が見える?」
三人は顔を見合わせた。ブリアレン、アザレアは首を横に振り、クラレンスが代表して答えた。
「我々にはガラン殿の様に魔力を見る能力はありません」
「そうですか。では別なものを考えねばなりませんね。魔王城の宝物庫に入っている物は、魔王以外に取り出すことができないんですよね。クラレンスさん、そうですか?」
「ええ。入れることは誰にでもできますが、取り出せるのは魔王様だけです」
「では、ガランに命じて入れておいてもらったものを取り出しましょう。……昨夜から入れられたのは……三つですね」
ガランに会ってから今朝までに入れられたものを検索した。
最初は刃が折れている抜身の剣。
「はあ、綺麗な剣ですね。柄と鍔の装飾と宝石、刃に施された紋様も素晴らしい。折れてしまっているのが残念」
クラレンスが手を伸ばしてテーブルの上に置いた剣を取りじっと見つめた。
「……これは私の先祖が魔王様を守って勇者と戦った剣です。勇者に折られたと聞いています」
「誇りある剣、ですね」
「……」
クラレンスの表情は読めなかったが、じっと折れた剣を見つめていた。
次に弓を取り出してテーブルに置いた。
「シンプルだけれど気品のある弓だねぇ。ハンドルにある蔦のような象嵌装飾が美しい。でも、よく使い込まれて力強い」
ブリアレンは首を傾げて言った。
「ありがとうございます。これは私が若い頃に作り、ずっと狩りで使っている弓です」
「アーチェリーの経験はあるけど、これほど優美ではなかったなぁ」
「……あーちぇ……」
「あ、すみません、別の世界の言葉です。気にしないでください。と、最後はっと……、これは!」
取り出そうとして手を止め、思わずアザレアを見つめる。
アザレアはツッと目をそらし、僅かに赤くなった。
「ふーむ。これはきっと俗人には理解できない、高尚で深い意味のあるものなのでしょう」
と、取り出したのは皿に乗せられた骨付きの鳥モモ肉らしきもの。
まだ温かく芳ばしい香りがしていて、一口小さく噛みちぎられている。
「アハハハハハ」
とエルクが笑い声を上げると、ブリアレンが皿を見て、アザレアにとがめるような視線を向けた。
「アザレア、これは……」
エルクは手を上げてブリアレンの言葉を遮る。
「クラレンスさんの剣。抜身ということは懐疑と敵意かな。本当に大切なものは取り出せなくなっては困るし、新しい魔王が本物であった場合に不敬になっては問題になる。それなりの価値のあるものが必要。この話全部が嘘であったのなら、反抗も辞さない気持ちも入っているでしょうか」
クラレンスを見つめて話した。
「ブリアレンさんの弓。取り出されたものが自分の入れたものだと絶対確実にわかるように、というお気持ちかな。魔王が本物でなければどうとでもできる、とも?」
ブリアレンは相応の知略があるのだろうが、基本は生真面目な性格なのだろう。
「そしてアザレアさんの、お肉。ガランから子供と聞いて、元々魔王の存在に疑問のあった貴女は悪戯心を刺激されたのでしょう? 多分ルキフェとは面識がないのかな。この肉を見て笑い飛ばすのか、反対に、激怒したら魔王とはその程度の者。自分たちに強い影響を与える魔王を計りたかったのでしょう。恥ずかしそうにする自分の態度にどう反応するのかとか」
にっこり笑ってアザレアに皿を押しやった。




