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ぼくも買おう おうちを買おう  作者: 加藤泰幸
二部:敏腕! 宅見氏編
6/18

六話『これが掘り出し物だ』

「A社が紹介した物件は、どちらも業物(ぎょうもの)ですね。普通は告げておくべきなのですが」


 後日。

 宅見氏に不動産探しを依頼するべく、事務所へと伺った我々は、

 彼女に求められてこれまでの経緯や内覧物件を説明した。

 すると、宅見氏は小首を傾げながら、聞きなれない言葉を口にしたのである。

 



「業物……ですか?」

「ええ。中古物件は、買い手と売り手の間に不動産屋が2社入る事があります。

 買い手側の不動産屋と、売り手側の不動産屋で、これを業物と言います。

 一方、間に一社しか入らない形式は、専属専任媒介せんぞくせんにんばいかいと言います」


挿絵(By みてみん)


「それは、何故告げておくべきなのですか?」

 今度は、横に並んだ妻が尋ねる。

 先程から、宅見氏にそう疑問を投げかけているのは彼女だ。

 念の為に言っておくが、私だって疑問に感じた事だ。ただ妻が先に口にしただけで、私が役立たずというワケではない。

 なお、ミミも一緒に来ているのだが、私の膝の上でゴロゴロしているだけで、ミミこそが本物の役立たずである。





「間に1社だけですと、不動産屋は、買い手と売り手、両方の立場を考える必要がありますよね。そうなると、買い手は不動産屋を気遣って、意見をストレートに伝えられない事があるんです。

 でも業物でしたら、その遠慮は不要です。なので、買い手の事を考えれば告げておくべきなんですよ。内覧時に鍵を取得するのに時間がかかったのも、間にもう一つ不動産屋を挟んだ兼ね合いかと思います」


 なるほど、言われてみれば、それが理由かもしれない。

 得心いった私は膝を叩こうとしたが、膝にはミミがいる。

 代わりに太ももを叩いて間抜けな音を鳴らしたが、

 宅見氏は、そんな私を気にせず話を続けた。





「それはそれとして……私から今ご案内したい物件は2件あります。

 1件目は、加藤さんがお気に召された高美が丘の物件。4LDKです。

 ただお値段は2000万を少し超えますから、

 予算的にはもう厳しくありますが……」

「構いません。是非、内覧させて下さい」


 私は即、その希望を口にした。

 妻にもあらかじめ話はしており、了承は受けているものの、彼女は、高美が丘に特別な思い入れを持たないわけで、どこか冷めたい目で私を見ているようだった。

 だが、構わない。

 いや、冷たい目で見られるのが嬉しいのではない。

 いざ高美が丘に行けば、彼女も魅力を肌で感じるはずなのだ。





「そしてもう1件。

 建物面積22坪の狭い平屋で、築年数約50年と古い物件ですが、助実(すけざね)です」

「助実!?」

 驚きの声を漏らしたのは妻だった。

 衝撃で飛び起きたミミが、また私の手首を噛み、私はトムとジェリーのトムのような奇声を上げかけたが、かろうじて声を押し殺した。

 だが妻は、そんな私に構う様子もなく、目を見開いて宅見氏の言葉を待っていた。




「ええ、助実。お値段は400万円程です」

「す、助実でそのお値段の物件があるんですか!?

 そんな情報、物件情報サイトには……」

「ええ。まだ未掲載情報です。いち早くお伝えしております」

「凄い、そんな情報を……A社と話をした時は、未掲載情報なんて……」

「私のような小さい会社は、マンツーマンでお相手できるから、情報を提示しやすいんですよ。もちろん、A社様にはA社様のメリットが存在しますよ?」


 最後に宅見氏が口にした言葉の意味は、まあ、分かる。

 だが助実とやらは何が何やらで、私は涙目になると……まあミミに噛まれた痛みのせいなのだが、とにかく教えを乞う目つきになると、宅見氏は状況を察したかのように苦笑して話を続けた。


「助実は西条地区の一角にある街ですが、近々、大型ショッピングモールの建設を予定しており、今後、市を挙げて発展していく地区です。中の残留物の撤去に一週間以上要するので、内覧はその後になりますが……」

「構いません。是非、内覧の予定をお願いします!!」


 妻から威勢の良い言葉を投げかけられた宅見氏は、温和な表情で頷いた。

 妻は、それに気を良くすると、メガネをキラリと輝かせて私をにらんできた。

 これが私の伴侶か……という想いはさておいて、おそらく、この目つきは挑戦状なのだろう。

 高美が丘と助実、どちらの物件が相手を納得させられるかだ。


 私は良かろうと言わんばかりに深く頷いた。

 私としては高美が丘を推すつもりだが、話を聞く限り、

 どうやらこの助実物件は、世間で『掘り出し物』と言われる物件のようである。

 そんな物件なら、検討する価値は十分にあるだろう。


 かくして夫婦間では火花が飛び散る事となった。

 ……の だが、この勝負の決着は、思いもつかぬ形でつくのであった。






 ◇






『残念ながら、助実の物件は買い手が決まりました』


 そんなメールを宅見氏から受け取ったのは、それから3日後の事だった。

 その旨を妻に告げると、彼女は床へがっくりと崩れ落ちた。

 新手の遊びが始まったのかと、ミミが近づいて手をぺろぺろと舐めたが、

 それを気にする余裕もない程に、彼女は落胆していた。


「ど、どういう事……?

 まだ内覧もできない状態だったはずなのに、なんでこんな早くに……」


「ちゃんと理由があるのだ。それはな……」


 私は妻の肩を叩きながら、メールに記された詳細を口にした。

 確かに妻のいうとおり、まだ内覧は不可能である。

 だが、内覧せずとも購入に踏み切る事が可能なケースは存在するのだ。

 それは、建物ではなく土地が欲しい時、である。


 なんと、助実の物件を購入したのは不動産業者であった。

 おそらく、今後、ショッピングモールの建設で地価が高騰する事を見越しての投資であり、分譲スペースにして、高く売るつもりなのだろう。


 それを聞かされた妻は、すぐには立ち上がれなかったものの、

 それでも小さくため息をつき、ようやくミミを撫でる余裕を見せてくれた。


「……そういう事情なら、仕方ないわね……。

 私達は内覧せず買うわけにはいかないし。さすがに不動産屋には勝てないわ」

「そうだな。だが、今回の件は何も悪い事ばかりじゃない」

「候補物件が、高美が丘だけに絞られるから?」

「そうではない。宅見氏の事だ。

 このフットワークの軽さ、そして不動産屋が飛びつく物件をピックアップしてくれる慧眼。本当に強力な味方を得たと再認識できたじゃないか。

 仮に、高美が丘の物件が上手くいかなかったとしても、先行きは明るいぞ」

「……そうね。それは言えているわ」




 これで、我が家の『戦闘態勢』は完全に整った。

 いよいよ高美が丘物件の内覧へ。

 果たして、私の死地は、あの閑静な住宅街になるのだろうか。

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