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ぼくも買おう おうちを買おう  作者: 加藤泰幸
一部:疾風! 内覧編
4/18

四話『ミミの贈り物』

 内覧予定の家の鍵が用意できたのは、また翌週末の事だった。


 A社のB氏とは現地で待ち合わせとなり、まずは1軒目へと車を走らせる。

 住所は、西条地区の外れだった。田舎過ぎる事はないが発展しているわけでもない場所だった。

 築30年程の物件で、新しくもなければ古くもない。

 値段と間取りは1600万の4LDKで、高くもなく安くもない。

 何から何まで「まあまあ」な物件前に、約束の時刻に着くと、B氏は既に待機していた。


「むふーっ」


 さあ、いよいよきたぞ。内覧だ。我が家購入の第一歩だ。

 いや、第一歩どころか、内容次第では、ここからドバドバと濁流のような勢いで話が進む事もあるだろう。私は微かな興奮を覚え、妻とミミの前に立って胸を張り、B氏が玄関の鍵を開けるのを待っていた。

 するとその最中、隣の家の住人らしき老婦人が小型犬を抱っこして、庭からニコヤカな笑顔を振りまいてきた。


「あらこんにちは」

「あ、あ、あ。どーも」

 例によって見知らぬ相手との会話は焦るが、それでもなんとか頭を下げる。

 もしこの家に住む事になったら、彼女は隣人になるのだ。

 家や街並みだけじゃなく、ご近所付き合いも重要な要素なのだ。

 だが……この『周辺環境』という情報は、重要なくせして、なかなか得難いものでもある。

 気が付けば私は、コノヤロ何者だビームを放つ目つきになって老婦人を見つめていたが、妻に袖を引っ張られた事で、ようやく家の方へと向き直った。




「どうぞ、ご自由にご覧になってください」


 Bに中を案内され、用意されたスリッパに履き替えて足を踏み入れる。

 まず目についたのは、内壁だった。薄暗い家の中は、所々内壁のクロスが破れているのだ。

 それだけではなく、天井や床にも傷んでいる様子が見受けられたが、その事をBに確認すると「大体こんなものですよ」との事らしい。


 まあ、それもそうかもしれない。

 内覧だから特に敏感になるのであって、今の私のアパートもジックリと観察すれば、同じくらい傷んでいるだろう。

 もっとも、我が家の場合は、ミミが片っ端から壁をガリガリするせいである。

 退去時には、会社が払っている敷金だけでは修繕費が足りずに、自腹を切る事になるだろう。


 なんだかムカムカしてきた私は、同伴しているミミをキッと睨んだが、ミミはそれを「遊んでいいぞ」の合図とでも思ったのか、廊下を全力で走り始めた。

 そんなミミを止めてから、各部屋・風呂・トイレ・キッチンと順に確認し、内覧は15分ほどで終了した。あらかじめ、ネットで見ていた写真と大差のない、完全無欠のまあまあハウスだった。

 強いて特徴を挙げれば、和室の照明のヒモが床近くまで伸びている為に、自分が住むイメージよりも、前住人の寝たきり生活をイメージさせる家だった。


挿絵(By みてみん)





「さて、いかがでしたでしょうか、加藤様」

「うーん、まあまあ……」

「まあまあ、ですか」

「悪いというわけじゃないですよ。まあまあです。まあまあ。

 ……それより、リフォームの感覚がまだ掴めないんですよ。

 どんなものなんでしょうか」

「クロスの張替は数十万で済みますね。あとは水回りが気になるかと思いますが、お風呂は取り替えても良いかと。これは大体100万程ですね」

 そう、確かに他人が使っていた浴槽は気になるのだ。

 ホテルの浴槽は全く気にならないのに、家のお風呂となると、なるべく新品にしたいと思ってしまうのだ。

 ミミの、何でも気になる気になりキャットっぷりは、私に似たのかもしれない。


 

「あとは、何をどこまで直されるか次第ですが、最終的には2000万前後に収まるかと思いますよ」

「うーん、なるほどなあ……」


 そう言われて、ようやく現実味が出てくる。

 私は頷きつつ、改めて家を見上げた。

 これが……この4LDKが、私と妻が15年間以上、汗水流して働いた結果かもしれないのか。

 私は多少感慨深い気持ちになりながらも、家の外観を隅々まで見つめた。


 ……いや、やっぱりまだ決められない。

『まあまあ』であって『悪い』というわけではない。

 だが、ドバドバ濁流決定コースでもない。

 一生に一度の買い物、よっぽどの事がなければ即決はできないのだ。

 私はB氏と多少言葉を交わし、予定通り、次の家へと案内してもらう事にした。






 次の家は高屋(たかや)という地区にある。

 高屋は西条地区の北側に位置しており、いよいよ周囲を山に囲まれた土地だ。

 いや、東広島市という時点で山に入ったようなものなので、今更山に囲まれたというのは少々不適切かもしれない。

 とにかく私が言いたいのは、ここまでくると、もう明確に田舎寄りという事だ。

 それでいて、この高屋は、東広島市の方では比較的開けた地区でもある。



 今回は部屋が1つ減って3LDKになり、その分、お値段も1400万円と下がっている。だが、いざ中に入ってみると、部屋が少ない分、リビングが広く作られている為に、悪い印象はなかった。

 私と妻とミミの3人家族であれば、家の大きさはこれでも十分だろう。


 そして、この家には1軒目とは決定的な違いがある。

 あらかじめネットで写真を確認して、なんとなく分かってはいたのだが、なかなか洒落た造りをしているのだ。

 玄関ホールは吹き抜けで印象的だし、小さな屋根裏部屋やウォーキングクローゼットもある。

 例えるならば、シルバニアファミリーの家ようなウキウキ感があり、『コンセプト』と言えなくもない。

 これは、悪くないのではないか……?




「ねえパパ、こんなのがあったよ」

 

 そこへミミが私の足元に寄ってきて、何かをペッと吐き出した。

 私は、いつの間にか緩んでいた目を、それへと向ける。

 なんだ? この、黒くて、楕円形で、足が幾つも……


「げぇっ、ゴキブリ!!?」

「うん、トイレに3匹くらい死体が転がってたよ。パパにあげる」

「バカ、いらない! ミミのバカ!」


 私のウキウキウォッチングタイムは、これにて終了してしまった。

 いや、単なる気分の問題ではない。

 実はこの家の庭は、主がいない為に草が伸び放題となっており、まあそれだけなら当たり前の話なのだが……草の中には、大きめのキノコまで生えていたのだ。

 もしかすると、家は良くても土地が良くないのかもしれない。

 ジメジメとして虫も多いような場所なのかもしれない。






「お疲れ様です。この後、まだお時間はありますでしょうか?」

 そこへ、またB氏が声をかけてくる。

「ええ、まあ」

「そうですか。でしたら、我が社のおススメする新築物件もご覧になりませんか? 実はこの近くにあるんですよ」


 なるほど。

 なるほど、そうか。

 そういう事なのか。


 私は、あまりにも合点がいった為に、反射的に頷いてしまった。

 多分、B氏が薦めるのは、顔合わせの際に提案された家だろう。

 やはり、B氏の本命は新築の方なのだ。


 いや、これまでの中古物件を買わせてくれないわけではないだろうが、隙あらば新築をねじ込むのが不動産屋なのだ。その方が、仲介する彼らとしては実入りが良い。

 このように鍔競り合いをしながら、理想に近づくのが、家を買うという事なのかもしれない。

 その結論に至った私は、B氏の薦める新築物件を観に行った。

 その後はB氏も打ち止めのようで、後程検討結果を伝える事にして我々は分かれ、帰路に就いた。






「さて……どうだった? 私はとりあえず、新築は無いと思うけれど」

 車を走らせるなり、妻が苦笑まじりでそう声をかけてきた。

 さすがに、この点の感想は一致しているらしい。

 私は軽く鼻で笑い、小さく頷いただけで言葉を返さなかった。

 口を開いたのは、次の赤信号で止まった時だった。




「……どっちもないかな」

「1軒目はどこがダメ?」

「普通過ぎる」

「普通ねえ。言い換えれば欠点がないって事よね。それじゃあダメなの?」

「そうだなあ。ダメだ」

「じゃあ2軒目は?」

「悪くなかったけど、なんだか陰気な生活になりそうな気もする」

「そこは気の持ちようじゃない?」

「それも否定はしないけれど……まあ、もうちょっと考えてみようよ」

「……まあ、そうね。どちらも可能性が無いとは言わないけれど、初めての内覧で即決、という程でもないし」



 妻はそう言って、膝の上にいるミミを撫で始めた。

 私に反論するような言葉を投げかけてはきたものの、彼女は別に、今日の物件に決めたいわけではないだろう。

 連れ添って10年になるのだから、それは聞かずとも分かる。

 おそらく妻は、私の判断基準を確認したいのだ。

 ならば『あの話』もしておくべきかもしれない。

 うむ、今がちょうど良い頃合いだろう。




「……なかなか見つからないものだなあ」

「まだ初めて内覧しただけじゃない。高い買い物だから気長に考えましょうよ」

「そうだね。なにせ『死に場所』なんだから、妥協せずに決めなきゃね」

「……死に場所?」

 妻の声が、微かに曇るのが分かった。

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