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ぼくも買おう おうちを買おう  作者: 加藤泰幸
一部:疾風! 内覧編
3/18

三話『あっあっあっ内覧希望です』

 先日の講習は内容が半分しか理解できなかったが、それでも私達の立ち位置は大分明確になった。


 まず、何にしても先立つもの。お金だ。

 予算はローン有りなら3000万。ローンを組まずに貯金から捻出するのなら2000万がいいところだろう。

 だが、ローンの金利は非常に重く、控除を受けるにも条件がある。返済期間も限界の25年で組むのは怖い。それらのハードルを考えると、できればローンは組みたくない。

 基本的には2000万円の現金払いで家を探すのが、加藤家の方針だろう。


 しかし、それも、予算限界の家を買えるというわけではない。

 なんでも、物件価格の5%~10%程の諸経費が必要になるらしい。

 引っ越し代や、場合によっては必要となるリフォーム代も差し引くと、2000万円に収める為の限界は1500万円前後と思われる。そして、その額で新築を購入するのは困難な為、狙うべきは1500万前後の一戸建て中古物件という事になる。


挿絵(By みてみん)


 現実を知れば知るほど、未だ見ぬ我が家は貧弱になっていく。

 この調子では、そのうちワラの家に住む事になるんじゃないかと恐れながらも、私はパソコンを起動させた。

 とりあえず条件が出揃ったのだから、次はいよいよ物件を探すステップだ。

 物件検索サイトで、予算条件に当てはまる家を探してみたのだが、これが結構な数になった。東広島市内だけでも50件程。通勤可能な近隣の市も加えれば、まだまだ数は伸びるだろう。




「どう? いい物件はあった?」

 マウスをカチカチ言わせていると、妻がモニターを覗き込んできた。

 私は体を反らして、ブックマークしていた2つの住宅の情報を妻に見せた。


「こんなところだな」

「いいじゃない。どちらも互いの出勤には支障ないし、お値段も広さも大丈夫。

 後は家の状態と周辺環境次第かしらね」

「うーん」

 私は煮え切らない返事をしつつも、とりあえず頷いた。



 確かに『条件』には当てはまるが『理想』ではない。

 面白きコンセプトを感じにくいのである。

 普通の住宅街の、普通の家には、どうにも食指が伸びないのである。


 家を買おうと決めた絶対的な理由は、私の家長としての立場の復権だが、そのついでのついでのついで、くらいの理由として『家を創作する事』もある。

 どうせなら、道行く人を「おおっ」とうならせる家を買いたいのである。


 私はこれまでの38年を『楽しそう』で生きてきた人間だ。

 楽しそうだから物作りの人生を選び、楽しそうだから妻と結婚し、楽しそうだから小説を書いてきた。そこに苦労がなかったとは言わないが、おおむね、私の選択は良い結果に繋がっている。

 今回の件は、敗北を知らぬ王の家遊びなのやもしれない。

 だが、凡人な妻にはそのこだわりが分からないらしく、私の様子を見て小さく肩をすくめてきた。



「どれも気に入らないみたいね。そんなに変わった家に住みたいの? 変人ねえ」

「変人ではない、数寄者と言いなさい」

「はいはい。でも、無いものねだりよ。

 とりあえず、今候補に挙がっている家を観せてもらわない?

 ついでに、リフォームにはどれくらいお金が必要なのか、教えてもらいましょうよ」

「うーん……そうするしか、ないかなあ」


 確かに、希望する物件がないのなら、今ある中で最良のものを選ぶしかない。

 しぶしぶ頷いて、物件を扱っている不動産屋を調べると、幸い、どちらも大手不動産屋のA社が扱っていた。

 アポを取ると「まずは会って話をしましょう」という話になり、私達は週末にミミを連れてA社へと向かった。






「お電話を頂きましたBです。今回はご連絡頂きありがとうございます!」

 我々を担当したBは、開口一番明るい笑顔を振りまいてきた。

 何か嫌な予感に駆られながらも、ミミはお子様コーナーに放り込み、我々はBに着席を促されて座る。卓上には、Bが事前に用意していた資料が並んでいた。



「これがご希望されている1600万の物件と、1400万の物件の情報です」

「あっハイ」

「で、ご予算は最大でも3000万との事でしたね」

「あっハイ」

「で、これがその近くにある2200万の新築です」

「えっハイ」

 

 むむむっ。

 ごく自然に提示された新築の情報に、私は反射的に頷きつつも、嫌な予感が当たった事に内心うなった。

 A社は中古物件専門ではなく、新築も扱っているのだが、我々は希望物件の打ち合わせのついでに……いや、ついでなのは希望物件の方かもしれないが、いずれにしろ新築の営業を受けているのだ。


 途端に、眼前のBを信用して良いものかどうか疑念が沸き上がる。

 だが、この前の講習会とは異なり、内覧を希望している家を買うにはBを経由するしかない。彼はハードルでありながら、パートナーでもあるのだ。これが家を買うという事なのだろう。

 それに、A社は大手という事にも留意せねばならない。

 下手にBの機嫌を損ねたら、不動産業界の中で私の悪評が広まり、どこからもおざなりな対応を受けたりするかもしれない。




「あ、あ、あ。確かに新築もいいのですが、できれば中古がいいなあと」

 威張りちらせる妻やミミが相手ならば、どうという事はないが、

 見知らぬ相手……それも絶大な権力を持つやもしれない相手との会話はどうにも焦る。私は職務質問を受けた時のようにどもりながらも、必死に自分達の希望を口にした。ここで折れるわけにはいかないのだ。


「そうですか。でも、新築も宜しければご検討なさってはいかがでしょうか」

「あ、あ、あ。はい。いてっ」

 はいじゃない、と言わんばかりに妻が脇を突いてきた。

「あ、あ、あ。まあ、それはそれで検討するとして……あと、中古物件のリフォームに、どの程度の費用がかかるのかも知りたいのですが……」

「うーん、まあ、ケースバイケースですかねえ」


 確かにそうなのかもしれないが、これでは我々も費用感が分からない。

 それでも食い下がると、Bは思い出したかのように、自社で取り扱っているリフォームパンフレットを提示してきた。水回りをセット販売していて、どことなくファーストフードを連想させるパンフレットだ。


 それを流し見限りでは……彼の言うとおり、家の状態にも左右されるだろうが、多少の修繕ならば数十万から数百万。古民家並に床も壁も全てボロボロ、なんて状態だと、1000万はみておいた方が良い。

 つまり限度額1500万の物件でも、状態次第では手を出しづらい事になるのだ。




「……では、お伝えしていた家を内覧させて頂いても良いでしょうか?

 家の状態が分かれば、費用も明確になりますし」

 今度は妻が落ち着いた口調で要望する。

 Bも、私より妻の方が話しやすいと感じたのか、以降は2人の間でやり取りが進み、鍵が取得でき次第、内覧させてもらう事になった。

 不動産屋なのに鍵を所持していないのかは気になったが、鍵は内覧が決まるまでオーナーが持つものなのかもしれない。


 今日の話はそれで終わり、帰りの車中で、妻の膝の上に座っているミミが、私を軽く引っ掻きながらこう言った。


「なあなあ。これで引っ越し決まるのか?」

「いてっ! ……どうかなあ。内覧次第だなあ」

「じゃあ家に名前を付けようよ。ミミ御殿にしよう!」

 ミミはピコンと耳を伸ばしてそういい、いつものニャハニャハ笑いを零した。




 御殿。

 そういえば、実家の佐賀(さが)に暮らす母が「市内には直木(なおき)賞受賞作家が住んでいて、家は直木御殿と言われている」と、ミーハーな雑学を教えてくれた事があった。

 その後、直木御殿の情報を調べてみたが、それらしき情報は見つからなかったので、母の友人内に限った情報なのかもしれない。

 ネット小説大賞を受賞して宝島社(たからじましゃ)から小説を出した私で言えば、宝島御殿といった所だろうか。名前こそ大層ではあるが、普通の御殿になりそうである。



 いや、決して普通の家が悪いと言っているのではない。

 どんな家にもドラマがあり、そこには先代住人の尊重されるべき物語があったはずだ。私自身、これまでの38年間を普通の家……正しくは、普通のアパートで過ごしてきたのだ。

 だが、私が新たに希望するストーリーは、捩じ曲がったものなのである。

 このまま、普通の御殿を買っても良いのだろうか。


 答えは、内覧をすれば出てくるかもしれない。

 私はそう信じて疑問を胸のうちにしまい、アクセルを踏んだ。

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