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ぼくも買おう おうちを買おう  作者: 加藤泰幸
一部:疾風! 内覧編
2/18

二話『町家風はちょっとまちーや』

「人間たるもの、足を使うべきである!」

 

 翌週末、私はそう豪語すると、妻とミミを車に乗せてアパートを発った。

「正確には足じゃなくタイヤを使っているよね」だの「俺人間じゃなくて猫なんだけど」だの、二人の余計な反論は徹底的に聞き流した。

 私の赤いコペンはジェット機のようにエンジンをぐぉんぐぉん唸らせ、東広島市内を突っ走る。

 目的地は、あるにはある。だが、道中の街並みを観察する事もまた『目的』だった。




 目的の話をする前に、まず、東広島市について軽く説明をしておこう。


 東広島市は盆地を中心に形成された広島市へのベッドタウンだ。国立広島大学も擁しており、人口はここ数十年で劇的に増加して約20万人だ。

 日本の三大酒処の1つでもあり、市の中心である西条(さいじょう)地区には酒造メーカーが多く立ち並んでいる。

 毎年、秋に開催される『酒まつり』では、額に酒の字が刻まれていそうな飲兵衛が日本中から集まり、美酒鍋をツマミにグイグイ飲みまくっては、アチコチでゲエゲエやって路上にぶっ倒れる始末だ。

 ま、それもコロナが蔓延する前の話ではあるが、なかなかに人間の業が具現化された都市なのである。

 西条地区の他にも、様々な顔を持つ地区が存在するのだが、それらは追々語る事にしよう。総じて『山の麓のベッドタウン』を想像して貰えれば支障はない。




 ……話を『目的』に戻そう。

 その東広島の街を今更観察する目的は、もちろん、購入する家をイメージする為である。


「ねえ、この辺は立地もいいんじゃない? お互いの職場にも近いし」

「うーん、そうねえ」

「この道に面している家だったら、車庫入れも簡単そうよね」

「うーん、まあねえ」

「あれくらい大きな家なら、ミミちゃんにも喜んで貰えそうね」

「うーん、どうだろうねえ」



 西条駅まで真っすぐ敷かれた道路『ブールバール』を走りながら、私は濁った返事をした。妻が勧める建物はどれもピンと来ないのだが、それは、全部『普通』だからである。

 私には、マイホームのイメージが幾つかあるのだ。

 これも詳細は追々語る事にするが、海の見える家だったり、草原の高台に建つ家だったり、町家風の家だったり、田園調布のような街に建つ家だったり……有り体に言えば『コンセプトがある生活』を送りたいのだ。


 この中でも、東広島市で比較的実現しやすそうなのは『町家風』だろう。

 私達は、今日の目的地……理想が眠っているかもしれない西条駅付近の駐車場に車を停めた。


 東広島市の在来線駅の中核となっているのは、この西条駅だ。

 駅のすぐ傍には、町家風の建物の蔵元や、お茶屋、喫茶店、パン屋等がギッシリと立ち並ぶ『酒造通(しゅぞうどお)り』がある。そこに建ち並ぶのは、ほとんどが町家風の家屋。まるで京都のような街並みなのだ。

 下戸な私は、酒の街に住みながら、ここに足を運ぶ事は滅多にない。

 だが、こうして住宅観察目的で訪れた酒造通りは、なかなかに渋さをこじらせたアラフォーの心をくすぐるものであった。




「ふぅん、いいじゃないの、いいじゃないのよ」

「何がそんなにいいんだ? お酒飲めないのに」

 私と妻の間を二本足で歩くミミが声をかけてきた。

「雰囲気だよ。焼杉板と漆喰で作られた壁に、レトロな窓を覆う格子。

 酒の熟成を知らせる杉玉。陽光で輝く石州瓦。まるで時代劇じゃないか」

「パパ侍になりたいのか?」

「いや、そうじゃないんだが……」


挿絵(By みてみん)

 

 残念な事に、猫にはこの風情の良さが分からぬ。

 私は話し相手を変えようと妻を見た。妻は、あまりキョロキョロと周囲を見回しはしなかったものの、機嫌は良さそうだった。



「君はどう思うかね?」

「私も、別に侍の家じゃなくても良いかなあ」

「その割には、気に入ってそうじゃないか」

「この辺は駅に近いから。歳を取って車を動かせなくなった時に助かるわ」


 なんとも現実的な考え方である。

 だがまあ、それはそれで一理あるし、意見が一致したのは好ましい。

 私達は酒造通りをゆっくりと往復し、その後は通りにある『くぐり門カフェ』で、オシャレなあんみつを食べつつ、この街での暮らしに思いを馳せた。


 雰囲気のある街並みを格子越しに眺めながら、趣味のお茶を点てる。

 うむ、実に渋くて良いじゃないか。

 仮に、この通りに町家風の新築物件があったら、もう買ってしまっても良いんじゃいかな……とは思う。

 だが、そこに大きなハードルがあるのは言うまでもない。

 費用である。

 駅に面した通りの新築物件、しかも注文住宅もどきが安いはずがないのだ。





「……ところで、そろそろ勉強会の時間じゃない?」

「もうそんな時間か。向かうとするか」


 コーヒーを飲み終わった妻が、思い出したようにそう告げる。

 私は頷いて立ち上がり、会計を終えて車に戻った。


 実は昨晩、物件購入の流れやローンの制度をネットで調べたのだが、ものの5分で調査を終了してしまった。とにかく、細かくて七面倒臭い手順が並んでおり「こりゃあ独学じゃどうにもならんなあ」と察したのである。

 やはり、こういう事はプロに学ぶのが手っ取り早い。

 幸いにも、その手の講習会は連日アチコチで開かれているので、知識は専門家から必要なだけ教授してもらう事にしたのだ。その無料講習会が、早速今日、開かれるのである。




 辿り着いた会場では、私より一回り程年長の講師が待ち受けていて、私達が着席するや否や、この日のテーマである『住宅とローン』の話をマシンガンの如くぶちかましてきた。


 序盤はかろうじて話についていく事が出来て「東広島でも3000万あればギリ新築が買える」そうだった。だが、西条駅から車で30分くらい走ったような場所に限られるようで、残念ながらこの時点で、酒造通りの生活は断たれた。

 そして話の比重がローンに傾くと、次々と専門用語が飛び交い、私は話についていけなくなった。

 辛うじて理解できたのは「我々経由で早く新築を買おう」「若いうちに早く住宅ローンを組もう」「我々と早くコンサル契約して予算を試算しよう」の早く三点セットであった。


 私はあからさまに眉をひそめた。

 無論、何もかも無料というわけにはいかないのは分かっている。

 今日の講習は体験版だ。この先は、より役に立つ情報と引き換えに、彼経由でお金を落としてほしいのだろう。

 だが、彼には彼の仕事があるように、私達には私達の金がある。

 この早く早くマンに乗って大金を支払って良いものか。答えは『保留』だ。

 講習が終わると、私は「早く早く」と言わんばかりに、妻とミミを連れて会場を後にした。




「……今日の話、どうだったかね」

「勉強になったわよ。やっぱりうちの予算じゃ中古の一戸建てかマンションね」

「うむ。私もそう思う」

「そうよねえ。3000万となるとローンが必要だものねえ。

 組めなくはないけど金利が気になるから、なるべく予算は抑えたいわね。

 中古物件で、それも、ローンを組む場合は控除が受けられる築年数が理想ね」


 こう……ちくねん……?


「ローンの金利って高くつくのね。1%くらいじゃ大した事ないと思っていたけど、総額で100万を軽く超えるんだもの。

 やっぱり変動じゃなく、固定金利がいいかしら」


 へんどう……こてい……?


「団信はどうしようかしら。あなた早死にしそうだし、3大疾病にも対応して欲しいわね」


 ダンシン……ようやく、知った音が出てきた。

『早死に』の部分は聞き逃して、私は両手を揺さぶりダンシングしてみせた。


「お、ターゲット発見!」

「いてえっ!!」

 

 待っていたのは、腕に飛びついて牙を突き立てるミミであった。

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