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ぼくも買おう おうちを買おう  作者: 加藤泰幸
五部:徹底! リフォーム編
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十六話『リフォームリフォーム加藤泰幸』

 不動産屋の仕事は、おそらく一般的には、売買が完了した時点で終わりなのだろう。

 一方で、中古物件を購入した我々は、リフォームという新たな課題に取り組む必要がある。

 門外漢な為に不安な課題だが、宅見氏は個人的な知人という事もあってか、これに関しても相談に乗ってくれる事となった。

 もう仕事は終わっているのに、まったくもってありがたい話である。

 相談日の当日、事前にリフォームの計画書を送付して宅見氏の自宅に向かうと、彼女は乗り気で計画書に同意してくれた。




「改めまして、おうちのご購入おめでとうございます。お送り頂きましたリフォームの計画書も拝見しましたが、良い案ですね。特に和室が面白くなりそうです」

「ほほう、やっぱりそうですか。そうでしょうなあ」

 私はニコニコしながら頷いた。

 その横で、妻は難しそうな表情をしており「調子に乗るな」と言わんばかりに私の脇を突いてきた。

 ミミは、椅子の上で丸くなって寝ているだけだ。



「大きく分けて見ていくと、外壁の修繕は必須ですね。これは必要経費と考えた方が宜しいでしょう」

「うむうむ、そうですな」

「次に個々の壁、天井、床の修繕。これも全室対応予定との事ですが、予算が厳しい場合は優先度を付けても良いでしょう。例えば、一日のうち数秒しか通過しない二階廊下と、数時間を過ごすリビング。どちらが大事かは言うまでもありませんね」

「それは、そうですな」

「後は水回り……。一般的に優先順を付けるならば、トイレ、風呂、台所の順ですが……基本はノータッチなのですか。まあ、それも一案ではありますが」

「そこは……ぐへっ」

「どうしても予算が厳しそうなものでして」


 私の言葉を、肘鉄で遮って宅見氏に返事をしたのは妻である。

 実は、リフォームの予算感については、私と妻の間で少々考え方に違いが生じているのだ。


 私の予想では、全て希望通りにリフォームしても経費は400万だ。誤差が生じても500万で済むだろう。

 一方の妻は「安仁屋算ならぬ泰幸算」と、その予想をバッサリと切り捨てた。

 全て対応すると貯金が尽きると考え、極力は予算を切り詰める方針で考えているのだ。

 水回りをノータッチにしたのも妻の考えで、いずれも劣化はしているものの、使用不可能ではないという見込みなのだ。


 だが、構わない。そこは妥協しよう。

 私のリフォーム本丸は他にあるのだ。



「そして最後に和室。茶室仕様の改装に加えて、洒落た建具を設けるのですね。良いと思います。一つくらいはこだわりが欲しいですよね」

「まったくもってそのとおり!」


 私はポンと膝を打って深く頷いた。

 茶室仕様への改装は妻からも同意を取り付けているが、その際に欠かせないのが『炉』だ。

 茶釜を温めるスペースの事で、一部の畳を切る事になっている。これは早期から妻に話をしていた為、説得は容易だった。


 一方で難色を示されたのは『水屋』という、茶事の準備室である。

 これは、水道工事が必要になる為に自粛したが、その代わりに建具の更新を取り付けたのだ。

 我が家の和室は、八畳部屋と六畳部屋が続き間になっており、その間切り襖、縁側方面の障子、そして廊下から出入りする際の襖――

 この三点を、意匠性の高いものにしようと目論んでいるのである。


 きっと、風雅な茶室に仕上がるに違いない。

 これでこそ、この家のコンセプトである『和のある生活』が成立するというものである。



挿絵(By みてみん)



「さて……この内容でしたら、大手の業者にお願いするのが良いと思います」

 一通りの確認が終わると、宅見氏は用意していたかのようにそう切り出してきた。

 だが、不動産購入においては、その大手でコケかけた我々である。

 私は小さく首を傾げて、居住まいを正した。


「大手ですか……個人経営の方が、フットワークが軽くて良いのでは?」

「個人経営ですと、確かにフットワークは軽いかもしれません。

 ですが、今回のような意匠性の高いリフォームを請け負った事がなく、理想通りの対応とならない場合もあります」

「なるほど……」

「その点、経験豊富な大手でしたら、的外れという事はありませんからね。

 複数社に見積もりを取られても良いと思いますが、宜しければ、私から優良企業をご案内もできます。

 見積内容が妥当かどうかの相談にも乗りますよ」


 無論、望むところである。

 妻を一瞥したが、彼女としても宅見氏の事は信頼しており、我々はその提案を受け入れた。


 案内してもらったのは、市内のS社というリフォーム店で、宅見氏の事務所を出てすぐに来訪する事となった。

 宅見氏が事前に電話してくれていた事もあり、K氏と中村氏という二人の女性が即座に応対してくれた。

 ミーティングスペースの一つに通され、宅見氏に渡していた資料をそのまま提出すると、二人は概ね宅見氏と同じような反応を見せた。


 ただ一点だけ、彼女達は宅見氏には無かった反応をも見せた。






「大まかなご希望は伺いましたが、これは300、400では厳しそうですね」

 そう告げたのは我々より一回り程年長のK氏である。

 実際に担当頂くのは、逆に一回り程若年である中村氏の方で、K氏は初回アドバイザー的な参加だった。

 だが、中村氏もK氏の言葉に頷いている辺り、同じ懸念を持っているのだろう。



「無理……ですか?」

「そうですね。一旦全てを見積もってみますが、同時に優先度を付けて、現実的な見積もりもご提案しようと思います。

 また、現地を確認させて頂いて、追加でご対応頂いた方が良い箇所が見つかるかもしれません。

 それでご納得頂ければ契約し、細部を打ち合わせてリフォームに移りたいと考えておりますが、いかがでしょうか?」

「はい、それでお願いします」

 また妻が私を制するように返答し、勝ち誇ったような横顔で私を見てきた。

 まさか、泰幸算に綻びが生じるとは……屈辱以外の何物でもない。

 よく考えれば、元ネタの安仁屋算も綻びだらけなのだが、とにかく屈辱である。




「ミミのおうち、いつできる?」

 そんな私をよそに、ミミがS社の二人に珍しく質問する。

 新居がいよいよ現実的になった事もあって、ミミも乗り気なのだろう。


「そうですねえ……内容を詰めつつの見積もりで約二週、細部の検討に一か月、その後で工事を開始して……四か月か、五か月くらい先でしょうか?」

 K氏がミミの頭を撫でながら答えた。

「えー? そんなにかかるのか? 夏に引っ越せるかもってパパ言ってたのに」

「現実的には秋、ですねえ……」

「ママ、ミミ早く子分欲しいー!」


 ミミが妻の膝に飛び乗って頭をグリグリと押し当て始めた。

 ミミの為に、床は爪が立ちやすいものにしたり、壁紙は強度が高いものにしたりと苦労させられるのに、なんとワガママな猫だろうか。

 私は「メッ!」と言わんばかりに、妻の膝にいるミミに向かって腕を掲げた。

 それを爪とぎポールにでも見立てたのか、数秒後、私の腕には新しい傷が増える事となった。

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