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ぼくも買おう おうちを買おう  作者: 加藤泰幸
四部:再戦! 探し直し編
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十五話『マイホーム』

 決済は、契約から約二週間後に組み込まれた。

 我々も例に漏れず、銀行の会議室を借りての実施である。

 ちなみに、ローンを組むなら、決済前にローン審査期間が生じる為、

 長いと、決済から二ヶ月も間が空くケースもあるらしい。


 私はこの二週間でさえも「災害等で住む前に家が潰れたらどうしよう」と不安な気持ちで過ごした。

 それが二ヶ月となると、発狂してミミと共にそこら中を駆け回ってしまいそうだった。

 だが、それは推測に過ぎない。

 私はマイホームブルーを抱えつつ、一方ではウッディハウスへの高揚にも助けられて、

 なんとか正気を保ったまま、決済の当日を迎えた。

 

 私と妻とミミ、いつもの二人と一匹は、

 銀行で宅見氏と合流し、彼女に先導されて会議室へと入った。

 倍返しドラマでみたような大部屋をイメージしていたのだが、

 実際には、六畳もなさそうな、空きスペースを強引に改装した風の部屋である。

 中で先に待機していたのは、初老男性と中年男性が一人ずつ、それに、初老女性が二人だった。

 男性達の前には書類があったので、おそらくこの二人が、弁理士と先方の不動産屋だろう。


「やあやあ、どうも。加藤です」

「妻です」

「ミミです!」


 私が挨拶を交わすと、まずは二人の男性が名刺をくれた。

 やはり、彼らが弁理士と不動産屋で、このうち、初老の男性の方が弁理士だった。


 更に我々は、女性のうちの一人、売り手のS氏を紹介して貰った。

 S氏は品の良い女性で、家の状態の良さにも合点がいった。

 それから家について多少会話を交わし、S氏は二年程、ウッディハウスに住んでいない事が判明した。

 これからは、我々が大事に住まなくてはならない、と不思議な責任感が、私の胸に小さく宿った。


 ちなみに、もう一人の女性なのだが……実は、正体不明なのだ。

 我々の入出後、時折S氏と雑談していたのだが、単なる付き添いなのだろうか。

 先に言ってしまうと、実はこの答えは今でも分からない。

 どなたかご存じの方がおられたら、ご教授頂きたい。






「ご挨拶も済みましたし、それでは早速始めましょうか」


 宅見氏がそう告げて、いよいよ決済が始まった。

 ……とは言っても、我々がやる事は殆どなかった。

 弁理士と二人の不動産屋の間で、書類がせわしなく行き来し、

 私とS氏は、たまに回ってきた書類に捺印するだけなのである。


 それが20分ほど続き、ようやく実際の振込手続きへと移行した。

 家の残額と固定資産税を、銀行経由でS氏に振り込むのである。

 これは、銀行の兼ね合いもあって、妻の口座から振り込む事になっており、

 妻は宅見氏と共に会議室を出て、手続きへと向かった。


 ちなみに、今年の分の固定資産税は既にS氏が支払っている。

 なので、S氏に振り込む固定資産税というのは、今日以降の分の日割りである。

 その額、およそ5万。

 まあ、こんなものだろう。

 同時に振り込む一千数百万と比べれば、大した額ではない。

 ……いや、本来、五万円は大金だ。

 こう思えてしまうのは、高額の買い物で金銭感覚がマヒしているせいだろうか。




「もう、あと少しですね」

 私が複雑な気持ちで金の事を考えていると、隣の弁理士が声をかけてきた。

 向かいの席では、S氏と謎の女性が雑談を継続しているので、私がぼっちにならないよう、気を遣ってくれたのかもしれない。

 

「あ……え、ええ。ようやくこの日が来た、という気がしますね」

「おめでとうございます。ご両親やお子様等と住まわれるのですか?」

「いやあ、我が家の子はミミだけです。両親も佐賀県在住なので、当分は合流の予定はないですね。私、出身は広島じゃなく佐賀なんですよ」

「おや、私も佐賀ですよ」

 弁理士はパッと顔を輝かせてそう告げた。

 私も「オッ?」という気持ちになって、俄然、彼への親近感が沸いた。

 同郷というのは嬉しいもので、それを皮切りに、具体的な出身市であったり、広島に来た理由であったりと、弁理士との雑談に花が咲いた。


「……なるほど、なるほど。ちなみに、実家の佐賀に帰って家を買おうとは思わなかったのですか?」


 その雑談の中で、弁理士がそう尋ねてきた。

 いや、実際にはもうちょっと違った話をしていたかもしれないが、

 この後、私が口にした内容の方には相違ない。

 以前、この物語の読者にも語った事を、私はかいつまんで口にした。


「そうですね……私も二十代の頃は、ゆくゆくは佐賀に帰るという気持ちもありました。

 でも三十歳を超えてからは……ええ、色々と広島に縁もできまして、

 ここに根を伸ばしても良いかな、という気持ちになったんです。

 それで、四十近くのこの歳になりましたが、家を買おうと思いまして」


 ちょうどこれを語っている最中、S氏と謎の女性との会話も途切れて、

 小さな会議室には、とつとつと語る私の声だけが響いた。

 なんだか、感動的なスピーチでもしているような空気となってしまい、

 私は非常に気恥ずかしくなったのだが、幸いにも、その直後に妻達が会議室へ戻ってきた。




「支払ってきたわよ、お金」

「うむ……」


 ここまでくれば、もう私もジタバタしない。

 残る手続きとして、弁理士に弁理士費用、宅見氏に仲介手数料と印紙代を支払う。

 これらの諸経費は、合計でおよそ七十万程だろうか。

 不動産購入の際には、物件価格の5%~10%の諸経費が生じるもので、相場の範疇である。



「それでは、これで全ての手続きは終了となります。Sさん、鍵の方を」

 弁理士がそう告げ、S氏から家の鍵を受け取る。

 だが、そこにはサプライズが用意されていた。

 いや、別にS氏達が我々に対して何かしたわけではない。

 ただ、鍵を受け取った私と妻は、思わず目を丸くし、言葉を失ってしまった。

 その鍵は思いもよらないものだったのだ。






「では宅見さん、我々はこれで。長らく大変お世話になりました」

「いえいえ、おめでとうございます。でもまだリフォームも残っていますから、もう少し頑張りましょうね」

「ええ、後日また相談に伺います。それでは」


 我々は宅見氏と挨拶を交わし、他の面々にも頭を下げて会議室を出ると、

 早速、銀行に停めている車に乗り込んでアクセルを踏んだ。

 無論、これで『旧宅』に戻るような野暮な事はしない。

 我々が向かったのは『新宅』……そう、買ったばかりの家である。


 車を二十分ほど走らせて辿り着いた新宅は、これまでも何度か内覧等で目にしてきた光景と変わりなかったはずだが、今の我々にとってはどこか輝いて見えた。

 ここまで約九か月、ずっとこの日を待ち続けていた。

 だが……実は、我々以上に待ち続けている者がいるのだ。

 まずは、その者達の記念写真を撮らねばなるまい。我々の記念写真は引っ越しの際で良いだろう。


 新宅のキッチンに向かうと、そこには引き続きウッディとロッツォがぶら下がっていた。

 そして、我々はそこに、S氏から受け取った鍵のキーホルダーを並べた。


挿絵(By みてみん)

 

 ウッディとバズ、ついでにロッツォ、二年ぶりの再会なのである。

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