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ぼくも買おう おうちを買おう  作者: 加藤泰幸
四部:再戦! 探し直し編
13/18

十三話『俺はついてるぜ』

「家探し春の陣である!」


 私は鼻息を荒くし、改めて不動産の洗い出しに着手した。

 この戦乱の転居シーズンを逃すわけにはいかない。

 ただ、敵も迅速を尊ぶ。速さ、そして優先度付けは重要になるだろう。


 既存物件も含めて全てを再検討した結果、最上位に位置したのは、西条地区の端に位置する住宅地内の物件だった。

 広大な庭と、急角度の赤い屋根が特徴で、欧州を想起させる物件である。

 写真で見る限りは、どの部屋も状態は良く、和室に縁側までついているのだ。

 茶を点てて、ミミと縁側で日向ぼっこするには申し分ない。


 ただ、この件には大きなハードルがある。

 実は……宅見氏には扱えない物件なのだ。

 宅見氏にアポを取ってもらった所、先方の不動産屋は専属専任媒介……つまり、間に一社しか入らない形での売買を希望しているそうなのだ。

 ここまで宅見氏に骨を折ってもらいながら、他の不動産屋の世話になる等、道義に反する。この選択はない。

 だが、そう考えた私の心中を見抜いたのか、宅見氏は穏やかに笑って顔を横に振った。


「勉強のつもりで内覧してはいかがでしょうか。

 それで気に入れば、遠慮せずにご購入下さい。

 加藤さんが良い物件を見つけるのが一番です」


 なんたる厚意であろうか。

 私はきつく唇を噛みしめて深々と頭を下げ、それから、欧州風物件の不動産屋にアポを取った。

 週末には早速内覧が決まり、現地に到着すると、そこにはお笑いコンビ錦鯉(にしきごい)のツッコミ役、渡辺隆(わたなべたかし)氏に似た男性が待っていた。

 もし、この物件を買わなかったら『買わねえのかよ!』と頭をひっぱたかれるかもしれない。

 ちなみに、ひっぱたかれる私の頭は薄毛ではない。

 本当だ。

 嘘ではないというに。


「今日は宜しくお願いします、たかしさん」

「たかし……?」

「ああ、いや、こちらの事で」


 私は「ヘヘッ」とコソドロのように笑い、それからたかしの案内を受けて中へと入った。

 正直な所、そこは写真以上の状態の良さだった。

 これまで何十件も見てきたが、その中でもベストだと言って良い。


「これは非常に状態がいいですな。内覧歴半年を越える私に言わせれば、ひと月以内に決着がつきそうですな?」

「そうですね。企業も含めて、毎日のようにお問い合わせを頂いていますから」

 家を眺めながら問う私に、たかしは自信満々でそう答えた。

 その言葉に、私は先日の瞬殺平屋物件を思い出した。

 おそらく、ひと月と言わず、今日決断せねば、この物件は逃がしてしまうだろう。



「リビングやキッチンは新築と見紛う程にピカピカね……。

 雨漏り等のダメージは殆どないみたい」


 妻が家を眺めながら、感嘆の声を漏らす。

 たかし曰く、実際その家は定期的なワックス掛けを怠らず、

 家に残しているカーテンも、何十万もするような高価なものとの事だった。

 二階から確認できる瓦の状態も良好で、見下ろす庭木もしっかりと手入れされている。


「前の持ち主は、さぞ家を大事にしていたのだろうなあ」


 私は深く息を漏らし、感じ入った。

 こういう家を引き継ぐ事には、それはそれで意義がある。

 だが……内覧後、妻と相談した上で、この物件は断念する事になった。

 

 手が届かない額ではなかったが、僅かに値が張る事がまず理由として挙げられる。

 そしてもう一つが、宅見氏に恩義がある為だ。

 恩義も値段も事前に分かっていた事だが「それらを二枚抜きする+αがあれば」との気持ちでの内覧だった。

 内覧をした結果判明した「良質な状態」は、懸念点一枚分を貫いたのだが、もう一つの何かが無かった為の、断念である。


 おそらく、たかしは我々が購入するものだと思っていただろう。

 実際、宅見氏の世話になる前なら、一枚抜きで購入していたのだ。

 私はたかしに、断念の旨をメール送信した。

『買わねえのかよ!』という返信は無かった。






 ◇






 我々は、第二候補以降の物件を検討する事とした。

 屋上に謎のアンテナ塔がある三階建て馬鹿デカ海辺物件、(安芸津(あきつ)という地区が、東広島で唯一海に面しているのだ)

 300万を切る山中の格安平屋物件、高額だが真の閑静である高美が丘物件等等……。


 いずれも魅力的だが、大前提は金額、そして次に重要なのは職場までの距離。

 そして三番目が生活のしやすさ。四番目が、街並みなり家の造りなりの『こだわり』の要素となる。

 上記の物件は、いずれもこの四点を満たすには至らない。

 複雑な気持ちで、妻と共にパソコンで候補物件を眺めていると、その途中でミミがモニターをぺしぺし叩いた。


「おいパパ。これはどうだ?」

「あー、これか。これは問題があってな。まあ猫には難しい話だか」

 

 ミミが指し示したのは、妻の職場に近い物件だった。

 外観は、純和風とまではいかずとも、和を連想させるリフォームが可能そうだ。

 内装としては、和室や縁側があるので、こだわりの茶道ライフを送るには申し分ない。

 肝心の費用も予算に収まる。周辺相場よりも安価なのだ。

 更には、高台という立地なので、街並みも堪能できるときたものだ。


 この物件、実は新着ではなく、昨年から掲載され続けているのだが、こんな好条件の家が売れないのには相応の理由がある。





「ミミちゃん、これは一度見に行こうとしたのよ」

 妻がミミを膝の上で抱っこし、向かい合いながらそう告げる。

「うんうん! いいじゃん、ここ!」

「でも、途中の道が凄く細くて、車では家まで行けなかったの。

 さすがに車が無いと生活はできないから……」

「じゃあ、車はその辺に置いとけばいいじゃん!」


 ミミは目を半月状に緩め、腹を抱えてニャハニャハと笑った。

 やはり、所詮は猫である。

 その辺に車を置いておけるわけが……、



「……いや、待て。置いておけるぞ……?」


 私は目を見開いてこぶしを握った。

 そうだ、なぜ気が付かなかったのだろうか。

 突然の行動に妻はキョトンとしていたが、彼女の肩をガッシリと叩き、早口気味に説明を始めた。


「簡単な事だ。近くで駐車場を借りればいいだけだ。

 そうだ、家の様子を見に行った時は狭さに絶望して、駐車場という選択肢が浮かばなかったんだ。

 ああ、なんて時間を無駄にしてしまったのだ。早速調査しよう!!」





 私は早速、車で現地に飛んで駐車場を見つけ、連絡を取って、空きがある旨を確認した。

 だが『幸いな事に』それは徒労だった。

 ついでに近隣を歩き回ってみたところ、少々迂回をすれば、車で高台まで直接上れる事も判明したのだ。

 こうなると、もう話は早い。例の如く宅見氏に連絡を取って翌週末には内覧の予定を取り付けた。

 

 

  

 当日は、穏やかな春の陽気に包まれた気持ちの良い日だった。

 私と、妻と、ミミと、宅見氏。

 この組み合わせで、幾度となく物件を回ってきたが、これが最後になるのかもしれない。


 満を持して踏み込んだ物件は、非常に好ましいものだった。

 まずチェックするべきは、宅見氏が最重要視している家の損傷具合だ。

 外壁、内壁、床、天井にはそれぞれ多少のダメージがあるが、いずれもリフォームで解消できる。

 致命的な雨漏りや基礎へのダメージはなく、陽光で黒光りする屋根瓦は頼もしくすらあった。


 期待していた和室も南向きで、きっとミミがグースカ昼寝する事だろう。

 外観も含めて和の風情を出すには申し分なく、待望の『コンセプトがある生活』が送れる。

 二階の個室からの見晴らしも、非常に気分が良いものだ。

 リビングやキッチンも、手入れ次第では大正、もしくは昭和モダンに化けそうなポテンシャルを秘めている。


 台所には、前の住人が置き忘れていったと思われる、トイストーリーのウッディキーホルダーが下がっていた。

 相棒はバズではなくロッツォだったが、この方がいい。

 バズだったら、いつの間にかバズが洋ドラのアルフに変わって、ミミが食われるところだ。


挿絵(By みてみん)


「いかがでしょうか? お値段の割には非常に良い状態と思われます。

 相場より安いのは道の狭さが理由でしょうが、それを許容できるのなら家自体は申し分ありません。

 インスペクションも済んでいますが、大きな問題はありませんね」


 宅見氏が冷静な口調で告げる。

 宅見氏は、都合の良い事を並べずに事実だけを語るし、

 業者の事前調査であるインスペクションも問題ないのなら、後で泣きを見る事は無いだろう。

 この好条件『俺はついてるぜ』としか言いようがない。


「いいんじゃない。決め時だと思うわ」

「子分! 子分欲しい!」

 

 妻とミミは、私を見ながら深く頷いた。

 私としても、もう腹は決まっていた。


「ここが、我々が半年以上探し求めた家なのだ……」


 私は家を見上げながら、消えてしまいそうな声を漏らした。

 だが、勝負はこれからである。

 実際、前回はこの後、先方が書類を出し渋った為、コケてしまったのだ。


 今度こそ。

 今度こそ、家を買うのだ。

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